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第二章:騎士学校・中等部
第28話 鑑定士
しおりを挟む市場で蒸留酒を手に入れると、僕たちは倉庫区画に向かって歩き出した。空は夕暮れの茜色に染まり、人々の喧騒が背後に遠ざかっていく。
「倉庫区画って、いつ来ても独特の雰囲気だね」
セリスが小声でつぶやく。確かにそうだ。
労働者たちだろうか、大柄の蜥蜴人たちが歩き回っている。彼らは重い木箱を担ぎ、船荷を倉庫へ運んでいた。
艶のある鱗が夕日に照らされるのを横目に見ながら、僕たちは目的の場所に向かう。
やがて無数の倉庫が見えてくる。レンガ造りの建物が整然と並ぶなか、僕らは〈盗賊組合〉が密かに盗品を隠すために利用している倉庫に向かう。
以前、組合の仕事で何度か倉庫を警備したことがあるので、迷うことはない。
「この辺り、妙に静かだけど変な視線を感じるね……」
セリスが周囲を見回しながら言う。
組合の監視員が近くにいるのだろう。僕らは人混みを避けつつ目的の倉庫へ向かった。
しばらく歩くと、目当ての倉庫が見えてくる。両開きの大きな扉は古びていて、その表面には無数の傷跡が刻まれている。
物資を搬入するための木製のクレーンが設置されていて、その下には使い古された木箱がいくつも積まれていた。
「ここだね」
セリスが足を止めて振り返る。
彼女の言葉にうなずいたあと、錠前で施錠されていた扉に手を伸ばした。
〈盗賊組合〉で使われている一般的な錠前なので、コツを知っていれば〈解錠〉の魔術で簡単に開錠できる。
「いこう」
扉をそっと押し開けると、冷たい空気が肌を刺す。
倉庫の中は薄暗く、天井の隙間から差し込む淡い光が唯一の光源だった。積み上げられた木箱が影を落とし、ホコリとカビの臭いが鼻をつく。
「誰もいないみたい……」
セリスの声がやけに小さく聞こえた気がして、僕は無意識に息を潜めた。
ゴーストがくしゃみするのを見ながら、足音をできるだけ抑えて、倉庫の奥へと進んでいった。
「ここで、いいのかな……?」
セリスが酒瓶を抱え直しながら小声で訊ねる。
僕はうなずいてから、〈気配察知〉を使って辺りを見回した。
じわじわと緊張感が広がるなか、燭台のかすかな灯りが揺らめいているのが見えた。
その光源を目指して足を進めると、灯りに照らされた一角に古びた作業台がぽつんと置かれているのが目に入る。
その周囲は混沌そのものだった。作業台の上も足元の床も、ところ構わず遺物やら書物で埋め尽くされている。
錆びた剣や壊れた魔道具、ひび割れた瓶の中から漂う魔素の痕跡――そのすべてが、この場所の主が相当な収集癖の持ち主であることを物語っていた。
「すごい量だね……全部鑑定してるのかな?」
セリスが小声でつぶやきながら、散乱した物の間を慎重に歩く。
「多分、〈盗賊組合〉の依頼で鑑定してるんだろうけど……ここまで散らかってると、何をどう管理してるのか気になる」
足元に転がる魔獣の骨に注意を払いつつ、作業台に近づく。
「すみません!」
そこで僕は声を張り上げた。
「誰かいますか?」
数秒の沈黙のあと、遺物の山が揺れたかと思うと、その間から小さな影がぬるりと姿を見せた。
そこにあらわれたのは、子どもほどの背丈しかない生物――いや、あれは亜人だろうか。細長い胴体と柔らかそうな白い毛並み、そして丸い眼鏡を掛けたイタチの亜人。
小柄ながらも、その鋭い目つきは、ただの動物にはない知性を感じさせる。組合専属の鑑定士には見えないけど、可愛らしい外見をしているからなのだろう。
実際のところ、帝都でイタチの亜人を見るのは初めてのことだった。
「……ん、あんたたちは?」
可愛らしい声が聞こえた。その声には、警戒と好奇心が入り混じっていた。
怪しまれないように、〈盗賊組合〉の紹介でやって来たことを説明する。
「こちらに凄腕の鑑定士がいるって教えてくれて……」
僕は師匠のことを話しながら、セリスが抱えていた蒸留酒を作業台にのせた。
「これ贈り物です。お酒が好きだと聞いたので……」
酒瓶を目にした途端、彼女の目がきらりと光るのが見えた。イタチの亜人は初めてなので表情は読めないけど、喜んでいるのかもしれない。
「酒を持ってくるとは、なかなか話がわかるじゃないか」
彼女はそう言うと、足元に散らばっていたガラクタの間から小さなグラスを取り出した。
「蒸留酒か……いいじゃないか。最近、ちょっと疲れてたんだ」
彼女は手早く酒瓶を開けると、グラスに酒を注ぎ、一息に飲み干した。その仕草には妙な貫禄があり、僕たちは何も言わずに眺めていた。
「ふう……いいね、気に入った。で、用件は?」
彼女は満足そうにグラスを置くと、小さな木箱を手に取る。
僕は赤黒いナイフを取り出した。その異様な刀身は燭台の明かりに鈍く輝く。
「このナイフを鑑定してほしいんです。迷宮探索で手に入れたものです。僕たちではどうにも正体が分からなくて……」
彼女は興味深そうにナイフを見つめ、しばらくの間黙り込んだ。その視線は、何かを見透かそうとするかのように鋭い。
「なるほど……面白い代物だね」
彼女はそう言うと、そっとナイフを手に取った。その手つきは、貴重な宝石を扱うかのように慎重だった。
「さて、どんな秘密を隠してるのか調べてみることにしましょう」
作業台にのっていたガラクタを退かせると、そこに描かれていた円環の中心にナイフを置いて、それから彼女は小声で呪文を唱えていく。
このナイフに隠された謎――そして、小さなイタチの亜人の腕前が、今まさに試されようとしていた。
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