露包むランタン

奈月遥

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I learn never heard word from him

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「Showerslamp, please hold us, so your fantastic world」
 片付けを一通り終えて、とりあえず部屋で生活するのに困らないように出来たらんは、メロディを口ずさみながらご機嫌で、灯理とうりから預かったランタンを手にとって眺めていた。
 質素な造りは逆に見てて飽きがこなくて、いくらでも楽しんでいられた。
「I want anyone to see our love, so want to be only us in shawerslamp」
 嵐はランタンを美しさに溜め息を零すように、歌に浸り、瞼を閉じた。
 細く長く、嵐のさえずりが部屋を満たしていく。
「あれ?」
 綺麗に歌を切った嵐はそれに気づいて、ぱちりと目を開いた。
「今、光ってなかった?」
 嵐は瞼越しにランタンからの光が灯ったように感じたのだが、じっと見てもランタンに変わりはなく、疑問符を頭に浮かべた。気のせいだったのだろうかと、それでももしかしたら何かの拍子で直ったのではないかと。嵐の胸で落胆と期待があやめいている。
 そうやってランタンを注視していたら、勉強机の上に置いていたスマートフォンが振動した。
 嵐がランタンを机に置いて通知を開くと、灯理からだった。夕飯が出来たからダイニングに来るようにというメッセージだ。
 灯理は嵐に気を使ってくれて、彼女が部屋にいる時に用事があればこうしてメールで伝えると約束してくれたのだ。
 嵐は灯理にすぐに行くとメッセージを送り、部屋の電気を消して出て行った。
 暗がりの中、ランタンが仄かに露包つゆつつむのに、気付きもしないで。

