悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第六章:騎士学校・国境紛争

第37話 準備期間

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 それからしばらくの間、任務は減った。

 代わりに、部隊での訓練の時間が大幅に増えた。〈情報局〉直属部隊として再編された僕らには、通常の騎士団とは異なる訓練課程が組まれていた。

 潜入、隠密、斥候、破壊、暗号、そして心理操作――ただ剣を振るうだけではなく、敵の内側に入り、内側から崩すための技術を叩き込まれる日々だった。

「これが諜報部隊の仕事ってわけか……まるで〈暗殺組合〉だな」
 レオニスが訓練場の壁に背を預けて息を整えながら呟いた。

「影で動く者がいなければ、光は長くは続かない……僕らは、その〝影〟の役割を任されたんだ」

 そう答えながらも、頭の中にわずかな違和感が残っていた。

 戦場で命を懸けることには慣れている。けれど、今やっていることは、それとは違う。目の前の兵士を斬ることよりも、国家を相手に戦うことが求められる。

 戦争という表の世界の裏で、帝国のために命をかけることが求められる――それが現実味を帯びるたび、胸の奥に重く冷たいものが沈んでいった。

 訓練の合間にも、騎士学校に通い戦術を学んでいた。形式上、僕たちはまだ〝騎士候補生〟という立場であり、卒業式までは学生としての身分を維持している。

 午前は学校で戦術理論や帝国法を学び、午後は〈情報局〉の訓練場で暗号解読や幻惑魔術、精神攻撃への対象方法などの実践訓練が行われる。

 日によっては夜明けまで詰め込みの講義が続いた。

「ウル、次の課題、もう提出した?」
 教室で声をかけてきたのは、イリーナだった。

 彼女もすでに近衛騎士団への配属が決まっていて、卒業を待つばかりだった。

「ああ、昨日の時点で終わらせていたよ……訓練のあとで頭が回るとは思わなかったけどね」

「あなたらしいわね。でも、あまり無理しないでね」
 心配そうな表情を見て、ほんの一瞬、以前の穏やかな日常が戻ってきたような錯覚を抱いた。

 けれど、それも一瞬のことだった。学校の講堂には、次期配属先の一覧が貼り出され、仲間たちはそれぞれの未来に向かって歩き出していく。

  誰もが昇格の期待に胸を膨らませていたが、その一方で、帝都周辺では不穏な噂が流れていた。

 公国との国境地帯で、再び武力衝突の兆候がある――軍の増派命令が出た、前線の砦が再び活発化している、帝国議会では〝戒厳令の準備〟が進められている。

 それらの情報は、誰よりも早く〈情報局〉を通して僕の耳に届いた。ハーゼン参事官の言葉が脳裏をよぎる――帝国はこれから、外だけでなく内側とも戦うことになる。

 訓練場に戻ると、セリスが新しい魔術の構築を行っていた。魔術陣の線が淡く光を放ち、複雑な構造式が空中に浮かび上がる。

「それは?」
「対魔術師用の防御式。もし次の任務が敵地での潜入なら、魔術妨害が行われる可能性が高いわ。自分で対抗式を組めないと、命取りになるから」

「……さすがだな」
 魔術に関して驚くべき才能を持つセリスだからできることでもある。

「備えが〝すべて〟って、あなたもよく言っていたでしょ?」
 微笑んで見せる彼女の表情には、疲労と、それでも前を向こうとする意志があった。

 日々の訓練の中で、僕たちは確実に変わっていった。仲間との連携も、息遣いも、任務中の判断も、以前とは比べものにならないほど研ぎ澄まされていく。

 しかし同時に、平穏な日常の中に潜む〝戦の影〟が、確実に近づいているのを感じていた。

 夜、寮に戻って窓辺に腰かけて〈知識の書〉に意識をつなげる。そこに記されていた未来は、かつて見たものとは微妙に異なっていた。

 いくつもの分岐が消え、まだ記されていない〝空白の期間〟が広がっている――これは、まだ未来が定まっていないということなのだろう。

 帝国がどう動き、僕たちがどんな選択をするのかによって、未来そのものが書き換わる。静かな夜の中で、僕はその空白を指でなぞった。

 これから訪れるのは、再び戦場での任務か、それとも諜報任務か。

 どちらにせよ――今のこの訓練の日々が、確実にその始まりに繋がっていることを、僕は知っていた。
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