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第三章 レンタル彼女の恋愛事情は、楽じゃない!?
04. 病み上がりにはご注意を? 「炙り」出しなら料理で十分です。
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カランカラーン。
「お… おはよう、ございます」
あれからまた数日。
今日も合同会社オレガノの事務所に、この日シフトを入れた一人の彼女が入ってきた。
「綾羽」という名の彼女は、これからレンタル彼女として動くことに自信がなさそうな、不安げな表情をしている。傍から見れば、まるで初バイトのような緊張感を覚えた。
クリーム色で袖なしの、控えめな幾何学模様のリネンワンピースに、アイテムが沢山入るタイプの麻のトートバッグ。落ち着いた亜麻色ロングヘアに、宝石がキラキラ反射するロングキャッチのドロップピアス、そして靴は赤茶色のグルカサンダルという、一見するとシンプルな見た目にさりげないアクセントが映えるコーディネートであった。
そんな綾羽が事務所へ入ると、そこで既にノートパソコンを開いて別の業務を行っていたミントが、穏やかな笑みで返事をした。
「おはよう、綾羽さん。体調はよくなった?」
「はい。おかげさまで。すみません、先日は急なキャンセルを入れてしまって」
「ううん。普段、真面目にレポートを出している綾羽さんが休むなんて珍しいものだから、本当に体調を崩したのだと疑わなかったよ。たまにはこういう事もある。
じゃあこの後だけど、あと十分したらもう人がくるから、それまで裏で待機してて」
「はい!」
そういって綾羽は一礼し、別室へと移動した。
別室では、クミンがいつもの様子で成分分析の機器周辺を清掃しながら、「おはよう」と声をかける。そんな普段と変わらない光景に安堵したのだろう、綾羽は挨拶返しをしてすぐに奥のバックヤードへと向かったのであった。
こうしておよそ十分。
ミントの言う通り、事務所に一人の男性が入ってきた。それが今回の綾羽のデート相手だ。ミントはその人に接客時の挨拶… ではなく、笑顔で頷くだけしてすぐに別室へと移動。奥のバックヤードに続くドアをノックし、綾羽が出るのを待った。
「はい」
綾羽はすぐにドアを開けた。出勤時より顔色が良い事から、この後のデートに向けて無事に化粧直しと水分補給を済ませたのだろう。ミントの手招きで、事務所へと歩いていった。
「今日はモニタリングだ。綾羽さんには、最近スタッフ入りした新人の彼女たちの模範として、デートのサンプルを提供してほしくてね」
「え? モニタリング、ですか?」
「うん。だから、今日のデート相手は綾羽さんもよく知ってる人だよ。おまたせ!」
そういって、ミントと共に事務所へと戻ってきたその先の光景に、綾羽が目を大きくした。
ミントがフランクに接するほどの、彼女もよく知る相手。
今日の彼にしては珍しく、筋肉質が映える白シャツにスラックス姿。そんな。事務所の入り口で待っていたその人とは、バンブーであった。
「え!? バンブーさん?」
「Long time no see, 綾羽サン。元気してタ?」
「あ、はい。お久しぶり、です」
体調不良でお休みして以来、いつものデートが始まるのかと思いきや、まさかのバンブー相手なのだから動揺するのも無理はない。
しかも彼の手には、料理が入っているであろうタッパー入りの袋まであるのだから、尚更ドッキリの類ではないと実感する。ミントが当人の心情を察しこういった。
「びっくりした? もちろん、彼はとても信頼できる人だし、いざという時はその腕っぷしで、綾羽さんを守ってくれるよ。どう、いけそう?」
「あ、はい! それは、大丈夫なんですけど…」
「ヘイ! これ、アルバイトのオーナーと一緒に作っただから、綾羽サン食べてネ。料理ここ置いトクます?」
と、バンブーが機転を利かせるように袋を持ち上げ、テーブル上に置いていいかミントに確認した。ミントは「預かるよ」といって、バンブーの手が自由になるよう自分がその袋を受け取ったのであった。
「じゃあ、今からモニタリングスタートという事で。業務はいつものレンタル彼女サービスの時と変わらないから、綾羽さんが普段やっている接し方でね。じゃあ… いくよ?」
「はい」
