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I sing as a relish for his creative
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「ただいまー」
がちゃりと、灯理と一緒に住む自宅のドアを開けて、嵐は帰宅を告げた。
けど、いつもは返ってくる灯理からの返事がない。
嵐はちらっと自分の足元を見た。まだ脱いでいない自分のローファーの横には、灯理のスニーカーが置かれている。
このマンションの一室に灯理がいるのは間違いない。それでいて返事がないというなら、灯理は作業中なんだろう。
彼自身が言っていたように、作業に没頭すると嵐が真横で話しかけてもほとんど気付かないのを、この二週間足らずで知った。それが扉を隔てた廊下の先からの声なんて反応がなくて当然だ。
嵐はローファーを脱いで、まずは自分の部屋に向かった。荷物を置いて、また部屋を出ようとして、足を止める。
なんとなく、何かに呼ばれた気がした。
嵐はその感覚に従って、体をぐりんと捻って、机の上に置かれたものを見た。
灯理から預かっている、露包むのランタンだ。
曇りガラスが嵌められていて、ところどころに雨粒の形をした石が散りばめられたシックなデザインのそれの中にいる、あの妖艶な雰囲気を纏う未言巫女に、呼ばれたような気がした。
「……一緒に見に行きたいの?」
嵐の言葉に返事が来ることは勿論ない。
けれど、なんとなく、そうだと言われたような気がして、嵐は露包むのランタンを手に取って部屋を出た。
露包むを連れて、嵐はこっそりと、灯理の作業室の扉を開ける。ノックをしても反応してくれないし、不在の時は必ず鍵がかかっているし、こうしてドアノブを回して開くということは、灯理が中にいるという証拠だ。
勝手に入っていいと言われた通り、嵐はするりと中に入る。
思った通り、灯理は作業台に座って、色ガラスを触っていた。
ランタンの枠組みに、既に何色ものガラスが、何枚か嵌め込められて、一つの面を形作りつつある。
灯理が先に嵌っているガラスの際に、接着剤を乗せる。そこに次のガラスを押し当てた。
灯理の指がしばらく、ガラスを持ったまま支えて、缶スプレーのプライマーを噴きかけ、接着剤を固化させる。
それを何度か繰り返せば、教会のステンドグラスみたいな、美しく綾めく図柄が出来上がった。
乾燥した接着剤は、岩のような色合いになっていて、宝石が地面を削って姿を見せた地層のようにも見える。
一つの面が終われば、灯理はすぐに次の面に取りかかる。
流れるように狂いなく進んでいく手の動きが、とてもキレイで嵐はじっと見入ってしまった。
「Showerslamp close the world for us, sink me love rain」
嵐は灯理の手で作り上げられていく美しいランタンを見ていたら、自然と喉の奥から歌が溢れてきた。
その歌に寄り添われて、灯理の手は次々と色ガラスを繋げていき、やがてそのランタンは完成した。
六つある面は、どれもステンドグラスの色の組み合わせも、形の組み合わせも異なっている。灯理が全体のバランスを見るために手に乗せて回すのに合わせて、ステンドグラスが移ろうように表情を変えていて、嵐は胸がときめいた。
そして灯理はランタンを回す途中で、ふと手を止めて、嵐の方を見た。
嵐の唇はまだ歌で震えていて、胸が深い呼吸の度に膨らんでいる。
「……おかえり?」
「ただいまです」
灯理はぼんやりと、これで合っているのかと疑問を拭えないままに言葉を放ち、嵐の方が合ってますよという気持ちを込めて返事をする。
今さらながらに、帰宅と出迎えの儀礼をこなして、灯理は嵐がお腹に乗せて手で抱えているランタンに視線を寄越す。
「露包むが光ってる」
「え?」
灯理に言われて、嵐は自分の膝の上を見た。自分の胸で隠れた視界の下で、確かにほのかな光が見えた。
両手で大切に抱えて露包むのランタンを持ち上げると、まさにその名前の通り、ぼんやりと柔らかな灰青の光を放って、さらに曇っていたガラスが透けて、中にいる小さな露包むの未言巫女が見えた。
露包むの未言巫女は、嵐が見ているのに気づくと、ひらひらと右手を振って、白い浴衣の袖を揺らす。
「なんで?」
はて、と不思議がる嵐の目の前で、露包むのランタンはゆっくりと光を失っていき、ガラスもまた曇り始める。
「あれ?」
「……嵐が歌うと光るのか?」
灯理が、まだ耳の奥にじんわりと残る嵐の快い歌声に意識を向けて、推測を口にした。
ぱちぱちと、嵐が団栗眼を瞬かせる。
「Showerslamp――」
試しに、嵐は一単語だけ歌に揺らしてみた。
すると、露包むのランタンはほんのりと光を灯す。
「――please hold us, so your fantastic world」
嵐が続く調べを口に転がす。
柔く淡く、けれど確かに強く、露包むのランタンは光を増していく。
そして曇りガラスが晴れていき、ほんのりと笑みを浮かべる露包むの未言巫女が見えてきた。
「ほんとだ」
どうしてかはわからないけど、確かに嵐の歌が露包むを光らせるらしい。
きょとんと嵐が見詰めている内に、露包むのランタンはじわりと光を涸れさせて、中の未言巫女の姿を曇りガラスに隠していった。
嵐はランタンに落としていた視線を、灯理に向ける。
「今、露包む、こっち見てましたよね?」
「そんな感じだったな」
灯理も同じ意見だと知って、嵐はまた露包むのランタンを見下ろす。
「例えば、あたしが歌いながら散歩したら、露包むも外の景色が見える?」
「そう、かもな」
灯理も嵐と一緒に、露包むのランタンを見下ろし、その中に宿る未言巫女へ意識を向けた。
「露包む、そうしたらうれしいかな?」
ランタンに顔を向けて背中を丸めている嵐が灯理に上目遣いを向けて、伺ってみた。
「訊いてみるか?」
灯理に促されて、嵐はこくんと頷いた。
「Showerslamp close the world for us, sink me love rain」
嵐の歌声が、埃っぽい作業室をしっとりと湿らせる。
雨に濡れた曇りガラスが透き通るように、露包むのランタンが内側を見せていく。
「Lovers into the room, only two, pile each mind」
嵐の歌声が、ランタンを露包み、灯理が小さな世界で腰掛ける未言巫女を覗く。
嵐の代わりに、灯理が露包むの未言巫女の気持ちを確認した。
「お前は、そこからでも外の景色が見たいか?」
問われた露包むは、ぽっと頬を染めて、こくりと頷いた。
それから嵐を見上げて、つるりと潤った唇を啄むように鳴らして、キスの仕草をする。
嵐はその艶めかしいお礼をはっきりと瞳に映してしまって、一瞬で顔を赤く染め上げた。
唇を震わす歌は途絶えて擦れ、喉は空回りする呼吸の音だけを漏らす。
そして嵐はその豊満な胸で、もう曇ってしまったランタンをぎゅっと抱き締めて、その全身で覆い隠して見えないようにするのだった。
がちゃりと、灯理と一緒に住む自宅のドアを開けて、嵐は帰宅を告げた。
けど、いつもは返ってくる灯理からの返事がない。
嵐はちらっと自分の足元を見た。まだ脱いでいない自分のローファーの横には、灯理のスニーカーが置かれている。
このマンションの一室に灯理がいるのは間違いない。それでいて返事がないというなら、灯理は作業中なんだろう。
彼自身が言っていたように、作業に没頭すると嵐が真横で話しかけてもほとんど気付かないのを、この二週間足らずで知った。それが扉を隔てた廊下の先からの声なんて反応がなくて当然だ。
嵐はローファーを脱いで、まずは自分の部屋に向かった。荷物を置いて、また部屋を出ようとして、足を止める。
なんとなく、何かに呼ばれた気がした。
嵐はその感覚に従って、体をぐりんと捻って、机の上に置かれたものを見た。
灯理から預かっている、露包むのランタンだ。
曇りガラスが嵌められていて、ところどころに雨粒の形をした石が散りばめられたシックなデザインのそれの中にいる、あの妖艶な雰囲気を纏う未言巫女に、呼ばれたような気がした。
「……一緒に見に行きたいの?」
嵐の言葉に返事が来ることは勿論ない。
けれど、なんとなく、そうだと言われたような気がして、嵐は露包むのランタンを手に取って部屋を出た。
露包むを連れて、嵐はこっそりと、灯理の作業室の扉を開ける。ノックをしても反応してくれないし、不在の時は必ず鍵がかかっているし、こうしてドアノブを回して開くということは、灯理が中にいるという証拠だ。
勝手に入っていいと言われた通り、嵐はするりと中に入る。
思った通り、灯理は作業台に座って、色ガラスを触っていた。
ランタンの枠組みに、既に何色ものガラスが、何枚か嵌め込められて、一つの面を形作りつつある。
灯理が先に嵌っているガラスの際に、接着剤を乗せる。そこに次のガラスを押し当てた。
灯理の指がしばらく、ガラスを持ったまま支えて、缶スプレーのプライマーを噴きかけ、接着剤を固化させる。
それを何度か繰り返せば、教会のステンドグラスみたいな、美しく綾めく図柄が出来上がった。
乾燥した接着剤は、岩のような色合いになっていて、宝石が地面を削って姿を見せた地層のようにも見える。
