156 / 404
第三章:騎士学校・高等部
第20話 ルナリア
しおりを挟むライアスが静かな寝息を立てるころ、僕はベッドに腰掛けたまま、指輪に意識を向けた。魔力を込めると、指輪の能力〈念話〉が発動し、遠く離れた相手へと意識が繋がる。
「聞こえますか?」
少しの間を置いて、柔らかく落ち着いた声が返ってきた。ルナリアの声だ。僕らは何度もこうして会話を交わしている。
話題の多くはカルト集団の動向や帝都で起きた事件のことだったが、最近ではそれだけではなくなっていた。
学校での出来事や、授業でのちょっとした失敗、時には何気ない雑談すらも交わすようになっていた。
身分の違いなど関係なく、会話は不思議なほど噛み合った。僕は平民の出で、彼女は高位貴族の娘。
本来なら交わることすらないはずの立場だったが、それを感じさせることはなかった。
〈念話〉で話すようになったとき、僕は緊張していたし、彼女もどこか慎重だった。しかし、何度も言葉を交わすうちに、その距離は次第に縮まっていった。
気がつけば僕は彼女に気を許し、彼女もまた、心を開いてくれていた。
互いに打ち解けていくにつれ、話は弾み、気づけば笑うことも増えた。
彼女は――表向きは冷静で、気品にあふれた貴族らしい雰囲気を身にまとっていたけど、時折見せる柔らかな笑顔は、それとは違う別の魅力を持っていた。
言葉を交わすたび、彼女の人となりを知り、その優しさや強さに気づいていく。僕は、彼女が素敵な女性だと思った。
何度か〈念話〉で連絡を取るうちに、僕らの会話はより深いものになっていった。
表面的な出来事だけでなく、お互いの生い立ちや価値観、物事に対する考え方まで語り合うようになった。
貴族と平民という異なる世界で育ちながらも、彼女の言葉には不思議と共感できる部分が多くあった。彼女もまた僕の考えに真剣に耳を傾け、時には新たな視点を与えてくれた。
僕はもともと、多くを語るような人間ではなかった。必要なことを伝え、無駄な言葉を省くことが習慣になっていた。
けれど彼女と話すときは違った。話すことに飽きることはなかった。彼女の声を聞くのが心地よく、話が途切れることを惜しくさえ思った。
それが何を意味するのか、自分でも理解していた。彼女に惹かれていたのだと思う。ただの興味ではない。それ以上の何かが、心の奥に芽生えていた。
ルナリアの話を聞くうちに、彼女の日常が少しずつ見えてきた。
学園内での不穏な動き。特定の貴族たちが密かに画策していること。皇子と親密になりつつある女子生徒の存在。噂では済まされない、確かな陰謀の気配があった。
それは偶然ではない。彼女を陥れ、婚約者の座から引きずり下ろそうとする意図的な動きだった。
そして、その結末はすでに決まっている。卒業式の前に行われる催しの場で、彼女は婚約破棄を言い渡される運命にある。彼女を貶める計画が着々と進行しているのだ。
何か手を打たなければならない。彼女をただの駒として切り捨てようとする思惑を打ち砕き、その未来を変えなければならない。
時間は限られている。その瞬間が訪れる前に、彼女を救う方法を見つけなければならなかった。
訓練は相変わらず苛烈を極め、毎日が限界まで自分を追い込む日々だった。疲労に蝕まれ、剣を握る手が痺れることもあったが、それでも足を止めることはなかった。
目標があったからだ。彼女を守るために強くなること。彼女の騎士となること、それがいつしか確固たる信念に変わっていた。
それでも、彼女との会話だけは日々の緊張を忘れさせてくれるひと時だった。〈念話〉を通じて交わされる言葉は、どれも新鮮で、心の奥に静かに染み込んでいった。
彼女の声を聞くたびに、殺し合いの中で削り取られていた自分の何かが、ほんの少しだけ取り戻せるような気がした。
彼女に惹かれていたのは確かだった。けれど、それを愛と呼ぶべきなのかは分からなかった。
前世とでも呼べる、もうひとりの自分の記憶を持っているとはいえ、結局のところ、僕自身の人生はまだ浅い。
恋とはどういうものなのか、それを誰かに教わったことも、深く考えたこともなかった。ただルナリアと話しているとき、心のどこかが満たされるような感覚があった。
それが何なのか、答えはまだ見つからない。それでも、彼女との間に確かに存在する〝何か〟を、僕は感じていた。
いつか、この気持ちと向き合わなければならないのかもしれない。僕らの前には、決して低くはない壁がそびえている。平民と貴族という、超えることのできない身分の差。
それが世界の現実であり、僕の力だけではどうにもならないものだった。
それでも、今は余計なことを考えず、彼女との会話を純粋に楽しむことにした。
彼女の声を聞き、彼女の考えに触れる時間が、僕にとってどれほど価値のあるものか、今なら分かる。けれど、それにただ満足しているだけではいけない。
彼女を貶めようとする者がいるのなら、それを阻止できる力を手に入れなければならない。僕は騎士として彼女を守ると決めたのだから。
だからこそ鍛錬を怠るつもりはなかった。どれほど苦しくても、どれほど追い込まれても、この道を進み続ける。それが、彼女のためにできる唯一のことだった。
26
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
異世界でカイゼン
soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)
この物語は、よくある「異世界転生」ものです。
ただ
・転生時にチート能力はもらえません
・魔物退治用アイテムももらえません
・そもそも魔物退治はしません
・農業もしません
・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます
そこで主人公はなにをするのか。
改善手法を使った問題解決です。
主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。
そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。
「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」
ということになります。
転生?したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる