人工生命体の彼氏(仮)と同棲するだけのお仕事

無味

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一章

第一話 美味しい話

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指定されたカフェは意外と空いていて、彼の姿はすぐに見つけられた。まあ混んでたとしても、彼は人混みの中でも目立つような人間だ。
後ろから見たら女性に間違えられそうな程長く奇麗な深緑の髪、鋭いは薄いグレーで、常にマスクをつけている。顔の印象は中性的だが、背はすらりと高く、いつも植物のような香りを漂わせている。
「……遅い」
低く苛立った声に苦笑いする。カップに入ったコーヒーは飲み干される直前だった。スケジュール通りに動く彼と違い、私はいつもギリギリになってしまう。
「でも、ほら、まだ三分しか経ってないから」
「『もう』三分だ。時間前に来るのが常識だろう」
言い逃れできず、たまたま通りすがった店員に逃げるように紅茶とケーキを注文した。それに続いて彼もコーヒーを追加で頼む。
「コーヒーばっかりだね、阿野さん」
「長居するつもりはない」
細く骨ばった指が伸び、テーブルの端に寄せられていた彼のタブレットが引き寄せられた。慣れた仕草で一枚の写真を表示させる。
「何、この部屋……凄く綺麗。家具も新品みたいに綺麗だし」
「この仕事を受けるなら、ここに住むことができる。今より職場に近い場所だ」
「え?」
モデルルームのような写真にうっとりしていたからか、何を言っているのか理解出来なかった。そもそもなんで私の職場を知っているんだろうか。写真と彼の顔を交互に見ると、彼は珍しく笑った。マスクをしているが、何となく目元が笑った様に見えた。
「これは一般的に仕事と呼ばれるものとは異なる。お前に分かりやすく『こちらの要求に応えれば金が貰える』ことを仕事と呼んでいるだけだ。本来外部の人間を巻き込むことではない」
つまり会社と私が契約を結ぶような、社会で認められるような仕事ではないと言いたいんだろう。親の肩を叩いてお小遣いを貰うようなものに近いのかもしれない。しかし彼の勿体ぶった態度からして、そんな可愛いものでは無い気がする。
「要求、って何」
「ここでは具体的な内容は話せない。今からする話を聞いて、お前がやるなら別の場所で説明する」
訂正。親の肩叩きより闇バイトに近い気がする。やめた方が良い、と直感が告げているものの、今の私は好奇心を止められなかった。
「聞かせて」
「俺が何の研究をしているか、説明したことが無かった筈だ。実際仕事として行っているのは、簡単に言うとDNAを『弄る』ような……そんな感じだ。」
「弄る?ふ~ん……前から虫とか好きだったもんね」
よく分からないが、生物系の仕事ならそこまで意外でもない。彼はちらと私の顔を見ると、すぐに写真に目を落とした。
「部屋をタダで貸す代わりに、俺が作ったものをお前の家に置かせてほしい。部屋だけじゃない、ある程度の生活費も出す。それが報酬だ」
「生活費……!?そ、それって、どの程度の」
「家賃、水道代、光熱費、食費、医療費……そんなものか。それ以外は自分で出せ」
「すっごく助かる……けど、その作ったものって何?」
彼は無言でタブレットをしまうと、ちょうど店員が注文したものを運んできた。届いた紅茶を飲むと、彼もマスクをずらしてコーヒーを一口飲む。頑なにマスクは外さない。数年ぶりの再会だが、彼の顔は前に会ったときから全く変わっていないように見える。
「……これ以上ここでは話せない、この話を受けるのか?」
そう問われて、今度は私が黙る番だった。情報が少な過ぎる。かと言って、全ての情報を伝えてしまうと部外者ではいられなくなってしまうのだろう。研究中の内容なら、そういうこともあるかもしれない。
しかし、部外者の、しかも社外の人間である私にそんな機密情報を教えて研究に関わらせていいんだろうか?ケーキを口に運ぶ。美味しい。
「どうするんだ」
私が黙ってケーキを食べ始めたので、彼は痺れを切らしたらしい。せっかく来たのだから、ゆっくり食べさせて欲しい。あと考える時間も少しくれたっていいと思う。
「社外秘を社外の私に聞かせていいの?」
「それも、ここでは話せない」
真っ当な……真っ当かは怪しいが、それなりの理由があるんだろう。普通なら断っているが、私は彼に頼み事をされるのが何となく嬉しかった。
「私の安全は保証される?」
「する。危険な状態になる前に、対処する」
危険な状態になる可能性があるのか……という思いと、彼が真っ直ぐこちらの目を見て断言してくれた嬉しさがぶつかり合う。
……うん、多分大丈夫でしょう。変に楽観的なのは、やはり生活費の話が響いているのかもしれない。
「やります」
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