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第五章:騎士学校・始動編
第29話 突入
しおりを挟むしばらくすると、倉庫の影から三人、さらに背後の路地から二人――黒い外套に身を包んだ〈盗賊組合〉の構成員たちが姿をあらわす。
足音は極限まで抑えられ、風や波の音に溶けていった。
先頭に立つ短髪の女性が視線で合図を送る。僕はうなずき、倉庫の構造と出入り口の位置を簡潔に伝える。
彼女はすぐさま仲間に指示を飛ばし、二人を正面へ、残りを裏口と側面の大窓に回す。
港沿いの倉庫は単純な造りだが、逃走経路をひとつでも見落とせば敵を取り逃がすことになる。
ゴーストは地面すれすれに鼻を近づけて、倉庫の中から漂う油と古木のニオイに混じる人間のニオイを嗅ぎ分けていた。
その耳がぴくりと動く。何か嫌な臭いを感じているのかもしれない。包囲が整うまでの数分が、やけに長く感じられた。
港の空気は湿って重く、微かに潮のニオイが感じられる。やがて、短髪の女性が短剣を抜き、こちらに小さく手を振る。潜入開始の合図だ。
正面側の二人が静かに扉へ接近し、錠前の確認を始める。背後の二人は窓の隙間から内部を覗き込み、僕は側面の壁際に身を潜めて支援の準備を整えた。
――そのときだった。倉庫内部で、突然、何かが倒れるような大きな衝撃音が響いた。間を置かず、短い怒声と複数の足音。内部の空気が一気に慌ただしくなる。
「……見つかったか」
彼女は小さく吐き捨て、潜入から急襲への切り替えだ。
しかし次の瞬間、裏口側から構成員のひとりから〈念話〉が届く。
『逃走者を発見、隠し扉だ!!』
その報告が終わらないうちに、倉庫の反対側から叫び声が聞こえる。
僕の胸の奥に、冷たい緊張が走った。計画が崩れ始めている――ここからは、一瞬の判断がすべてを左右する。
裏口から逃げた人影を追う構成員二人の足音が遠ざかっていく。同時に、倉庫の正面扉が外側から蹴破られるように開いた。
中から飛び出してきたのは、粗末ながらも鎖帷子や革鎧を着込み、刃物や棍棒を手にした男たちだった。四人、いや六人か――奥の影からさらに三人が姿をあらわす。
潮風に混じって、鉄と油の臭いが濃くなる。武器が抜かれる音と共に、空気が一瞬で張り詰めた。
短髪の女性叫ぶ間もなく、先頭の構成員が短剣で応戦する。男の棍棒を受け流し、刃を逆手に滑らせて腕を裂く。血が飛び散り、港の石畳に赤い斑点が広がった。
「武器の所持を確認した!」
誰かの声が響き、倉庫の内部で金属音が連鎖的に鳴り始める。
僕はゴーストと視線を交わし、即座に側面の大窓へ回り込む。窓枠を蹴破って中に飛び込むと、油樽や木箱の隙間から弓を構えている男たちの姿が見えた。
狙いは外の構成員たちだ。ゴーストが低く唸り、ひとりに飛びかかる。僕はもうひとりの弓兵へと〈衝撃〉を放ち、壁際まで吹き飛ばす。
弓矢が床を滑り、乾いた音を立てた。外では、港沿いの石畳を駆ける足音が響く。裏口から逃げた者は、すでに波止場の端を越えていくところだ。
遠目に、積み荷の間を縫って走る人影が見えた――放っておけば船に乗られる。
「こっちは私たちに任せて!」
短髪の女性が叫び、逃走した者の追跡を指示する。
僕はゴーストを伴って外に飛び出し、波止場へ駆ける。海面を叩く波の音が、鼓動と同じ速さで響く。逃走者は振り返り、僕らの存在に気づくと速度を上げた。
背後から倉庫内の乱戦の音がさらに激しく聞こえる。金属がぶつかる甲高い音、怒声、樽の崩れる轟音――港全体が騒然とした。
僕は振り返らず、乱戦は仲間に任せ、ただ目の前の影を追った。潮風の中、逃走者の外套が翻り、そこに陽光がかすかに反射する。
ここで逃がすわけにはいかない。倉庫から飛び出した男性は、荷役用の木箱や網を跳び越え、迷路のような波止場を縫うように走る。
僕とゴーストは距離を詰め、足元の濡れた板張りを滑らぬよう重心を低く保ちながら追った。
漁船の間を抜けると、視界の端でゴーストの漆黒の毛並みが影のように揺れる。男が振り返った刹那、牙を剥き出しにしたゴーストが横から飛びかかり、肩口を狙った。
しかし男性は咄嗟に短剣を抜き、火花を散らして受け止めると、その勢いで船着き場の端へと後退した。
僕も間合いを詰め、腰の短刀を抜く。木箱の影に飛び込んだ男が再びあらわれたときには、刃と刃が交錯する距離だった。
鉄と鉄のぶつかる音が港に響き、足元の水たまりが刃の振動で波紋を広げる。
男性の動きは速く、ナイフの刀身が陽光を浴びて閃いていた。僕は斬撃を受け流しながら、なんとか攻撃の隙を探る。
背後でゴーストが低く唸り、再び影のように回り込む。男性はそれに気づき、僕の腹部を狙った突きを放つが、短刀で弾き返す。
その瞬間、ゴーストが背中に飛びかかって体勢が崩れた――このまま押し切れる。だが、桟橋の向こうに停泊していた小型船が不意に離岸を始める。
船上にはもうひとりの男が立ち、こちらに向けて合図を送る。
追い詰められた男性はゴーストを振りほどくと、桟橋の端まで跳び、濡れた木板を蹴ってその船に飛び乗る。
僕は剣を握り直しながら、この場で取るべき行動の選択を迫られた。
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