 灯理の作ったロールキャベツを頬張って、嵐は感激で足をばたつかせた。
「そんなにうまいか?」
 余りに子供っぽいその仕草に、そしてその振動で揺れている豊満な胸に、灯理は揶揄うように笑っていた。
「美味しいですっ。灯理さんは、お料理上手なんですね」
「ま、二年も一人暮らししてたら、家事には慣れるわな。もう料理くらいしか楽しみなかったし」
 毎日バイトと家事ばかりで、どうにか時間が取れてランタンを作っても作業が進まず、実力も環境も不足しているのに打ちのめされて、作業そのものが苦痛になってしまう時期も多かった。
 その中で、そこそこ工夫の余地があり、レシピを大きく外れなければある程度思い通りになる料理は、灯理にとって息抜きであり娯楽だった。それすらも嫌になった時期については、思い出したくもないと、苦虫を噛み潰している。
「大変だったのですねー」
「おい、他人事じゃねぇぞ。家事は当番制にしただろ」
 間の抜けた返事をしてきた嵐に、灯理は壁にかけたホワイトボード、そこに書かれた当番の表を指差して現実を突き付ける。
「今日は片付けで疲れたろうから免除したけど、明日からはちゃんと家事やってもらうからな」
「めゃ。わ、わかってますよ」
 反論の余地がない嵐は、灯理の強い口調にたじろいで、現実逃避とばかりに目の前のご馳走を口に運んだ。
 黄金のコンソメスープをたっぷり吸い込んだ柔らかなキャベツとその中の挽肉のハーモニーが、嵐の口の中で衣を剥いで露わになり、嵐は勿体なくて、ゆっくりと噛みしめてから飲み下す。
 ちなみに、灯理はとっくの昔に食べ終えて、食後のコーヒーを飲んでいる。ただ、彼が食べるのが早いというだけではなく、そして単純に嵐が食べるのが遅いだけではなくて、嵐はこれで灯理の二倍の量のおかずと米に手を付けているのだ。
 灯理は自分が手を合わせて食事を終えた時に、ちらちらと様子を伺いながら、キッチンへとおかわりを取り分けに行った嵐を見て、視線を固まらせてしまった。嵐の体型をまじまじと見ても、背は灯理と同じくらいで、小顔に膨らみはなく、腰も手足もほっそりとしている。
 信じられないものを見たと言わんばかりの灯理に、嵐は後ろめたさで焦りながら、食べたっていいじゃないかと抗議した。
「胸と尻に栄養が全部いってるのか、こいつ」
 灯理はセクハラになると分かっていて、嵐に聞こえないように小声で漏らした。余りの驚きに、口に出さずにはいられなかったのだ。
「え、なにか言いました?」
「なんも言ってねーよ。思う存分食え」
「はいっ!」
「返事が良すぎてこわいわ」
 これからの食費を考えて、灯理は早速頭が痛くなり、口を噤んだ。
「ん、雨か?」
 その沈黙の隙間で、灯理は外から微かに漏れてくる音に気付き、椅子から立ち上がってカーテンを手で押し退けた。
 カーテンに少しだけ避けられていただけなのに、部屋の中へ、ざーっと春の息の長い雨の音が入ってくる。
「降ってますね」
「ああ。この雨だと、街灯がいい感じに露包みそうだな」
 灯理は何気なく、そんな感想を告げて。
「街灯が、露包む?」
 嵐は聞きなれない言い回しに、箸をくわえたまま目を瞬かせた。
「あ、そうか。普通知らないよな、未言みことなんて」
「み、こと?」
 嵐は灯理の言った言葉が漢字に変換できなくて、片言になっていた。
 その様子に、灯理は笑いを零す。
「未言ってのは、未だ言葉にあらず。言葉のないものに言葉を付けた、ま、造語ってやつだな」
「めぁ?」
 灯理は説明しつつ椅子に戻り、コーヒーに口を付けた。
 けれども、嵐には全然ピンと来なくて、曖昧な声を返すしかできなかった。
「じーさんは、その未言ってやつを作った人と交友があったらしくて、ランタンの銘にその未言を選んだのもある。てか、嵐の部屋にあるのも、まさに露包む、と名付けられたランタンだ」
「露包む、が、未言ですか?」
「そうだ。露包む。雨とか霧とか、要は空気中の水で街灯がぼんやりと光の球を作ることだ」
 灯理が露包むの意味を教えてくれたその瞬間に、嵐の脳裏にその光景が浮かび上がった。
 白い糸のように細い雨が絶え間なく降り注ぐ中で、視界がぼんやりと霞む道なりの上に、ぽつぽつと等間隔に幻想的な光が並んでいるのが。あの毬のような光は、嵐の母が好きで、嵐は子供の頃から暗くなった頃に雨が降ると、母に手を引かれて散歩に連れていってもらったのだ。
 嵐の母は、ぼんやりと雨の中に浮かぶ街灯の光を指差して、妖精がいそうね、と幸せそうな微笑みを嵐にくれた。
「あれが、露包む……」
「お、すごいな。大抵のやつは、未言の意味聞いても、なにそれとか、わざわざ言葉いるのとか言うんだけどな」
 灯理は、嵐の中で露包むが何かしらのイメージを持って映し出されたのを悟って、心なしか嬉しそうに嵐の顔を見返してきた。
 その目の前で、急に嵐は箸を動かす速さを高めて、残りの食事をものの数秒で胃に納めた。
「あかりさん! 露包む、夜の雨に散歩に連れて行ってもいいですか?」
「あ、あぁ? いいけど、え、ちょっと待て。この雨で外出るのか?」
「だいじょうぶです、濡らさないようにタオル被せていきます」
 嵐は、戸惑う灯理に自分の言いたいことだけを返しながら食器をキッチンに片付けた。
「食器洗いは帰ったらちゃんとやりますから!」
 一方的に行ってバタバタと自室に向かう嵐の姿を、灯理は呆気に取られて一瞬見送りかけてしまい。
「いや、ランタンのことじゃなくて、危ないから、俺も行くぞ!」
 瞬時に意識を取り戻し、自分も雨の中に出かける準備をするために、飲みかけのコーヒーをテーブルに置いたまま、部屋に駆けていった。
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