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You're so mean!
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「灯理さん、ばか、さいてい、女性の敵、デリカシーなし」
「そ、そこまで言うか……?」
ドライヤーで髪を乾かしながら口を尖らせて頑なに顔を合わせようとしない嵐に、灯理はほとほと困っていた。
しかしこの状況は、灯理の発言に対して嵐が怒っているのだ。
具体的には、寝起きの嵐の髪を掻き乱して楽しんでいた灯理が、ふと思ったことをそのまま口に出してしまったのだ。そう言えば、お前、昨日風呂入ってなくね、という台詞を。
そう、嵐は昨日の夜に露包むの未言巫女と入れ替わってしまい、そのまま夜が明けたので入浴を飛ばしてしまっていた。しかも、昨日の嵐は田舎からバスと在来線と新幹線を乗り継いで東京にやっとやっと辿り着いて、その後に荷解きをして、まぁ、つまり、春の暖かな日差しも相俟って、それなりに汗を掻いていた。
そんな埃と汗で汚れた髪を、両手で弄られながら、丸一日以上入浴出来ていないことを指摘されたうら若き乙女は、絶叫でデリカシーの欠けた男の耳を潰し、一瞬で沸騰した感情のままに男を突き飛ばして壁に頭をぶつけて、一も二もなく風呂場に飛び込んでシャワーを全開にした。
なお、慌てすぎてパジャマを着たままお湯を全身に被ってしまい、テンパって情緒不安定になって泣き出して、様子を見に来た灯理に着替えを貸してもらった恥ずかしさも加わって、嵐は絶賛不機嫌で灯理への好感度が一時的に大暴落している。
それでも、自室に籠城するのではなくリビングにいる辺り、嵐も嵐で抜けているというか、気を許しているというか、もう家の中の雰囲気は兄妹喧嘩そのものだ。
一応は自分の失言が問題だったと自覚している灯理は、バツが悪そうに頭を掻き、少しでも悩みを解そうと試みている。
「らーんっ」
「めっ」
灯理が嵐を呼んでも、嵐は羊の鳴き声みたいな拒絶を寄越すだけで、ふいっと顔を灯理と逆方向に背ける。
だけど、灯理だって何の用意もなく呼んだ訳ではない。
「ほら、腹減ってないか? 朝飯だぞ」
カチャリ、とダイニングのテーブルにお皿が置かれる音が、嵐の耳にも届いた。それに反応して、ぴくりと体を揺する。
振り向かなくても、こんがりと焼けたウィンナーソーセージの香ばしい匂いが嵐の鼻をくすぐる。
くきゅるる、と嵐のお腹の虫が切なそうに鳴いた。
それで嵐は顔を赤く染めて、俯いて膝を抱えた腕の中に隠そうとする。
「ほれ」
そんな嵐の目の前に、灯理がウィンナーソーセージの刺さったフォークを差し出した。
焦げが入って割れた皮から、じわりと脂と肉汁が溢れるそれに、嵐は目を輝かせる。
灯理は黙ってその捧餉をさらに前へと突き出して。
「はむ」
嵐はその誘惑に逆らえず、大きな口を開けて食い付いた。
「んぐんぐ、ん~♪」
灯理の素敵な焼き加減のウィンナーソーセージは、皮が香ばしくて口の中から鼻の奥へ美味しい匂いが駆け抜けていって、それから口の中を火傷させようとするくらいに熱い肉汁と脂が暴力的に舌と口内を満たして、嵐は両手で頬を押さえてそれはもう幸せそうな笑顔を見せた。
「おーいーしーいー!」
幼稚園児のように体を揺すり、足をバタつかせて喜びを表現する目の前の女子大生に、灯理は内心で、こいつチョロいな、と思った。
「ほら、嵐、飯を食うならちゃんとテーブルに着け」
「はーいっ」
たった一口で機嫌を直した嵐に、灯理はほっとするやら、彼女のこれからが不安になるやらで複雑な気持ちにはなるのだが、ひとまずは関係改善に成功したのに胸を撫で下ろした。
「で、今日はどうするつもりなんだ?」
昨晩と同じく、先に食事を終えた灯理はコーヒーを啜りながら、はぐはぐとバターに蜂蜜を塗ったトーストを齧る嵐に今日の予定を尋ねた。
ごくん、とトーストを飲み込み、牛乳でお腹へ流し込んでから嵐が口を開く。
「今日は大学に行こうと思います。入学前に一回は行っておこうと思って」
「ああ。オープンキャンパスにも行ったことないって言ってたな」
「ですです。遠くて」
東京に出ようと思ったら、片道三時間かかる所に住んでいた嵐は、受験も地方で済ませて一度も大学に足を運んだことがなかった。
それでも問題なく入学できるのだから、地方在住者の進学格差というのは、一昔前よりは是正されているのだろう。
「送って行ってやろうか?」
「え? 着いてきてくれるの?」
灯理はマグカップを傾けるついでに頷いてみせた。
「秋葉原で乗り換えだろ? あそこも慣れてないとダンジョンだからな」
「めぅ。とうきょうこわい」
複雑で人混みもあり、迷子になりやすい東京の駅事情に、田舎者の嵐は尻込みして目淵を潤ませた。
「まぁ、秋葉原ダンジョンなんか、新宿ダンジョンとか池袋ダンジョンに比べたら難易度低いけどな。ちなみに最高難易度は今なお形を変える生きたダンジョン渋谷な」
「ひぃぃ!?」
そして、そこに気遣いなく追い打ちをかけるような余計な一言を付け足すのが、灯理という男だった。
嵐は、想像もできない東京のさらなる迷宮駅にもう心が押し潰されそうになっている。
そんな怯える嵐を見て、灯理は意地悪く笑うのだった。
「そ、そこまで言うか……?」
ドライヤーで髪を乾かしながら口を尖らせて頑なに顔を合わせようとしない嵐に、灯理はほとほと困っていた。
しかしこの状況は、灯理の発言に対して嵐が怒っているのだ。
具体的には、寝起きの嵐の髪を掻き乱して楽しんでいた灯理が、ふと思ったことをそのまま口に出してしまったのだ。そう言えば、お前、昨日風呂入ってなくね、という台詞を。
そう、嵐は昨日の夜に露包むの未言巫女と入れ替わってしまい、そのまま夜が明けたので入浴を飛ばしてしまっていた。しかも、昨日の嵐は田舎からバスと在来線と新幹線を乗り継いで東京にやっとやっと辿り着いて、その後に荷解きをして、まぁ、つまり、春の暖かな日差しも相俟って、それなりに汗を掻いていた。
そんな埃と汗で汚れた髪を、両手で弄られながら、丸一日以上入浴出来ていないことを指摘されたうら若き乙女は、絶叫でデリカシーの欠けた男の耳を潰し、一瞬で沸騰した感情のままに男を突き飛ばして壁に頭をぶつけて、一も二もなく風呂場に飛び込んでシャワーを全開にした。
なお、慌てすぎてパジャマを着たままお湯を全身に被ってしまい、テンパって情緒不安定になって泣き出して、様子を見に来た灯理に着替えを貸してもらった恥ずかしさも加わって、嵐は絶賛不機嫌で灯理への好感度が一時的に大暴落している。
それでも、自室に籠城するのではなくリビングにいる辺り、嵐も嵐で抜けているというか、気を許しているというか、もう家の中の雰囲気は兄妹喧嘩そのものだ。
一応は自分の失言が問題だったと自覚している灯理は、バツが悪そうに頭を掻き、少しでも悩みを解そうと試みている。
「らーんっ」
「めっ」
灯理が嵐を呼んでも、嵐は羊の鳴き声みたいな拒絶を寄越すだけで、ふいっと顔を灯理と逆方向に背ける。
だけど、灯理だって何の用意もなく呼んだ訳ではない。
「ほら、腹減ってないか? 朝飯だぞ」
カチャリ、とダイニングのテーブルにお皿が置かれる音が、嵐の耳にも届いた。それに反応して、ぴくりと体を揺する。
振り向かなくても、こんがりと焼けたウィンナーソーセージの香ばしい匂いが嵐の鼻をくすぐる。
くきゅるる、と嵐のお腹の虫が切なそうに鳴いた。
それで嵐は顔を赤く染めて、俯いて膝を抱えた腕の中に隠そうとする。
「ほれ」
そんな嵐の目の前に、灯理がウィンナーソーセージの刺さったフォークを差し出した。
焦げが入って割れた皮から、じわりと脂と肉汁が溢れるそれに、嵐は目を輝かせる。
灯理は黙ってその捧餉をさらに前へと突き出して。
「はむ」
嵐はその誘惑に逆らえず、大きな口を開けて食い付いた。
「んぐんぐ、ん~♪」
灯理の素敵な焼き加減のウィンナーソーセージは、皮が香ばしくて口の中から鼻の奥へ美味しい匂いが駆け抜けていって、それから口の中を火傷させようとするくらいに熱い肉汁と脂が暴力的に舌と口内を満たして、嵐は両手で頬を押さえてそれはもう幸せそうな笑顔を見せた。
「おーいーしーいー!」
幼稚園児のように体を揺すり、足をバタつかせて喜びを表現する目の前の女子大生に、灯理は内心で、こいつチョロいな、と思った。
「ほら、嵐、飯を食うならちゃんとテーブルに着け」
「はーいっ」
たった一口で機嫌を直した嵐に、灯理はほっとするやら、彼女のこれからが不安になるやらで複雑な気持ちにはなるのだが、ひとまずは関係改善に成功したのに胸を撫で下ろした。
「で、今日はどうするつもりなんだ?」
昨晩と同じく、先に食事を終えた灯理はコーヒーを啜りながら、はぐはぐとバターに蜂蜜を塗ったトーストを齧る嵐に今日の予定を尋ねた。
ごくん、とトーストを飲み込み、牛乳でお腹へ流し込んでから嵐が口を開く。
「今日は大学に行こうと思います。入学前に一回は行っておこうと思って」
「ああ。オープンキャンパスにも行ったことないって言ってたな」
「ですです。遠くて」
東京に出ようと思ったら、片道三時間かかる所に住んでいた嵐は、受験も地方で済ませて一度も大学に足を運んだことがなかった。
それでも問題なく入学できるのだから、地方在住者の進学格差というのは、一昔前よりは是正されているのだろう。
「送って行ってやろうか?」
「え? 着いてきてくれるの?」
灯理はマグカップを傾けるついでに頷いてみせた。
「秋葉原で乗り換えだろ? あそこも慣れてないとダンジョンだからな」
「めぅ。とうきょうこわい」
複雑で人混みもあり、迷子になりやすい東京の駅事情に、田舎者の嵐は尻込みして目淵を潤ませた。
「まぁ、秋葉原ダンジョンなんか、新宿ダンジョンとか池袋ダンジョンに比べたら難易度低いけどな。ちなみに最高難易度は今なお形を変える生きたダンジョン渋谷な」
「ひぃぃ!?」
そして、そこに気遣いなく追い打ちをかけるような余計な一言を付け足すのが、灯理という男だった。
嵐は、想像もできない東京のさらなる迷宮駅にもう心が押し潰されそうになっている。
そんな怯える嵐を見て、灯理は意地悪く笑うのだった。
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