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第二章:騎士学校・中等部
第43話 生け贄
しおりを挟む騎士学校での日々は、ますます忙しいものになっていた。訓練に課外授業、戦術研究に加え、最近は妙な嫌がらせも増えている。
けれど、そんなことに構っている暇はなかった。僕にはやるべきことがある。オークションに備えて、資金を集めることだ。
僕は〈知識の書〉に導かれるようにして、帝都近くの森に眠る遺跡に足を運んでいた。
そこは〈忘れられた迷宮〉のように、まだその存在が知られていない遺跡だったけど、〈知識の書〉で場所は確認済みだった。
その遺跡は平原で見られる遺跡よりも、ずっと古い時代のモノだった。かつて、この世界が多くの異世界とつながっていた時代に栄えた都市の跡だ。
遺跡に続く獣道を抜けると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。風に乗って、どこか寂しげな気配が漂っている。
「……やっぱり、人の気配はないか」
それも当然といえば当然だった。後の時代になって、ようやく一部の学者たちがその存在に気づくことになるのだから。
奇妙なことに、その遺跡の周囲には魔獣の姿すらない。普通なら、廃墟のような場所には何らかの生き物が住み着くものだけど――
この遺跡は、あまりにも静かだった。それが逆に不安をかき立てたけど、あまり気にしないようにした。
ゴーストの背中を撫でると、警戒しながら遺跡に足を踏み入れる。
目的は遺跡に眠る遺物だ。〈知識の書〉のおかげで、後の時代に発見される貴重な遺物が眠っていることを知っていたのだ。
ちなみに前回のオークションでは、それなりの利益を得ることができた。
ざっと計算しただけでも数万ディレン。日本円にすると、数百万円の稼ぎだ。これは、遺跡で発見した古の王国の銀貨を収集家に売却したおかげでもある。
けれど、そこでちょっとした誤算があったことに気が付く。銀貨のまま売るのは最善の方法ではなかったのだ。
〈知識の書〉や市場の情報を精査して分かったことだけど――あの銀貨をインゴットに精錬し、純粋な金属として取引したほうが、より高く取引できたのだ。
理由は単純、古の貨幣には現代では入手困難な特殊な金属が使われているからだった。それは鍛冶師たちに重宝され、高値で取引される傾向にあった。
つまり貨幣として売るよりも、素材として売るほうが、ずっと価値のあるものだったのだ。だからこれからは取引するだけでなく、自分用の金属も確保しようと考えていた。
戦いにおいて装備の質は生死を分ける。戦闘訓練を行うようになって、それが身に染みた。そして部隊の装備を整えるには、莫大な資金が必要になる。
オークションで資金を得るのも大事だけど、貴重な金属を確保し、それを使って自らの装備を強化する。それが今後の戦いにおいて、大きなアドバンテージになるはずだ。
とかなんとか考えながら歩を進めていると、視界の先に植物に埋もれた建造物があらわれた。
「神殿……なのか?」
鳥と昆虫の鳴き声を聞きながら、背の高い雑草をかき分けていく。崩れかけた石柱が並んでいるのが見えた。
かつては荘厳な造りだったのだろう。けれど今ではその美しさは失われ、ツタや木々に侵食された廃墟と化していた。
これまでも神像が並ぶ遺跡に何度か足を踏み入れたことがあるけど、何か奇妙な気配を感じた。
「……妙だな」
この神殿からは、神聖な気配が一切感じられない。それどころか、神殿に近づくにつれて、ゾワリと背筋が粟立つような妙な感覚に襲われる。
「嫌な気配がする……」
直感的に警戒すべきだと感じた。
神殿の天井はすでに崩れ落ちていて、建物の内側からは巨大な樹木が顔をのぞかせている。
人の手が入っていない証拠だったけど、この遺跡に巣食っているのは、ただの時間の流れだけじゃない気がした。
「ゴースト、慎重に進もう」
〈隠密〉の魔術を唱えると、自身の気配を消し、静かに、しかし確実に足を進める。
倒壊した神殿の壁から中の様子を確認すると、異様な光景が目に飛び込んでき。
「……何だ、あれは?」
数人の男女が、薄汚れた姿で踊っている。
まともな服装をしていない。ボロ布を巻きつけた者、裸同然の者。彼らは薄暗い神殿の中で、無言のまま奇妙な舞を踊っていた。
そして、その中央には――全裸の女性が横たわっていた。彼女は手足を縄で縛られ、地面に押し倒されている。
「……カルトか」
悪魔崇拝の儀式に違いない。
踊る信者の顔は狂気に満ち、理性の欠片も感じられなかった。まるでこの世界の住人ではないかのような、異様な雰囲気を放っている。
奇妙な気配を感じて背後を振り返ると、老人が歩いてくるのが見えた。この異様な空間の中で、彼の気配だけが虚ろだった。
痩せ細った醜い身体に、青黒い刺青のような模様が刻まれている。彼の手には、鈍く光るナイフが握られ、その目は狂気に満ちていながらも、確固たる意志を感じさせた。
「彼女は邪神の生け贄か……」
刃先が女性に向けられる。狂信者の儀式で間違いないだろう。そう確信した瞬間、僕の中でひとつの問いが生まれる。
黙って見ているか、それとも――
このまま放っておけば、あの女性は確実に殺される。
けれど相手がどんな集団なのか、実際に何をしているのも分からない。本当に邪神崇拝なのか、それともこの世ならざる何かを呼び覚まそうとしているのか――
選択の時は迫っていたが、やはり黙って見ているわけにはいかない。
決断は一瞬だった。
「……斬り裂け」
刹那、鋭い風の刃が放たれ、老人の腕が宙を舞った。
「グ……ギャアアアア!!」
血しぶきが舞い、ナイフが地面に落ちる。老人は転げ回り、切断面を押さえながら悲鳴を上げた。
「どうした!?」
「な、何事だ!?」
踊っていた狂信者たちが一斉に動きを止める。僕は〈瞬間移動〉を使い、一瞬で彼らの背後に移動する。
「――貫け」
鋭い氷の槍が瞬く間に形成され、すさまじい勢いで射出され、無防備な狂信者たちを容赦なく貫いていく。
「グッ……ゴボッ……!」
「ひ、ひぃ……!!」
刺し貫かれた狂信者たちは悲鳴をあげる間もなく、吹き飛び、血まみれのまま地面に転がった。
無防備に過ぎる。正直、何らかの防御系の魔術で抵抗することを予想していたけれど、それすらなかった。ただの異常者たちか?
疑問が浮かびつつも、僕は辺りを警戒しながら倒れていた女性に近づいた。その女性は、ぼんやりとした目でこちらを見上げていた。
「……無事ですか?」
声をかけると、彼女は小さくうなずく。
その目には怯えと困惑が入り混じっていた。すぐに縄をほどくことにした。
彼女が囚われてから、どれほど経っていたのか分からないけど、その身体は冷え切っていて放置すれば衰弱するように思えた。
「すぐに移動します。歩けますか?」
彼女は微かにうなずいた。
けれど――
「……アアア……アアアアアアアアア……!!」
突如、先ほど腕を切り落とした老人が奇怪な叫びをあげた。
「……何だ?」
そして彼の身体が、異形へと変貌していくのが見えた。
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