「では… 早速ですが、今からスタートという事で、二時間後の二時三十分までとなります。移動範囲は二三区内で、終了時は現地解散で構いませんので、どうぞ、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
といい、いつもの接客スタイルで時計を確認し、依頼人(?)バンブーと彼女の綾羽を見送るミント。
いつものランダムな依頼人ではないからか、少しばかり緊張していた綾羽だけど、彼女ほどのプロフェッショナルならすぐに慣れるだろう、と期待を馳せる。
こうして彼らが事務所を出たあと、ミントはすぐに窓の外を確認した。
接客時の表情から一変、とある方向へと目を細める。かの野外の喫煙スペースだ。
「…いるな」
ミントが見ているのは、その喫煙スペースで煙草を吸いながら、オレガノがあるビルの一階部分を睨んでいる、例の若い男性である。別室の清掃を終えたクミンが、続いて横から覗きながらこういった。
「うわぁ、ちゃっかり戻ってきてるじゃん。一時期、見なくなったのに」
「あぁ。あの日、バンブーに依頼した翌日からね。でも、今日ばかりは本人も暇だから、ストーキングを再開したのだろう。分かりやすいな」
「うん、ホント気持ち悪い! しかし、ミントがあそこまで多才だったなんて知らなかったなぁ。まさか似顔絵が描けるなんてさ」
「そりゃあ、ここからヤツを撮影なんてしたら、盗撮と肖像権侵害でこっちが不利になっちゃうからね」
と、ちょっとだけ絵の賞賛から話を逸らすミント。クミンからすれば「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな…」と言いたげに、陰で首を垂れる。
そんな自分達が見つめている先では、ついに男性に動きがあった。一階部分から彼女達が出てきたのを確認し、数秒間見つめていると突然、吸っていた煙草を消して喫煙スペースを後にしたのである。
その瞬間を見つめながら、ミントは顎をしゃくり、淡々と告げた。
「俺が描いた似顔絵と、ストーカー疑惑の注意喚起をグループチャットに添付して流したら、スタッフ一人だけがすぐに“らしくない”反応を見せた。特定は容易だったよ。
さて、あの男が今から何をしでかすか… 彼女のボディーガードを頼むぞ。バンブー」
(つづく)
「お… おはよう、ございます」
あれからまた数日。
今日も合同会社オレガノの事務所に、この日シフトを入れた一人の彼女が入ってきた。
「綾羽」という名の彼女は、これからレンタル彼女として動くことに自信がなさそうな、不安げな表情をしている。傍から見れば、まるで初バイトのような緊張感を覚えた。
クリーム色で袖なしの、控えめな幾何学模様のリネンワンピースに、アイテムが沢山入るタイプの麻のトートバッグ。落ち着いた亜麻色ロングヘアに、宝石がキラキラ反射するロングキャッチのドロップピアス、そして靴は赤茶色のグルカサンダルという、一見するとシンプルな見た目にさりげないアクセントが映えるコーディネートであった。
そんな綾羽が事務所へ入ると、そこで既にノートパソコンを開いて別の業務を行っていたミントが、穏やかな笑みで返事をした。
「おはよう、綾羽さん。体調はよくなった?」
「はい。おかげさまで。すみません、先日は急なキャンセルを入れてしまって」
「ううん。普段、真面目にレポートを出している綾羽さんが休むなんて珍しいものだから、本当に体調を崩したのだと疑わなかったよ。たまにはこういう事もある。
じゃあこの後だけど、あと十分したらもう人がくるから、それまで裏で待機してて」
「はい!」
そういって綾羽は一礼し、別室へと移動した。
別室では、クミンがいつもの様子で成分分析の機器周辺を清掃しながら、「おはよう」と声をかける。そんな普段と変わらない光景に安堵したのだろう、綾羽は挨拶返しをしてすぐに奥のバックヤードへと向かったのであった。
こうしておよそ十分。
ミントの言う通り、事務所に一人の男性が入ってきた。それが今回の綾羽のデート相手だ。ミントはその人に接客時の挨拶… ではなく、笑顔で頷くだけしてすぐに別室へと移動。奥のバックヤードに続くドアをノックし、綾羽が出るのを待った。
「はい」
綾羽はすぐにドアを開けた。出勤時より顔色が良い事から、この後のデートに向けて無事に化粧直しと水分補給を済ませたのだろう。ミントの手招きで、事務所へと歩いていった。
