雨の向こう側

サツキユキオ

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2日目

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 2日目のプログラムも順調に進んだ。食事の問題はあるものの、胃が少食に慣れてきたのか昨日ほどのひもじさはなかった。一応夜に秘密の会合をしようとはスバルとの間で約束済みである。まるで子供の戯れのような彼とのやり取りに佑月は心が癒されるのを感じていた。
「次はきーちゃんだよ」
 あーちゃんが部屋に戻ってくる。夕食後は一人一人講師によるカウンセリングが行われる。カウンセリングにかかる時間は個人によってさまざまであり、佑月は十分程度で終わらせた。話の内容は単なる雑談であり、少なくとも佑月にとってはあまり価値のある時間には思えなかった。講師も彼女が乗り気でないことを感じ取ったのだろうか。あまり深く話を掘り下げられることはなかった。きーちゃんの次は佑月であった。
「じゃああたしお風呂入ってくるね」
 あーちゃんはそう言ってすぐに部屋を出ていった。そのとき、どこか勝ち誇ったような顔をしていたのが佑月は気になった。その答えを彼女はすぐに思い知ることになる。
「カメちゃん、ご飯あんまり食べてないんじゃない?」
 講師である藤岡たまきの言葉に佑月はため息をぐっと堪えた。きっとあーちゃんである。彼女の勝ち誇ったような顔を思い出すに、単に『食事の量が少ない』だけではなくもっと佑月を貶めるようなことを言ったはずだ。もしかすると昨夜のスバルとのやり取りを見ていたかもしれない。
「すみません、食べ慣れていないもので」
 当たり障りのないことを言う。これで逃れられるかと思ったが、藤岡はかえって身を乗り出してきた。彼女の真剣な眼差しを浴びてひどく居心地が悪かった。
「今回のプログラムは食事の改善も含まれているの。でもそれがうまくいかないとなると3日目の断食自体が苦しくなってしまうわ」
 佑月は藤岡の言葉に嫌悪感を抱いた。彼女の本題をいかにも優し気な言葉で包み込んでいるつもりになっているところがひどく不愉快だった。彼女が次に言う言葉も予想がついた。
「もし今回のプログラムが厳しいようなら途中で帰ることはできるけど、どうします?」
 佑月はひどく落胆した。彼女は佑月を引き留めるために話をしたのではない。いかに穏便に彼女を追いだせるか、そのためのカウンセリングのじかんであった。しかし佑月は同時に安堵もした。この合宿に参加を続けたところでこれ以上得られるものはないだろう、とも感じていたのだ。ここに彼女の求めているものはなかった。自分を変えたいという願いを他人任せにしたこと自体が間違いだったのかもしれない。彼女はすでにどこかすっきりとした気持だった。もうすでにこの合宿にまつわるすべてを煩わしいと感じているのだ。
「途中で帰るとなると返金はできないんだけれども、参加特典は全て渡すことができるから安心してね。今着てもらってるヨガウェアも持って帰ってもらっていいから。急にこんなこと言われてもカメちゃんすぐに答えられないと思うし、明日の朝返事を聞かせてもらっていいかしら。五日間頑張るっていうならもちろん大歓迎だし、今回はちょっと無理だな、ってときは遠慮せずに帰って大丈夫だからね。都内でも簡易的ではあるけれどもレッスンはしてるし、次はそっちに参加とかでも全然問題ないからね」
 佑月はただただ頷くことしかできなかった。今すぐにでも「帰ります」と言い放って迎えのバスを呼べたらどんなに良かっただろうか。しかし彼女はそこまで言うことができなかった。怖気づいてしまったのだ。今の彼女には考える気力がなかった。今すぐにでも布団に入って何も考えずに休んでしまいたかった。それだけの欲に負けて彼女は即答をしなかった。一晩眠れば心持ちが変わるかもしれないと期待してしまう自分もいて情けない。
 何も悪いことはしていないのに叱られた学生のようにすごすごとカウンセリングルームを後にする。金銭的な負担はそこまでなかったが、時間を無駄にしたという徒労感が重く肩にのしかかる。求めていた成果が全く手に入らなかった。自分を変えたいというごくごく一般的な望みすら自分には叶える資格がないのかと絶望する。そこまで神様に嫌われているのかと、佑月は重い足を引きずった。
 彼女は自然とバルコニーに向かっていた。そこにスバルはいなかったが、彼女は安堵する。手すりにもたれかかってため息をつく。雨は止んだようだが、空気は重く湿っている。
「カメちゃん、今いい?」
 昨日と同じように、スバルが現れた。彼は変わらぬ笑顔で彼女を迎え入れるが、同じような笑顔を返す余裕が佑月にはなかった。スバルはその気配をすぐに察知したようで、「どうしたの?」と顔を覗き込んでくる。彼女は素直に明日帰宅する旨を伝えた。当然これはあくまで予定ではあるのだが、一晩寝たところで気持ちは変わらないように思えた。
「そっか、残念だなあ。でも体調崩しちゃ元も子もないもんね」
 彼の言葉に佑月は少なからず落胆した。心のどこかで引き留めてくれるのではないかと期待していたのだ。ほんの少し親しくなったからといって期待しすぎている自分が嫌になった。しかし彼の言葉はどこまでも真実だった。ストレスを溜めるために彼女はここに来ているのではないのだから。
「スバルさんと話せてよかった。短い間だったけどありがとう」
 彼女は素直な感謝の気持ちを伝えた。彼との会話で確かに気持ちが救われたのだ。
「じゃあ、最後の晩餐といこうか」
 彼は意気揚々とご馳走を取り出した。今夜はゼリー飲料も持ってきてくれたようだ。彼女はありがたくそれをいただくことにした。そして彼にはあーちゃんの告げ口のことは言わないことにした。憶測でものを言うわけにもいかない。自分さえ立ち去れば彼女の尖った雰囲気は消え去るだろう。
 二人はパウチを掲げて乾杯した。
 ほんのわずかな逢瀬ではあったが、彼女にとっては十分すぎるほど素敵な体験であった。
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