108 / 419
第二章:騎士学校・中等部
第47話 帝都中央図書館
しおりを挟む悪役令嬢ルナリアとのお茶会から数日後、僕はセリスを連れて帝都の中心部に向かっていた。
しばらくして、僕らはルナリアとの待ち合わせ場所でもある〈帝国中央図書館〉の門の前に立っていた。
帝国中央図書館――その名の通り、この帝国における知識の中枢だ。王侯貴族、学者、宮廷魔術師たちが研究を重ね、時に門外不出の記録を紐解くために訪れる場所だ。
目の前にそびえ立つのは、荘厳な石造りの建物。中央に構える巨大なアーチ型の門は、鋼鉄の扉が開かれた状態であり、そこから高い天井のエントランスホールが見えている。
壁面には複雑な浮き彫りが施されていて、帝国の歴史を象徴するような装飾が並んでいた。思わず息をのむ光景だ。
ただの図書館というには、あまりにも厳かな雰囲気に支配されていた。
ここに足を踏み入れる者は、知識の探求者であると同時に、帝国の誇る知識を守るべき存在でもある――そんな威圧感すら感じる。
「……すごい数の兵士だね」
セリスが小声でつぶやく。
帝国中央図書館を囲む壁の周囲には、精鋭と思しき兵士たちが配備されていた。
ただの門番ではない。彼らの鋭い視線は、入館者のひとりひとりを細かく観察していて、威圧感すら漂わせている。
とくに目を引いたのは――蜥蜴人と豹人の衛兵たちだった。
一際目立つ大柄の蜥蜴人が門のそばに立ち、槍を構えたまま動かない。分厚い鱗と金属鎧に覆われた体躯は、生半可な剣では傷ひとつ付けられない。
壁の周囲には、敏捷そうな豹人の衛兵が待機し、何か異常があればすぐに動き出せる体勢をとっている。
その存在感からして、ただの門番ではないのは明らかだった。
彼らは禁書や貴重な魔道書を守るための専属の兵士であり、いざという時には迷いなく刃を振るうことが許されている。
それだけ貴重な資料や知識が管理されているのだろう。僕は改めて、この場所の重みを感じた。
「ルナリアさまは、まだ来てないみたいだね」
セリスがそう言って、ちらりと門の周辺を見回す。
僕たちはルナリアとここで待ち合わせをしていたが、まだ彼女の姿はない。
「貴族さまだから、いろいろと面倒な手続きがあるのかもしれない」
あれこれと話していると、通りの向こうから上品な馬車がゆっくりと近づいてきた。
深紅の布がかかった馬車の扉には、エイリーク家を象徴する〈月光花〉の家紋が刻まれている。
「……来たみたいだな」
僕たちは姿勢を正して、静かにその到着を待った。
馬車が門の前で止まり、扉が静かに開く。姿を見せたのは、帝国屈指の名門貴族の令嬢――エイリーク=ロズブローク・ルナリアだ。
彼女は今日も、まるで絵画の中から抜け出してきたような美しさだった。
銀白色の髪に、青紫色の瞳。上品なドレスに身を包み、完璧に整えられた所作で馬車から降り立つ姿は、まさに〝貴族令嬢〟のイメージそのものだった。
その姿を目の当たりにして、僕のとなりに立つセリスが小さく息をのんだ。
滅多に緊張することのない才女でも、やはり帝国の名門貴族を前にすると硬くなるようだった。
けれど、それはルナリアも同じだった。どこかぎこちない様子で、わずかに視線をそらしながら口を開く。
「……待たせてしまったわね」
その声はいつもの堂々とした雰囲気とは異なり、どこか硬さを感じさせた。
ルナリアが緊張しているのは、同年代の友人がほとんどいない所為なのかもしれない。
普段、彼女が相手するのは帝国の重鎮たちや、礼儀作法の完璧な侍女や騎士たち。気の抜ける話し相手など、ほとんどいないはずだ。
そんな彼女とセリス――二人の会話はどこかぎこちなかった。
「い、いえ! こちらこそ、招待いただきまして感謝しています」
セリスは普段の落ち着きを失ったように、少し早口で丁寧に礼を述べた。
