露包むランタン

奈月遥

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Scrambled my heart

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 灯理とうりは土台に電球の基部を嵌め込み、しっかりとネジを締めて、今日三本目のランタンを完成させた。プラグをコンセントに差して、点灯を確認してやっと、一息吐く。
 そして何か違和感が過ぎって、横を見た。
「……らん、帰ってたのか」
 いつの間にか作業部屋の椅子に座って灯理を見ていた同居人がそこにいて、灯理は驚きと、気付かなかったことへのほんの少しの申し訳で声が強張った。
「めぅ。三十分くらい前に帰ってました」
「……ごめん」
 ジト目で批難を向ける嵐に、灯理は素直に謝った。いくら作業で集中すると周りに気付かなくなると伝えてあるとは言え、三十分も放置していたなんて怒られても仕方ない。
「いいです。でも、最近はいつもより作業してる時間多いよね?」
「ああ。次のイベントに向けて今週末までに数仕上げないと間に合わないんだよ」
 普段ならイベントへの製作も余裕を持って取り組む灯理だが、今月は嵐の恋愛相談にかなりの時間を取られ、しかも自身も頭を悩ませていたから、作業に手が付けられなかったという事情はある。けれどそれは口にするつもりは、灯理になかった。
「め。イベント……前みたいな?」
「そうだよ」
 嵐に答えながら灯理は完成したランタンを梱包し、道具を片付ける。
 灯理が見ていない横で、嵐がしゅんと顔を曇らせた。
「ごめんなさい、今回はお手伝い、できないかも……」
「別に謝ることじゃないだろ。お前は彼氏との関係を優先しとけ。手伝いはもう御崎みさきに頼んであるから気にするな」
 灯理はなるべく淡々と、困ってなんかいないことを嵐に伝える。嵐が気に病まないでいてくれるのがなにより大事だ。
「あ、そう! 灯理さんに相談があるんです!」
 もうすっかりお馴染みになった台詞に灯理はぴたりと動きを止めた。
「おーけー、わかった。まずはリビングに移動しよう。なんかの拍子でランタン壊されると本気で困る。マジでもう時間ギリギリだから」
「めゅ。やらないとは言い切れない……」
 嵐が目に影を作ってそんなことを言うから、灯理は急いで嵐の腕を引っ張ってリビングへと連れ込む。
 嵐を椅子に座らせて灯理は時計を確認した。
 まだ夕飯を作るほどには時間は差し迫っていなかったので、二人分のコーヒーを淹れようとヤカンを火に掛け、豆を挽く。
「で、今度はなんだ」
 豆を挽く音の隙間に灯理が問い掛けを差し込む。
 返って来たのは、嵐の沈痛な声だ。
しん先輩が、たまに上の空で……あれ、ぜったい露包つゆつつむのこと考えてる」
 灯理の手が止まる。手のひらにコーヒーミルを抱えて、無意味にそれをじっと見詰めた。
「なんだって、そんなこと分かるんだよ。違うこと考えてるかもしんねーぞ」
「女の勘」
「そんな大層なもんが嵐に備わってたのか……」
 灯理が思わずそんな言葉を漏らしたら、キッと嵐に睨まれた。
 その威圧が刺すように鋭いから、灯理は女の勘が告げたという内容に納得を強要された。
 灯理は豆を挽く手を再開させて嵐の視線から逃れる。
 マグカップを二つ用意して、コーヒーメーカーにフィルターを差し、挽いた豆を流し込む。
 ヤカンのお湯を器用に一滴ずつ落として、コーヒーを淹れていく。
「もう本当に本当のことを話したらどうだ?」
「やだ」
 何度提案しても、嵐は堅い返事しか寄越さない。
 灯理は溜め息を吐いて、マグカップの水面を転がる黒いしずころを見詰める。
「キスしたり、えっちしたり、のーさつしたり、抱き着いたりして、それで真先輩も嬉しそうにしてくれるけど、でもフッて遠くを見るの、さみしいよ……」
 灯理は顔を顰めて赤らむ頬を誤魔化しながら、コーヒーをテーブルに運んだ。
 なんでも赤裸々に話されてすこぶる困るが、切羽詰まった嵐の顔を見ると怒ることも出来ない。
 嵐の前に腰掛け、コーヒーを啜る。手軽に淹れたせいか、いまいち味がしない。
「どうすれば、真先輩はあたしだけ見てくれるかな……」
 嫉妬、という言葉が灯理の頭に思い浮かんだ。
 恋愛のれの字も分かっていないまま恋人を作った田舎娘が、成長したもんだと感慨に耽りたくなる。
「でもなぁ、お前と露包むは言ってみれば見た目も変わる二重人格みたいなもんだろ? いっぺんに付き合えば問題全部すっきりするんじゃないかと思うんだが」
「むー」
 嵐が頬を膨らませて抗議する。
 本当に二重人格の人物がどんなふうに恋愛に折り合いを付けているのか調べて教えたら、少しは嵐の気持ちも解れてくれないだろうかと思い付きはしたものの、余計に怒られそうで灯理は大人しく黙ることにした。
 灯理はテーブルに片肘を付き、頭を抱える。
 真の方と話をして露包むには会えないと納得させて気持ちに整理を付けさせればいい気もするが、いかんせん、灯理は真と面識がない。
 嵐に話してみろと言っても、露包むの話題を出すのも嫌がるのは目に見えている。
 他に相談できそうなのはゆいだろうが、彼女に露包むのことを話して理解してもらうのがまず難関だ。
 どうしても嵐の大学での関係者とは縁が薄いから、灯理も捻り出せる案が足りなかった。
「ダメだ、わからん」
「めぇあ……あかりさんでもわかんないの……」
 分からない理由の七割は嵐のせいだと言いたくもなったが、そこで言えないのが灯理だった。
「焦らずに今のままで過ごして、時間に解決してもらうのがいいのかもな。半年もしたら一回見かけただけの気持ちも薄れて、ずっと会ってる嵐の方に塗り潰されるだろ」
 灯理はいくらか投げやりに言い放って、コーヒーを喉に流し込んだ。
「そうかなぁ」
「ま、お前が癇癪起こさずにガマンできるかっていう忍耐力が試されるな」
 嵐が不安をありありと顔に出して、灯理に無言で縋ってくる。
 けれど、灯理にだってそんなのはどうしようもないから、無言を返して、夕飯の準備をするために立ち上がった。
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