露包むランタン

奈月遥

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I get urban area at first time

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 駅のホームに立つらんは、顔を右に向けてその端を見て、それから首を回しつつ黄色い点字ブロックの描く線の先を辿って逆の端まで視線を滑らせた。
 そして今度は逆方向へと、同じく視線を滑らせていく。
「キョロキョロするなよ」
 そんなおのぼりさん丸出しの姿に、灯理とうりが苦笑いを浮かべる。
「あかりさん、駅のホームが長いです」
「お前、昨日もこのホームで降りたはずだろ。普通だよ、普通」
 灯理に指摘されても、嵐はほえーと呆けた表情のままだった。
「うちの方だと、電車は二両でも長いです」
「どんだけ田舎だよ」
 都会で生まれ育った灯理には、たった二両で編成された列車なんて、とても意味を成しているようには思えなかった。それじゃあ、朝にこのホームに溢れかえる通勤の人々を運ぶのに、正しく焼け石に水だと頭の中でイメージする。
「めぅ。どうせ、飛騨高山なんて田舎ですよ」
「……何県?」
「岐阜です」
 嵐は自分の生まれ故郷が全く認知されてないと思い知らされて、しゅんとする。他県で話題になることは少ないのは自覚しているつもりではあっても、実際にそれを突き付けられると落ち込むものだ。
「あー、岐阜ね、岐阜。えーと、北陸?」
「……中部です」
 墓穴を掘って嵐をさらに落ち込ませてしまった灯理は、もう愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。
 そんな気まずい空気の中に電車が到着する。
 電車に慣れてない嵐は、降りて来る人に肩をぶつけそうになって、ドアの前から離れそうになり、灯理は慌ててその手を握って捕まえる。
「ほら、すぐに乗らないと閉まっちまうぞ」
「めぁ、わわ」
 灯理に手を引かれて、足を縺れさせながら電車に乗せられた嵐はバランスを崩してしまい、体ががたつき、よく発育した胸が揺れた。
 灯理に両手を握って支えてもらって、どうにか両足で立つのに成功した嵐だったが、電車が進みだしてすぐに線路のカーブで車体が揺れて、また足を床から浮かしてしまい、体と胸が大きく揺れる。
「なに一人で踊ってんだよ」
「だ、て、めぇ」
 バランスが取れなくて変な鳴き声を上げる嵐に、灯理は自然と笑いを溢した。
「座るか?」
 灯理に促されて、嵐は電車の座席を見渡した。人は疎らだけれども、座るとしたらどこも一人分しか開いていない。
 それに席が空いてても立っている人も何人もいた。
「ひとがいっぱい」
「そうか? 全然空いてる方だぞ」
 嵐は灯理の顔を見て、目をぱちぱちと瞬かせる。
 嵐の住んでいた地域だったら、昼間の電車なんて老人が二、三人乗っているだけだ。
 ただ電車に乗るだけでも、嵐は自分がとても遠くて、今までと全く違う環境の場所にやって来たのだとまざまざと思い知らされた。
「いいです。灯理さんだけ立ってることになりますし」
 取りあえず、嵐は近くの手すりを握って、一緒に立っていると意思表示した。
 灯理は、気にしなくていいのにな、とばかりに肩を竦める。
「で、大学は神田駅だって?」
「はい。ここです」
 嵐は予め、スマートフォンの地図アプリでピンを立てていた大学の位置を灯理に見せた。
「ぁん?」
 それを見て、灯理が不審げに眉を寄せる。
 嵐はどうしたんだろうと首を少し傾けた。
「ちょっと貸してみ」
 灯理が求めるままに、嵐はスマートフォンを手渡した。
 灯理の指がスマートフォンの画面に触れて操作するのを、嵐は不思議そうに見ている。