一方のルナリアも、どこか居心地の悪そうな表情を浮かべる。そんなやり取りを見て、僕は苦笑するしかなかった。
それでもセリスの態度は終始礼儀正しく、ルナリアもそれに対して不快な様子を見せることはなかった。
むしろ、彼女の端正な横顔にはわずかな安堵すら滲んでいるように見える。
同年代の親しい友人がいないからこそ、こうして話せる相手ができて嬉しいのかもしれない。そんなことを思いながら、僕は二人の様子を見守ることにした。
「では、ご案内いたします」
帝国中央図書館の管理人らしき人物が、恭しく一礼し、僕たちを建物の内部へと導く。
静かに門が開かれ、その厳粛な空間へと足を踏み入れた。
内部は外観以上に壮麗だった。高い天井には精緻な彫刻が施され、大理石の床には美しい装飾が刻まれている。
本棚が幾重にも並び、そこには古今東西の知識が収められているのだろう。
重厚な静寂が館内を支配していた。まるで別の世界に踏み込んだかのような感覚を抱いてしまう。
「すごい……」
セリスが思わず感嘆の声を漏らした。
普段、騎士学校の図書室しか使っていない彼女にとって、この場所はまさに異次元だったのだろう。
僕もまた、圧倒されていた。書物の保存状態は完璧であり、それらを管理する司書たちの姿もまた隙がなかった。
これだけの知識が集まる場所なら……あのカルトについての情報も見つかるかもしれない。そんな期待が胸に浮かぶ。
「……とにかく、邪神崇拝や異教徒に関する資料を調べよう」
僕がそう言うと、セリスがこくりとうなずいた。
しかし、当然ながら僕たちだけで動くことはできなかった。
当然だったが、貴族令嬢であるルナリアが単独で動くことはあり得ない。彼女の後ろには、二人の屈強な騎士と三人の侍女が控えていたし、司書もついてくることになる。
騎士たちは無駄な動きをせず、館内でも常に周囲を警戒している。侍女たちはルナリアの世話をしながらも、貴族らしい品格を崩さず、優雅な所作で歩いていた。
もっと気楽に調べ物ができればよかったんだけど――とかなんとか考えながら、僕はひとつ息を吐く。
こうして、僕たちは帝国中央図書館の奥深くへと進んでいった。奇妙な〝カルト集団〟の謎を解き明かすために――
22
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで
ChaCha
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたアイナ・ネルケ。
だが彼女はヒロインではない――ただの“モブ令嬢”。
「私は観る側。恋はヒロインのもの」
そう決めて、治癒魔術科で必死に学び、気合いと根性で仲間を癒し続けていた。
筋肉とビンタと回復の日々。
それなのに――
「大丈夫だ。俺が必ず君を守る」
野外訓練で命を救った騎士、エルンスト・トゥルぺ。
彼の瞳と声が、治癒と共に魂に触れた瞬間から、世界が静かに変わり始める。
幼馴染ヴィルの揺れる視線。
家族の温かな歓迎。
辺境伯領と学園という“日常の戦場”。
「……好き」
「これは恋だ。もう、モブではいたくない」
守られるだけの存在ではなく、選ばれる覚悟を決めたモブ令嬢と、
現実しか知らない騎士の、静かで激しい溺愛の始まり。
これは――
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまでの物語。
※溺愛表現は後半からです。のんびり更新します。
※作者の好みにより筋肉と気合い…ヤンデレ落ち掛けが踊りながらやって来ます。
※これは恋愛ファンタジーです。ヒロインと違ってモブは本当に大変なんです。みんなアイナを応援してあげて下さい!!
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる