露包むランタン

奈月遥

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My mother

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 ゴールデンウィークも半ばが過ぎて、灯理とうりはランタン製作も終わって同人会場へ送り出したし、実家への顔見せもこなして朱理への言い訳も立ったし、今は自分の家のソファで思う存分寛いでいた。
 そんな時にローテーブルに置いたスマートフォンが振動した。
 灯理はテレビに向けていた視線を、音源へと移して手に取る。
 見れば、今日田舎から帰って来る予定のらんからメッセージが入っていた。
『どうしよう!』
「いや、なにがだよ」
 たった一言だけで何も伝わって来ないメッセージの内容に、灯理の口から自然とツッコミが吐いて出た。
 そしてすぐに、灯理の手のひらの中で再びスマートフォンが振動した。
『お母さんに車で送ってもらってるだけど、なんかそっちに泊まるとか言ってる!』
 続く本題を読んで、灯理はがばりとソファに沈めていた上半身を起こした。
「マジかよ……」
 ちょうどテレビの天気予報は、今晩の雨への注意を視聴者に促していた。
 それからしばらく、嵐からの相談に返事をするが、どうにも彼女の母親は押しが強いらしく、宿泊は不可避という結論に至る。
 そうなると、嵐――というか、彼女と入れ替わった露包つゆつつむの未言巫女みことみこを、追い出すか隔離するかして、母親の目に付けさせず、かつ、灯理がその言い訳をして納得させないといけない。
 まず嵐が移動で疲れて早めに寝るという手段だが、どう考えても彼女の母親も嵐と同じ部屋に寝るだろう。二人の寝室以外にはまともに寝泊まり出来る用意はなく、仮に嵐の部屋を母親にだけ使わせるとして、嵐はリビングなどで寝るということになる。そんなもの、秒でバレる。
 嵐を友人宅に泊まりに行かせるとか追い出すにしても、そうしたら今度は彼女の母親と灯理が二人きりになる。ただでさえ、娘と同居している男とか言う気まずさがあるのに、そんな拷問みたいな事態は全力で回避したい。
 つまりはだ。
 詰んだ。
「打つ手がマジでねぇ……ホテルに泊まってくれとか言っても無駄っぽいしな……まじかよ」
 灯理が恨みがましく窓から空窺そらうかがえば、もう灰色の濃い雲が遠くから迫っている。
 結局、二人が何の打開策も見つけられないままに、玄関のチャイムが鳴らされる。
 灯理がドアを開ければ、顔いっぱいに申し訳なさを浮かべた嵐と、その隣に彼女よりもさらに長身の女性が立っていた。
 嵐の母親は灯理の顔をまじまじと見て、うん、と一つ頷く拍子に娘によく似た豊かな胸を揺らした。
「イケメンね。合格」
 何がだ、というツッコミを辛うじて喉の奥で飲み込んで、灯理は困り半分の笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ。それと、嵐もお帰り」
「めぅ……あかりさん、ごめんなさい」
「こら、先にただいまでしょう、嵐?」
 俯く娘の旋毛つむじを見下ろして、彼女は叱りつけた。
 それに、いや、嵐の反応も正しい、という内心を灯理は胸にしまっておく。
「上がらせてもらうわね?」
「はい、ええ、どうぞ」
 灯理が身をずらして道を譲る。
 母親が意気揚々と二人の部屋に上がる後に、嵐がおずおずと付いていく。
「あかりさん、どうしよう……今日、夜、雨なの?」
「予報だとな……でも、嵐も疲れたろ。まずは休め。カフェモカ、いつもより甘くして作ってやるから」
「めゅ。うれしい」
 嵐と母親の二人には椅子に座ってもらい。来客のお決まりとして、灯理が飲み物を用意する。
 コーヒーが一つに、カフェモカが二つだ。事前に聞いていた通り、嵐の母親は初対面の相手でも気安く接してくる。
 嵐が湯気の立つカップを両手で包んで口に運び、ほっと一息吐いた。
「ふふ、嵐が家以外でこんなくつろいでいるなんて、少し妬けるわね」
 灯理は苦笑いしか浮かべられない。まるで新婚生活を見に来たみたいな口振りだ。
「都会に放り出して毎日泣いて電話してくるかとも思ってたんだけど、灯理くんがよくしてくれたのね? ありがとう。あ、お土産あるから食べてね。朴葉味噌とかお菓子とか、あと野菜と米を車に詰められるだけ乗せて来たから」
「はい?」
 お土産の規模が知っている常識と遥かに違い過ぎて、灯理は冗談だよな、と嵐に目で尋ねる。
 それに嵐はふるふると頭を振って、本当だよ、と教えてくれた。
 思いも寄らない事態に、灯理は天井を仰いで、田舎怖ぇ、と慄く。
「それで、私が生んだことのない嵐の姉がいるって聞いたんだけど、今いる?」
 そして続けて放たれた爆弾発言に、灯理と嵐は揃って石化した。
「なんの、はなし、で、しょう、か」
 何とか不自然になる程の沈黙が続く前に、灯理が復帰して口を開くが、乾いた口はたどたどしくしか音を発してくれない。
「いやぁ、灯理くんが二人でも三人でも十人でも女の子はべらせてても、嵐が大切にしてもらえるなら気にしないんだけどさ、夫も気にしてるから一応この目で確認しなくちゃと思ってね?」
 さも何でもないことのように嵐の母親は言葉を繫いで、きょろきょろとダイニングを見回した。その視線が探しているのは、二人以外の人物の生活の証拠なのか、それともその二人が隠そうとしている人物そのものなのか。
 灯理はどうすればいいのか思考回路をショート寸前まで巡らせて結果として言葉を失い、嵐は既に泣きが入っていた。
「……あ、大丈夫よ? 嵐の話し振りから、灯理くんがいい子なのは分かってるから。彼女がいてもきちんと嵐に配慮してくれるでしょうから、家の娘を返せーとか、こんなところに住まわせるかー、なんて言う父親は黙らせるから、安心して?」
 確かに状況としてはそれでなんの変わりもないかもしれないが、そもそもそんなことを親に知られることが精神的にキツイという事実にも配慮してほしいと、灯理は思った。
「うん? やっぱり今はいないのかしら。たまに泊まりに来る程度っていう話は本当?」
 ここまで話が進んで、やっと灯理にも理解が出来た。
 どうやら、お互いの親同士で情報共有が済まされているらしい。
 以前の一回の電話で、二人が意識を逸らした時に話していたのか、それとももう連絡先を交換してあるのかはわからないけれど、話の内容を考えるに間違いないだろう。
 一昨日に家に戻った時に、そんな話を一つもしてくれなかった自分の母親に、灯理は微かな憤りを抱く。
「んー? なんだか困っちゃってる感じ? 人生経験のまだ少ない若者をいじめてるみたいで、なんかイヤね? じゃあ、話したくなったらでいいよ。聞いたら帰るから」
「え、お母さん、もしかして聞くまで帰らないの?」
「もちろん。まともな家事出来ないお父さんが家でミイラになる前に、早く白状しなさいね、嵐」
 そして、しれっと何泊でもするつもりだと宣言されて、嵐は縋るような眼差しを灯理に向けた。
 詰んだ。
 その一言が再び、灯理の脳裏を大きく占めていた。
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