『秋葉原ー、秋葉原ー』
 ちょうどその時、電車が秋葉原に停車した。
 嵐は乗り換えだと思い、灯理の服の袖を引っ張る。
「灯理さん、乗り換え」
 嵐は灯理の服を摘まんだまま、電車のドアを跨いでホームに足を掛け。
「なくていい」
 逆に灯理に腕を掴まれて引き戻され、ぽすんと彼の胸板に背中を倒れさせられた。
「めぁ」
 無機質な電車のドアが、戸惑う嵐の目の前で無遠慮に閉じられた。
「え?」
 そして引き留められた意味が分からなくて、背中を擦り付けながら背後の灯理の顔を振り返る。
「これ、御茶ノ水から歩いてもほとんど歩く距離同じじゃねーか。乗り換えないから、そっちの方がいい。どうせ秋葉原の駅で乗り換えたら迷うだろ、嵐は」
「え? え? 大学、神田ですよね?」
 嵐は灯理の言っている意味が少しも理解出来なくて、大学の地名が間違ってないことをまず確認した。
 そんな彼女に灯理は呆れで溜め息を吐く。
「御茶ノ水駅も秋葉原駅も神田だよ」
「えぇ!? 神田だから神田駅じゃないの!? 同じ地名なのにいくつも駅があるの!?」
 嵐の盛大な勘違いに、灯理はやれやれと首を振った。
「てか、大学のサイトに最寄り駅くらい書いてあるだろ」
「めぅ」
 大学のサイトなんてちゃんと見ていなかった嵐は、何も反論できずに顔を背けた。
 その態度に、灯理は全てを察する。
「お前な……」
「あははは」
 余りの事前確認のなってなさに呆れを露わにする灯理に、嵐は笑って誤魔化した。
「ったく、しょうがねぇな、このばか娘は」
「め、めんぼくない」
 嵐は、ばかと言われても仕方ない自覚があるから、御茶ノ水駅に着いて電車を降りてからも、灯理に逆らわず後に付いていった。
 駅の改札で交通系ICを取り出すのに戸惑うのを待ってもらう一場面を挟んで、嵐は初めての街を灯理に付き従って歩いていく。
「ちゃんと道覚えろよ。毎回は送ってやれないからな」
「が、がんばる」
 嵐は、灯理の背中と、地図アプリと、道を挟む背の高いビルとを懸命に見比べて、必死に道を覚えようとする。あまりに必死すぎて、どれも散漫にしか見られてないのだが、必死な本人はそんなことに全く気付いていない。
 灯理だけが、これは何回か連れて来ないと道を覚えないなと、冷静に心の中でぼやくばかりだ。
 せめて分かりやすいようにと、大通りで直線、直角な道のりを選んで大学に到着すれば、駅からたっぷりと二十分も掛かっていた。
「ここか」
「ふぁ」
 嵐は、自分が通う大学を見上げて、呆気に取られていた。地上二十五階もある先進的なデザインのビルは、嵐の中にあった『学校』のイメージと掛け離れ過ぎていた。
「あんま大学っぽくねぇな。まぁ、都心の新しい大学なんて、建物はデザイン重視か」
 灯理は大して興味もなさげに呟いて、嵐の背中を叩いた。
 嵐がたたらを踏んで、お尻を付きだす格好になる。
「じゃ、俺はこのままバイト行くからな。一人で帰れないなら、連絡入れろ」
「え、灯理さん、一緒に入ってくれないの?」
 この期に及んでまだ甘えて来ようとする嵐に、灯理は入り口を指差して見せた。
「お前、そこの看板の文字読めるか?」
 嵐が灯理の指差した先を辿って看板を見つける。
 そこには黄色い文字で、『関係者以外立入禁止』と大きく書かれていた。
「めぅ」
 灯理は中に入れないというのを理解して、嵐は寂しそうに鳴いた。
「ほれ、さっさと行け。お前が通う大学だろうが」
 灯理が雑に手を振って、動物にするように嵐を追い払う。
 嵐は潤んだ目でちらちらと、何度も灯理を振り返りながら、ビルの自動ドアをくぐって初めて大学に足を踏み入れるのだった。
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