悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第三章:騎士学校・高等部

第20話 ルナリア

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 ライアスが静かな寝息を立てるころ、僕はベッドに腰掛けたまま、指輪に意識を向けた。魔力を込めると、指輪の能力〈念話〉が発動し、遠く離れた相手へと意識が繋がる。

「聞こえますか?」

 少しの間を置いて、柔らかく落ち着いた声が返ってきた。ルナリアの声だ。僕らは何度もこうして会話を交わしている。

 話題の多くはカルト集団の動向や帝都で起きた事件のことだったが、最近ではそれだけではなくなっていた。

 学校での出来事や、授業でのちょっとした失敗、時には何気ない雑談すらも交わすようになっていた。

 身分の違いなど関係なく、会話は不思議なほど噛み合った。僕は平民の出で、彼女は高位貴族の娘。

 本来なら交わることすらないはずの立場だったが、それを感じさせることはなかった。

〈念話〉で話すようになったとき、僕は緊張していたし、彼女もどこか慎重だった。しかし、何度も言葉を交わすうちに、その距離は次第に縮まっていった。

 気がつけば僕は彼女に気を許し、彼女もまた、心を開いてくれていた。

 互いに打ち解けていくにつれ、話は弾み、気づけば笑うことも増えた。

 彼女は――表向きは冷静で、気品にあふれた貴族らしい雰囲気を身にまとっていたけど、時折見せる柔らかな笑顔は、それとは違う別の魅力を持っていた。

 言葉を交わすたび、彼女の人となりを知り、その優しさや強さに気づいていく。僕は、彼女が素敵な女性だと思った。

 何度か〈念話〉で連絡を取るうちに、僕らの会話はより深いものになっていった。

 表面的な出来事だけでなく、お互いの生い立ちや価値観、物事に対する考え方まで語り合うようになった。

 貴族と平民という異なる世界で育ちながらも、彼女の言葉には不思議と共感できる部分が多くあった。彼女もまた僕の考えに真剣に耳を傾け、時には新たな視点を与えてくれた。

 僕はもともと、多くを語るような人間ではなかった。必要なことを伝え、無駄な言葉を省くことが習慣になっていた。

 けれど彼女と話すときは違った。話すことに飽きることはなかった。彼女の声を聞くのが心地よく、話が途切れることを惜しくさえ思った。

 それが何を意味するのか、自分でも理解していた。彼女に惹かれていたのだと思う。ただの興味ではない。それ以上の何かが、心の奥に芽生えていた。

 ルナリアの話を聞くうちに、彼女の日常が少しずつ見えてきた。

 学園内での不穏な動き。特定の貴族たちが密かに画策していること。皇子と親密になりつつある女子生徒の存在。噂では済まされない、確かな陰謀の気配があった。

 それは偶然ではない。彼女を陥れ、婚約者の座から引きずり下ろそうとする意図的な動きだった。

 そして、その結末はすでに決まっている。卒業式の前に行われる催しの場で、彼女は婚約破棄を言い渡される運命にある。彼女を貶める計画が着々と進行しているのだ。

 何か手を打たなければならない。彼女をただの駒として切り捨てようとする思惑を打ち砕き、その未来を変えなければならない。

 時間は限られている。その瞬間が訪れる前に、彼女を救う方法を見つけなければならなかった。

 訓練は相変わらず苛烈を極め、毎日が限界まで自分を追い込む日々だった。疲労に蝕まれ、剣を握る手が痺れることもあったが、それでも足を止めることはなかった。

 目標があったからだ。彼女を守るために強くなること。彼女の騎士となること、それがいつしか確固たる信念に変わっていた。

 それでも、彼女との会話だけは日々の緊張を忘れさせてくれるひと時だった。〈念話〉を通じて交わされる言葉は、どれも新鮮で、心の奥に静かに染み込んでいった。

 彼女の声を聞くたびに、殺し合いの中で削り取られていた自分の何かが、ほんの少しだけ取り戻せるような気がした。

 彼女に惹かれていたのは確かだった。けれど、それを愛と呼ぶべきなのかは分からなかった。

 前世とでも呼べる、もうひとりの自分の記憶を持っているとはいえ、結局のところ、僕自身の人生はまだ浅い。

 恋とはどういうものなのか、それを誰かに教わったことも、深く考えたこともなかった。ただルナリアと話しているとき、心のどこかが満たされるような感覚があった。

 それが何なのか、答えはまだ見つからない。それでも、彼女との間に確かに存在する〝何か〟を、僕は感じていた。

 いつか、この気持ちと向き合わなければならないのかもしれない。僕らの前には、決して低くはない壁がそびえている。平民と貴族という、超えることのできない身分の差。

 それが世界の現実であり、僕の力だけではどうにもならないものだった。

 それでも、今は余計なことを考えず、彼女との会話を純粋に楽しむことにした。

 彼女の声を聞き、彼女の考えに触れる時間が、僕にとってどれほど価値のあるものか、今なら分かる。けれど、それにただ満足しているだけではいけない。

 彼女を貶めようとする者がいるのなら、それを阻止できる力を手に入れなければならない。僕は騎士として彼女を守ると決めたのだから。

 だからこそ鍛錬を怠るつもりはなかった。どれほど苦しくても、どれほど追い込まれても、この道を進み続ける。それが、彼女のためにできる唯一のことだった。
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