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Look only me
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嵐は夢海に揺蕩いながら、ぼんやりと、重い、と思った。
彼女の上に何かが乗っている訳ではなくて、昨日内側から圧迫された名残だ。体が歪められた違和感が、嵐を幸せ混じりの気怠さに浸らせている。
じっとりと湿ったシーツを肌に被せた嵐は、夢心地の中で近くに温もりがあるのを感じ取って手を伸ばした。
その手はすぐに、逞しい腕に辿り着き、蛇のように這わせて、背中まで腕をしっとりと吸い付かせる。
ずり、と体を温もりに寄せれば、ぴたりと肌がくっ付いて汗の香りが鼻に届く。
それがなんだか美味しそうで嵐はぺろりと舌で撫でる。しょっぱくて、少し苦味があって、美味しいかは分からないけど、クセになる味だった。
ゆるゆると嵐は瞼を持ち上げて。
頭の上から自分を見下ろす真の目とぱっちり視線が合った。
嵐は一瞬で頭が真っ白になって思考を失う。
「おはよう、嵐ちゃん」
穏やかな声が降ってきて嵐の耳をくすぐった。
嵐はぱくぱくと口を開くけれど、喉が固まって声にならない。
そんな嵐を真の太い腕が包み込み、ぎゅっと引き寄せられて、嵐の胸が真の胸板に押し潰された。
そこでやっと、嵐は昨日のことを思い出す。
嵐の謝罪も、嵐のやり直しの提案も、真は二つ返事で受け入れてくれて。
嵐は恋人の優しさに、胸の中で雨花を散らしながら抱かれ、やがて自分の奥まで入り込んだ彼の力強さと逞しさに溺れて、昼前にベッドに入ってから、休憩を挟みながらも遂に今朝を迎えていたのだった。
そんな赤裸々な情事を思い出して嵐の顔は一気に沸騰した。
喉がカラカラに乾いて、こびりついた濁りが詰まって、息すら擦れている。
「嵐ちゃん、お泊まりになっちゃったけど、怪我したっていう同居人さんは平気かな。困ってたら、申し訳が、ないな」
そうは言いつつも、嵐を手放す気はないのは拘束する腕の強さが物語っていた。
嵐は暗い悦びに頬を擦り寄せて、なんとか声を出す。
「たぶん、へい、き。後から、後遺症、が。……出たら、連絡して、って、それで」
嵐は用意した台詞を言い終える前に喉が限界になって、細く息を吐く。
「嵐ちゃん、水飲もうか」
か細い嵐の声を聞いて真は体を起こす。
その腕に嵐が抱き着いて、ふるふると首を揺らした。
「はみがき、先に、したぃ」
真は嵐をじっと見詰めて、一つ頷くとベッドから這い出た。
めくれたシーツを嵐に掛け直して真は寝室を出て行く。
戻ってきた真は、二リットルのミネラルウォーターのペットボトルと、歯ブラシ、それからコップを二つ持っていた。
真はベッドに腰掛けると、嵐の体を抱き起こして自分を背もたれにさせて寄り掛からせた。
後ろから嵐を抱き止める格好になった真は、腕を回して濡らした歯ブラシを嵐の口に優しく差し込んだ。
自分でするよりも柔らかい力で丁寧に、嵐の歯が磨かれていく。
まだ寝惚けて理性の足りない嵐の脳は、すごくいいな、幸せだな、なんて呑気に考えて真のお世話を甘受する。
コップの水で口をゆすいで、もう一つのコップに吐き出すように指示される。
口が綺麗になったら、水をちびちびと飲ませてもらえた。
「嵐ちゃん、今日は二限からだよね」
「はい」
歯磨きして幾分か明瞭になった思考で嵐は時計を見て、ぴきりと固まった。
「めっ! 遅刻しちゃう!」
