悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第二章:騎士学校・中等部

第47話 帝都中央図書館

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 悪役令嬢ルナリアとのお茶会から数日後、僕はセリスを連れて帝都の中心部に向かっていた。

 しばらくして、僕らはルナリアとの待ち合わせ場所でもある〈帝国中央図書館〉の門の前に立っていた。

 帝国中央図書館――その名の通り、この帝国における知識の中枢だ。王侯貴族、学者、宮廷魔術師たちが研究を重ね、時に門外不出の記録を紐解くために訪れる場所だ。

 目の前にそびえ立つのは、荘厳な石造りの建物。中央に構える巨大なアーチ型の門は、鋼鉄の扉が開かれた状態であり、そこから高い天井のエントランスホールが見えている。

 壁面には複雑な浮き彫りが施されていて、帝国の歴史を象徴するような装飾が並んでいた。思わず息をのむ光景だ。

 ただの図書館というには、あまりにも厳かな雰囲気に支配されていた。

 ここに足を踏み入れる者は、知識の探求者であると同時に、帝国の誇る知識を守るべき存在でもある――そんな威圧感すら感じる。

「……すごい数の兵士だね」
 セリスが小声でつぶやく。

 帝国中央図書館を囲む壁の周囲には、精鋭と思しき兵士たちが配備されていた。

 ただの門番ではない。彼らの鋭い視線は、入館者のひとりひとりを細かく観察していて、威圧感すら漂わせている。

 とくに目を引いたのは――蜥蜴人と豹人の衛兵たちだった。

 一際目立つ大柄の蜥蜴人が門のそばに立ち、槍を構えたまま動かない。分厚い鱗と金属鎧に覆われた体躯は、生半可な剣では傷ひとつ付けられない。

 壁の周囲には、敏捷そうな豹人の衛兵が待機し、何か異常があればすぐに動き出せる体勢をとっている。

 その存在感からして、ただの門番ではないのは明らかだった。

 彼らは禁書や貴重な魔道書を守るための専属の兵士であり、いざという時には迷いなく刃を振るうことが許されている。

 それだけ貴重な資料や知識が管理されているのだろう。僕は改めて、この場所の重みを感じた。

「ルナリアさまは、まだ来てないみたいだね」
 セリスがそう言って、ちらりと門の周辺を見回す。

 僕たちはルナリアとここで待ち合わせをしていたが、まだ彼女の姿はない。

「貴族さまだから、いろいろと面倒な手続きがあるのかもしれない」
 あれこれと話していると、通りの向こうから上品な馬車がゆっくりと近づいてきた。

 深紅の布がかかった馬車の扉には、エイリーク家を象徴する〈月光花ルナトゥーラ〉の家紋が刻まれている。

「……来たみたいだな」
 僕たちは姿勢を正して、静かにその到着を待った。

 馬車が門の前で止まり、扉が静かに開く。姿を見せたのは、帝国屈指の名門貴族の令嬢――エイリーク=ロズブローク・ルナリアだ。

 彼女は今日も、まるで絵画の中から抜け出してきたような美しさだった。

 銀白色の髪に、青紫色の瞳。上品なドレスに身を包み、完璧に整えられた所作で馬車から降り立つ姿は、まさに〝貴族令嬢〟のイメージそのものだった。

 その姿を目の当たりにして、僕のとなりに立つセリスが小さく息をのんだ。

 滅多に緊張することのない才女でも、やはり帝国の名門貴族を前にすると硬くなるようだった。

 けれど、それはルナリアも同じだった。どこかぎこちない様子で、わずかに視線をそらしながら口を開く。

「……待たせてしまったわね」
 その声はいつもの堂々とした雰囲気とは異なり、どこか硬さを感じさせた。

 ルナリアが緊張しているのは、同年代の友人がほとんどいない所為なのかもしれない。

 普段、彼女が相手するのは帝国の重鎮たちや、礼儀作法の完璧な侍女や騎士たち。気の抜ける話し相手など、ほとんどいないはずだ。

 そんな彼女とセリス――二人の会話はどこかぎこちなかった。

「い、いえ! こちらこそ、招待いただきまして感謝しています」
 セリスは普段の落ち着きを失ったように、少し早口で丁寧に礼を述べた。

 一方のルナリアも、どこか居心地の悪そうな表情を浮かべる。そんなやり取りを見て、僕は苦笑するしかなかった。

 それでもセリスの態度は終始礼儀正しく、ルナリアもそれに対して不快な様子を見せることはなかった。

 むしろ、彼女の端正な横顔にはわずかな安堵すら滲んでいるように見える。

 同年代の親しい友人がいないからこそ、こうして話せる相手ができて嬉しいのかもしれない。そんなことを思いながら、僕は二人の様子を見守ることにした。

「では、ご案内いたします」
 帝国中央図書館の管理人らしき人物が、恭しく一礼し、僕たちを建物の内部へと導く。
静かに門が開かれ、その厳粛な空間へと足を踏み入れた。

 内部は外観以上に壮麗だった。高い天井には精緻な彫刻が施され、大理石の床には美しい装飾が刻まれている。

 本棚が幾重にも並び、そこには古今東西の知識が収められているのだろう。

 重厚な静寂が館内を支配していた。まるで別の世界に踏み込んだかのような感覚を抱いてしまう。

「すごい……」
 セリスが思わず感嘆の声を漏らした。

 普段、騎士学校の図書室しか使っていない彼女にとって、この場所はまさに異次元だったのだろう。

 僕もまた、圧倒されていた。書物の保存状態は完璧であり、それらを管理する司書たちの姿もまた隙がなかった。

 これだけの知識が集まる場所なら……あのカルトについての情報も見つかるかもしれない。そんな期待が胸に浮かぶ。

「……とにかく、邪神崇拝や異教徒に関する資料を調べよう」
 僕がそう言うと、セリスがこくりとうなずいた。

 しかし、当然ながら僕たちだけで動くことはできなかった。

 当然だったが、貴族令嬢であるルナリアが単独で動くことはあり得ない。彼女の後ろには、二人の屈強な騎士と三人の侍女が控えていたし、司書もついてくることになる。

 騎士たちは無駄な動きをせず、館内でも常に周囲を警戒している。侍女たちはルナリアの世話をしながらも、貴族らしい品格を崩さず、優雅な所作で歩いていた。

 もっと気楽に調べ物ができればよかったんだけど――とかなんとか考えながら、僕はひとつ息を吐く。

 こうして、僕たちは帝国中央図書館の奥深くへと進んでいった。奇妙な〝カルト集団〟の謎を解き明かすために――
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