一つの面が終われば、灯理はすぐに次の面に取りかかる。
流れるように狂いなく進んでいく手の動きが、とてもキレイで嵐はじっと見入ってしまった。
「Showerslamp close the world for us, sink me love rain」
嵐は灯理の手で作り上げられていく美しいランタンを見ていたら、自然と喉の奥から歌が溢れてきた。
その歌に寄り添われて、灯理の手は次々と色ガラスを繋げていき、やがてそのランタンは完成した。
六つある面は、どれもステンドグラスの色の組み合わせも、形の組み合わせも異なっている。灯理が全体のバランスを見るために手に乗せて回すのに合わせて、ステンドグラスが移ろうように表情を変えていて、嵐は胸がときめいた。
そして灯理はランタンを回す途中で、ふと手を止めて、嵐の方を見た。
嵐の唇はまだ歌で震えていて、胸が深い呼吸の度に膨らんでいる。
「……おかえり?」
「ただいまです」
灯理はぼんやりと、これで合っているのかと疑問を拭えないままに言葉を放ち、嵐の方が合ってますよという気持ちを込めて返事をする。
今さらながらに、帰宅と出迎えの儀礼をこなして、灯理は嵐がお腹に乗せて手で抱えているランタンに視線を寄越す。
「露包むが光ってる」
「え?」
灯理に言われて、嵐は自分の膝の上を見た。自分の胸で隠れた視界の下で、確かにほのかな光が見えた。
両手で大切に抱えて露包むのランタンを持ち上げると、まさにその名前の通り、ぼんやりと柔らかな灰青の光を放って、さらに曇っていたガラスが透けて、中にいる小さな露包むの未言巫女が見えた。
露包むの未言巫女は、嵐が見ているのに気づくと、ひらひらと右手を振って、白い浴衣の袖を揺らす。
「なんで?」
はて、と不思議がる嵐の目の前で、露包むのランタンはゆっくりと光を失っていき、ガラスもまた曇り始める。
「あれ?」
「……嵐が歌うと光るのか?」
灯理が、まだ耳の奥にじんわりと残る嵐の快い歌声に意識を向けて、推測を口にした。
ぱちぱちと、嵐が団栗眼を瞬かせる。
「Showerslamp――」
試しに、嵐は一単語だけ歌に揺らしてみた。
すると、露包むのランタンはほんのりと光を灯す。
「――please hold us, so your fantastic world」
嵐が続く調べを口に転がす。
柔く淡く、けれど確かに強く、露包むのランタンは光を増していく。
そして曇りガラスが晴れていき、ほんのりと笑みを浮かべる露包むの未言巫女が見えてきた。
「ほんとだ」
どうしてかはわからないけど、確かに嵐の歌が露包むを光らせるらしい。
きょとんと嵐が見詰めている内に、露包むのランタンはじわりと光を涸れさせて、中の未言巫女の姿を曇りガラスに隠していった。
嵐はランタンに落としていた視線を、灯理に向ける。
「今、露包む、こっち見てましたよね?」
「そんな感じだったな」
灯理も同じ意見だと知って、嵐はまた露包むのランタンを見下ろす。
「例えば、あたしが歌いながら散歩したら、露包むも外の景色が見える?」
「そう、かもな」
灯理も嵐と一緒に、露包むのランタンを見下ろし、その中に宿る未言巫女へ意識を向けた。
「露包む、そうしたらうれしいかな?」
ランタンに顔を向けて背中を丸めている嵐が灯理に上目遣いを向けて、伺ってみた。
「訊いてみるか?」
灯理に促されて、嵐はこくんと頷いた。
「Showerslamp close the world for us, sink me love rain」
嵐の歌声が、埃っぽい作業室をしっとりと湿らせる。
雨に濡れた曇りガラスが透き通るように、露包むのランタンが内側を見せていく。
「Lovers into the room, only two, pile each mind」
嵐の歌声が、ランタンを露包み、灯理が小さな世界で腰掛ける未言巫女を覗く。
嵐の代わりに、灯理が露包むの未言巫女の気持ちを確認した。
「お前は、そこからでも外の景色が見たいか?」
問われた露包むは、ぽっと頬を染めて、こくりと頷いた。
それから嵐を見上げて、つるりと潤った唇を啄むように鳴らして、キスの仕草をする。
嵐はその艶めかしいお礼をはっきりと瞳に映してしまって、一瞬で顔を赤く染め上げた。
唇を震わす歌は途絶えて擦れ、喉は空回りする呼吸の音だけを漏らす。
そして嵐はその豊満な胸で、もう曇ってしまったランタンをぎゅっと抱き締めて、その全身で覆い隠して見えないようにするのだった。
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