悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第四章:騎士学校・陰謀編

第22話 疑念

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 大気に漂う錆びた血の臭いが、戦場の風景を思わせた。

 雲間から裂き込む日の光が、割れた石畳や飛び散った怪人の残骸を淡く照らしている。僕は荒い呼吸を整えながら、血塗れの短刀を握り締めていた。

 足元には崩れ落ちた怪人の亡骸が、凄まじい勢いで腐敗し、溶けていくのが見えた。まだ戦いの興奮が指先に残っていて、手は微かに震えていた。

「ルナリア!」
 声を張り上げ、周囲を見回す。

 瓦礫の影から、ルナリアが護衛のイリーナに守られながら立ち上がってくるのが見えた。

 ドレスの裾が返り血や埃にまみれ、息を整える彼女の目は、それでも怯むことなく真っ直ぐだった。

「無事ですか!?」
 僕は駆け寄り、彼女の肩を支えた。

 彼女は小さくうなずき、震える声を絞り出した。
「ええ……あなたたちのおかげで……ありがとう」
 その瞳に安堵の色が戻ったのを見て、心底ホッとした。

「ウル!」
 背後から駆け寄ってくる足音。

 振り返ると、ライアスが斬り裂かれた肩を押さえながら駆け寄ってきた。少し遅れて、セリスも魔術で焦げた外套をはためかせてあらわれた。

「無事か!?」ライアスが声を張る。
「ああ、なんとかなった」僕は答え、安堵の笑みを見せた。

「ふう……今回も危なかったわね」
 セリスが深く息を吐き、魔術で破壊された石畳を見下ろした。

 僕らの周囲では帝都警備隊が動き出していた。彼らは素早く住民を誘導し、まだ避難が済んでいない人々のもとに駆け寄っていた。

「怪人は排除された! 市民は避難を完了させよ!」
「負傷者はこちらへ運べ! 治療班を呼べ!」

 怒号と指示が飛び交う。警備隊は、建物の影や路地裏を手分けして捜索し、残党の怪人を片っ端から追い詰めていった。

 いたるところで剣戟の音や、魔術の閃光が散っている。

「警備隊が押さえてくれてる……。でも、油断はできないな」
 ライアスは血に濡れた剣を振り、険しい表情を向けた。

「そうね……警戒は怠らないほうがいい」
 セリスは外套の裾を払って、警備隊の動きを見守る。

 僕たちは互いの無事を確認しあい、すぐにルナリアの護衛陣形を組み直した。辺りには怪人の死骸が転がり、瓦礫の隙間には紫黒の体液が広がっていた。

 帝都の大通りには、ようやく静寂が戻りつつあった。しかし戦いの痕跡と、市民の不安を拭い去るには、まだ時間が必要だった。

 しばらくして激しい戦闘が終わり、大通りには重苦しい沈黙が戻っていた。

 帝都警備隊は手際よく動き、怪人の残骸を調べ始めている。そこに検分班がやってきて慎重に調べていく。

 腐臭を放ちながら崩壊しかけた肉塊には、紫黒の体液が滲み出し、そこから漂う瘴気が鼻を突く。

「なんだ、この腐敗……普通の生物じゃないな」
 調査班の隊長格が眉をひそめ、顔を覆いながら死骸を確認していく。

 刃のように伸びた骨や、異形の爪が散乱していて、その光景は人間の姿を留めていない。

 怪人の歪んだ屍を警戒しつつ、体液の痕や周囲の瓦礫をくまなく調べる。

 怪人の身体は不自然な形にねじれ、いくつもの傷口から紫黒の体液を滲ませていた。

「こいつら、やはり教団の仕業か」
 隊員のひとりが低く吐き捨てる。

 別の隊員は、瓦礫の隙間から奇妙な布袋を取り出していた。そこには教団の印章が刻まれていて、禍々しい文字が滲むように見える。

「これが奴らの呪具か……?」

「持ち帰って解析班に渡せ。怪人への変異と関係しているかもしれない」
 隊長格の声が、緊迫した空気を裂いた。

 その一方で、別動の隊員たちは逃げようとする数人の男たちを取り押さえていた。

 まだ息のある者は呻き声をあげ、辺りに血を落としながら抵抗を試みていた。

「こいつら、戦闘の直前まで住人に紛れてやがった。クソっ……!」
 隊員のひとりが怒声を上げ、捕えた男を地面に押し倒す。

 その顔は怯え、しかしどこか憎悪の色が浮かんでいた。

「おい、こいつの懐からこんなものが……」
 別の隊員が取り出したのは、教団の黒い腕章だった。見慣れない呪文が刻まれた、血痕が付着している。

 兵士たちは順に死骸を調べ、刻印や異常な変質の痕跡を見つけると、手早く記録していく。

 その通りには、戦闘の生々しい名残が無残に転がっている。

 血と瓦礫と、魔術の跡。

「捕らえられたのは、やはり教団の関係者か……これで連中の襲撃の背景が分かるかもしれん」

 隊長格が腕章を受け取り、日の光にかざして睨みつけた。

 僕はそのやり取りを、ルナリアを守るように立ちながら見つめていた。

「住人に紛れていたなんて……」
 彼女の声が、少し震えた。

「警備隊が突き止めてくれるはずです。あいつらの拠点がどこにあるのか……」
 そう答えながらも、胸の奥には不穏な予感があった。

 教団は、こんな形で襲撃してくるだけの組織じゃない。もっと大きな計画が動いている気がしてならなかった。

 夜風が生温く吹き抜け、石畳を濡らす血と汗の臭いが漂う。

 警備隊は負傷者を運び、避難民を誘導しつつ、なおも怪人の死骸を調べ続けている。ここから、帝都の闇を暴き出す手がかりが見つかるかもしれない。
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