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第五章:騎士学校・始動編
第50話 追跡
しおりを挟む梁が崩れる轟音とともに、倉庫全体が赤黒い煙に包まれつつあった。木箱が燃え、油を吸った布や麻袋が爆ぜ、炎の舌が壁を這い上がる。
煙に混じって獣の咆哮が聞こえる。檻から解き放たれ魔獣たちが、獲物を求めて唸り声を上げている。
鎖を引きちぎった狼型魔獣が、警備隊の一列に飛びかかる。悲鳴と血飛沫が散り、兵士が二人、容赦なく壁際に叩きつけられた。気絶したのか、そのまま動かない。
「前列、盾を固めろ!」
隊長の怒号が火と煙の中で響く。だが混乱は広がるばかりだった。
僕は短刀を逆手に構えながら、迫りくる魔獣に〈風刃〉を放つ。
鋭い刃が狼の前肢を断ち切り、そのまま駆けていた勢いで転がっていく。その隙に槍兵が突き込むが、別の魔獣が横合いから飛びかかり、槍ごと兵を噛み砕いた。
骨が砕ける嫌な音と共に、血飛沫が炎に照らされる。呼吸が熱と煙で詰まりそうになる。咄嗟に床に手のひらを押しつけ、冷気を流し込む。
炎に包まれた床板の隙間から、白く冷たい〈氷柱〉が一気に突き出て、火の勢いを押しとどめながら、飛びかかってきた魔獣の胸を貫いた。
断末魔の咆哮が倉庫を震わせ、黒煙にかき消される。
「押し込め! 怯むな!」
隊長が血に濡れた剣を振るいながら叫ぶ。
彼の周囲にも倒れた兵が幾人も転がっていた。血の臭いと焦げた肉の匂いが充満し、吐き気を誘う。
その間にも、僕は敵の群れの中心に身を投じ、短刀で魔獣の咽喉を裂きながら、片手で〈氷槍〉を放つ。氷壁が檻に直撃し、鉄を歪ませながら砕ける。
その衝撃で倒れ込んだ獣を、後方の弓兵が矢で射抜いていく。しかし、次から次へと魔獣が湧き出る。
焦げた鉄檻をなぎ倒してあらわれたのは、鎧を纏ったかのように硬質な皮膚を持つ巨大な猪型の魔獣だった。
突進を受けた兵士が数人まとめて壁に叩きつけられ、血反吐が炎の床に散らばる。
「下がれ!」
息を荒げながら叫び、膨大な魔素をかき集める。
つぎの瞬間、数十本の氷の槍が地面から一斉に突き上がり、猪の巨体を串刺しにした。だが皮膚が硬すぎるのか、半数以上は砕かれた。
残る数本が腹を貫き、獣が苦悶の声をあげる。そこへ警備隊が一斉に突撃し、刃と槍で肉を裂いた。
激闘の末、ようやく巨猪は崩れ落ち、床を揺らして絶命した。
燃え落ちる木材の破片が火の粉を散らし、倉庫全体が崩壊寸前に見えた。息をするたび、煙と血が肺を焼き、全身が鉛のように重い。
それでも、最後の魔獣が倒れるまで、誰ひとり剣を下ろす者はいなかった。戦いが終わったとき、健在だった兵は半数にも満たなかった。
倒れ伏した仲間の亡骸の横で、なお剣を握ったまま息絶えている者もいる。炎に照らされた光景は、勝利よりも惨敗のニオイを漂わせていた。
僕は血に濡れた短刀を見下ろし、胸の奥に重いものが沈んでいくのを感じていた。実際のところ、これはまだ序章にすぎない。
炎と血の臭いに満ちた倉庫から抜け出した。背後では警備隊が倒れた仲間を引きずり出し、残り火を必死に抑え込んでいる。
そこに合流することなく、暗い港の路地へと向かっていた――あの騎士を逃すわけにはいかない。せめて痕跡でも見つけなければ。
崩れた壁の隙間を抜けた先、濡れた石畳に赤黒い痕が残されていた。血痕だ。まだ蒸気を立てている。
短刀を収め、指先で触れる。ヌメリのある血は夜風で乾き始めていた。彼がここを通ったのは間違いない。
倉庫街を抜け、港湾の細い小径へと足を運ぶ。灯りの消えた倉庫の影から影へ、気配を殺しながら進む。
夜霧のなか、血痕は転々と暗闇に向かって続いていた。壁に手をついた跡、箱を倒して通った痕跡。
騎士の足取りは乱れ、追い詰められた獣のように彷徨っていた。やがて視界がひらけ、黒い海が広がった。
船着き場――木製の桟橋に点々と血が落ちている。そこまでは確かに続いていた。けれど、桟橋の先で足跡は唐突に消えていた。
波打ち際には血が薄く滲んでいる。桟橋に付着した赤い染みも見える。すでに船に乗り込んだのだ。
霧の中に目を凝らす。しかし、沖には黒い影がぼんやりと浮かぶだけで、識別できるほど近い船はなかった。
やはり、間に合わなかった。夜風が頬を打ち、潮の臭いが鼻を刺す。ここまで追い詰めておきながら、最後の一歩が及ばない。
胸の奥に悔しさが燻り、無意識に魔力を放つ。背後では倉庫の炎が夜空を赤く染めている。
その光景を振り返りもせず、船着き場に残された小さな血痕をじっと見つめた。騎士が逃げたのは確かだ。けれど、これで終わりではないのだろう。
市場の襲撃を阻止するためにも、〈情報局〉に証拠を提出するべきだろう。
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