「今日はモニタリングだ。綾羽さんには、最近スタッフ入りした新人の彼女たちの模範として、デートのサンプルを提供してほしくてね」
「え? モニタリング、ですか?」
「うん。だから、今日のデート相手は綾羽さんもよく知ってる人だよ。おまたせ!」
そういって、ミントと共に事務所へと戻ってきたその先の光景に、綾羽が目を大きくした。
ミントがフランクに接するほどの、彼女もよく知る相手。
今日の彼にしては珍しく、筋肉質が映える白シャツにスラックス姿。そんな。事務所の入り口で待っていたその人とは、バンブーであった。
「え!? バンブーさん?」
「Long time no see, 綾羽サン。元気してタ?」
「あ、はい。お久しぶり、です」
体調不良でお休みして以来、いつものデートが始まるのかと思いきや、まさかのバンブー相手なのだから動揺するのも無理はない。
しかも彼の手には、料理が入っているであろうタッパー入りの袋まであるのだから、尚更ドッキリの類ではないと実感する。ミントが当人の心情を察しこういった。
「びっくりした? もちろん、彼はとても信頼できる人だし、いざという時はその腕っぷしで、綾羽さんを守ってくれるよ。どう、いけそう?」
「あ、はい! それは、大丈夫なんですけど…」
「ヘイ! これ、アルバイトのオーナーと一緒に作っただから、綾羽サン食べてネ。料理ここ置いトクます?」
と、バンブーが機転を利かせるように袋を持ち上げ、テーブル上に置いていいかミントに確認した。ミントは「預かるよ」といって、バンブーの手が自由になるよう自分がその袋を受け取ったのであった。
「じゃあ、今からモニタリングスタートという事で。業務はいつものレンタル彼女サービスの時と変わらないから、綾羽さんが普段やっている接し方でね。じゃあ… いくよ?」
「はい」
「では… 早速ですが、今からスタートという事で、二時間後の二時三十分までとなります。移動範囲は二三区内で、終了時は現地解散で構いませんので、どうぞ、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
といい、いつもの接客スタイルで時計を確認し、依頼人(?)バンブーと彼女の綾羽を見送るミント。
いつものランダムな依頼人ではないからか、少しばかり緊張していた綾羽だけど、彼女ほどのプロフェッショナルならすぐに慣れるだろう、と期待を馳せる。
こうして彼らが事務所を出たあと、ミントはすぐに窓の外を確認した。
接客時の表情から一変、とある方向へと目を細める。かの野外の喫煙スペースだ。
「…いるな」
ミントが見ているのは、その喫煙スペースで煙草を吸いながら、オレガノがあるビルの一階部分を睨んでいる、例の若い男性である。別室の清掃を終えたクミンが、続いて横から覗きながらこういった。
「うわぁ、ちゃっかり戻ってきてるじゃん。一時期、見なくなったのに」
「あぁ。あの日、バンブーに依頼した翌日からね。でも、今日ばかりは本人も暇だから、ストーキングを再開したのだろう。分かりやすいな」
「うん、ホント気持ち悪い! しかし、ミントがあそこまで多才だったなんて知らなかったなぁ。まさか似顔絵が描けるなんてさ」
「そりゃあ、ここからヤツを撮影なんてしたら、盗撮と肖像権侵害でこっちが不利になっちゃうからね」
と、ちょっとだけ絵の賞賛から話を逸らすミント。クミンからすれば「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな…」と言いたげに、陰で首を垂れる。
そんな自分達が見つめている先では、ついに男性に動きがあった。一階部分から彼女達が出てきたのを確認し、数秒間見つめていると突然、吸っていた煙草を消して喫煙スペースを後にしたのである。
その瞬間を見つめながら、ミントは顎をしゃくり、淡々と告げた。
「俺が描いた似顔絵と、ストーカー疑惑の注意喚起をグループチャットに添付して流したら、スタッフ一人だけがすぐに“らしくない”反応を見せた。特定は容易だったよ。
さて、あの男が今から何をしでかすか… 彼女のボディーガードを頼むぞ。バンブー」
(つづく)
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