慌ててベッドから飛び出そうとした嵐だったけれど、真の腕が腰に絡まってきて、すとんと彼の膝に座らされた。
「嵐ちゃん、家からなら、大学まで十五分かからないから、焦らなくていいよ」
「め」
そうだった、と嵐は顔を赤らめた。
電車で通う必要のある灯理と一緒に住んでるマンションと違って、この真の部屋からは大学まで徒歩で行けてしまうのだ。
真に後ろからお腹を抱えられて、撫でられながら、嵐はゆるゆると体を弛緩させる。
まだ時計は七時と半分を指している。
二限に間に合うようにしても、家を出るまでにまだ三時間弱も余裕があった。
「ねぇ、嵐ちゃん」
嵐の頭に顎を乗せて髪を擦る真から声が零れてきた。
「はい?」
裸なのにじんわりと汗ばんできてる嵐は、少しシャワーが恋しくなりながら返事をする。
「嵐ちゃんって、髪の白いお姉さんとかいる?」
嵐の心と体が、ぴしりと凍り付いて、罅割れる。
血の気が引いて、肌寒くなった。
「い、いませんよ」
焦りから、考えなしの返答が口を付いた。
他の人に説明していることとの辻褄合わせなんて、今の嵐には頭に思い浮かばない。
「そっか。一昨日、嵐ちゃんに似た女性を見たんだけど、違う、んだね」
真が物思いに耽る。
嵐は振り返らなくても、真の視線がここではない遠くにやられているのが、分かった。
だから嵐はぐりんと体を捻って。
両手で真の頬を挟んで自分の方を向かせる。
「今、真先輩の前には可愛い彼女がいます。彼女は、自分だけを見てほしいと願ってます」
嵐は仰々しく、真の愛鏡に自分の顔と裸だけを映した。
形振りなんて構っていられなかった。
「……ごめんね」
真の手に嵐の頭が抱えられた。
そのまま嵐の顔が持ち上げられて真の唇へと導かれる。
嵐は真のお腹に腰を擦り付けた。
もう授業なんて後回しにするのを決断して。
まずは真の思考を自分だけに塗り潰すんだと決意しながら、嵐は真にしなだれ掛かり押し倒した。
彼女の上に何かが乗っている訳ではなくて、昨日内側から圧迫された名残だ。体が歪められた違和感が、嵐を幸せ混じりの気怠さに浸らせている。
じっとりと湿ったシーツを肌に被せた嵐は、夢心地の中で近くに温もりがあるのを感じ取って手を伸ばした。
その手はすぐに、逞しい腕に辿り着き、蛇のように這わせて、背中まで腕をしっとりと吸い付かせる。
ずり、と体を温もりに寄せれば、ぴたりと肌がくっ付いて汗の香りが鼻に届く。
それがなんだか美味しそうで嵐はぺろりと舌で撫でる。しょっぱくて、少し苦味があって、美味しいかは分からないけど、クセになる味だった。
ゆるゆると嵐は瞼を持ち上げて。
頭の上から自分を見下ろす真の目とぱっちり視線が合った。
嵐は一瞬で頭が真っ白になって思考を失う。
「おはよう、嵐ちゃん」
穏やかな声が降ってきて嵐の耳をくすぐった。
嵐はぱくぱくと口を開くけれど、喉が固まって声にならない。
そんな嵐を真の太い腕が包み込み、ぎゅっと引き寄せられて、嵐の胸が真の胸板に押し潰された。
そこでやっと、嵐は昨日のことを思い出す。
嵐の謝罪も、嵐のやり直しの提案も、真は二つ返事で受け入れてくれて。
嵐は恋人の優しさに、胸の中で雨花を散らしながら抱かれ、やがて自分の奥まで入り込んだ彼の力強さと逞しさに溺れて、昼前にベッドに入ってから、休憩を挟みながらも遂に今朝を迎えていたのだった。
そんな赤裸々な情事を思い出して嵐の顔は一気に沸騰した。
喉がカラカラに乾いて、こびりついた濁りが詰まって、息すら擦れている。
「嵐ちゃん、お泊まりになっちゃったけど、怪我したっていう同居人さんは平気かな。困ってたら、申し訳が、ないな」
そうは言いつつも、嵐を手放す気はないのは拘束する腕の強さが物語っていた。
嵐は暗い悦びに頬を擦り寄せて、なんとか声を出す。
「たぶん、へい、き。後から、後遺症、が。……出たら、連絡して、って、それで」
嵐は用意した台詞を言い終える前に喉が限界になって、細く息を吐く。
「嵐ちゃん、水飲もうか」
か細い嵐の声を聞いて真は体を起こす。
その腕に嵐が抱き着いて、ふるふると首を揺らした。
「はみがき、先に、したぃ」
真は嵐をじっと見詰めて、一つ頷くとベッドから這い出た。
めくれたシーツを嵐に掛け直して真は寝室を出て行く。
戻ってきた真は、二リットルのミネラルウォーターのペットボトルと、歯ブラシ、それからコップを二つ持っていた。
真はベッドに腰掛けると、嵐の体を抱き起こして自分を背もたれにさせて寄り掛からせた。
後ろから嵐を抱き止める格好になった真は、腕を回して濡らした歯ブラシを嵐の口に優しく差し込んだ。
自分でするよりも柔らかい力で丁寧に、嵐の歯が磨かれていく。
まだ寝惚けて理性の足りない嵐の脳は、すごくいいな、幸せだな、なんて呑気に考えて真のお世話を甘受する。
コップの水で口をゆすいで、もう一つのコップに吐き出すように指示される。
口が綺麗になったら、水をちびちびと飲ませてもらえた。
「嵐ちゃん、今日は二限からだよね」
「はい」
歯磨きして幾分か明瞭になった思考で嵐は時計を見て、ぴきりと固まった。
「めっ! 遅刻しちゃう!」
慌ててベッドから飛び出そうとした嵐だったけれど、真の腕が腰に絡まってきて、すとんと彼の膝に座らされた。
「嵐ちゃん、家からなら、大学まで十五分かからないから、焦らなくていいよ」
「め」
そうだった、と嵐は顔を赤らめた。
電車で通う必要のある灯理と一緒に住んでるマンションと違って、この真の部屋からは大学まで徒歩で行けてしまうのだ。
真に後ろからお腹を抱えられて、撫でられながら、嵐はゆるゆると体を弛緩させる。
まだ時計は七時と半分を指している。
二限に間に合うようにしても、家を出るまでにまだ三時間弱も余裕があった。
「ねぇ、嵐ちゃん」
嵐の頭に顎を乗せて髪を擦る真から声が零れてきた。
「はい?」
裸なのにじんわりと汗ばんできてる嵐は、少しシャワーが恋しくなりながら返事をする。
「嵐ちゃんって、髪の白いお姉さんとかいる?」
嵐の心と体が、ぴしりと凍り付いて、罅割れる。
血の気が引いて、肌寒くなった。
「い、いませんよ」
焦りから、考えなしの返答が口を付いた。
他の人に説明していることとの辻褄合わせなんて、今の嵐には頭に思い浮かばない。
「そっか。一昨日、嵐ちゃんに似た女性を見たんだけど、違う、んだね」
真が物思いに耽る。
嵐は振り返らなくても、真の視線がここではない遠くにやられているのが、分かった。
だから嵐はぐりんと体を捻って。
両手で真の頬を挟んで自分の方を向かせる。
「今、真先輩の前には可愛い彼女がいます。彼女は、自分だけを見てほしいと願ってます」
嵐は仰々しく、真の愛鏡に自分の顔と裸だけを映した。
形振りなんて構っていられなかった。
「……ごめんね」
真の手に嵐の頭が抱えられた。
そのまま嵐の顔が持ち上げられて真の唇へと導かれる。
嵐は真のお腹に腰を擦り付けた。
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