悪役令嬢の騎士

コムラサキ

文字の大きさ
219 / 405
第四章:騎士学校・陰謀編

第23話 任務完了

しおりを挟む

 馬車が緩やかに止まると、僕たちはホッとするように深く息を吐いた。エイリーク家の別邸は夜気に沈みながらも、威厳を漂わせていた。

 建物の周囲にはすでに帝国近衛の兵が配置され、鋭い目つきで周囲を警戒している。

「ルナリアさま、どうぞこちらに」
 使用人がやってきて馬車の扉を開け、ルナリアに小さく会釈した。

 戦闘の疲労を感じさせない、凛とした瞳がこちらを見ていた。

「皆さん、今日はありがとうございました」
 ルナリアは力強い声で礼を述べ、足元を気遣いながら馬車を降りる。

 近衛兵のひとりがすぐに駆け寄り、周囲を囲むようにして彼女を別邸の門へと導いた。門扉の向こうには、すでに数人の護衛が待機していた。

 別邸の中庭には松明の灯りが等間隔に並べられ、あたりを柔らかく照らしている。重厚な扉が閉じる直前、ルナリアは振り返り、僅かに微笑みを浮かべた。

「ありがとう。また、会いましょう」
 扉が閉まり、音が夜の静寂に吸い込まれていく。

 僕たちは少し肩の力を抜いた。近衛兵の配置が完璧であることを確認し、ルナリアの安全はもう心配ないと判断する。

「さて、あとは騎士学校に戻って報告か」
 ライアスがとなりで、ようやく緊張の糸を緩めたようにつぶやいた。

「そうだな。とりあえず、任務完了だ」
 僕は短く答え、疲労で重たくなった足を動かし始める。

 夜風が顔を撫で、戦いのニオイを少しだけ洗い流してくれるようだった。街灯の下、静かになった大通りを進み、僕たちは再び騎士学校へと戻った。

 帝都上層部の詰所は、学校の訓練棟の一角に設けられていた。堅牢な扉の向こうに、帝国の幹部らしき人物たちが集まり、任務報告を待っている。

 扉を開けると、重苦しい空気が中に漂っていた。上層部の士官や文官、そして帝都警備隊の幹部が並んでいる。彼らの視線が一斉にこちらへ向いた。

「護衛任務、無事に完了しました。」
 僕は一礼し、落ち着いた声で言った。

 簡素に報告を済ませ、襲撃の詳細や、教団の信者らしき者を確保した件についても伝える。上層部は真剣な面持ちでうなずき合い、筆記官が素早く書き留めていく。

「……よくやった。君たちの働きで多くの市民を守ることができた」
 ひとりの幹部が言い、席から立ち上がって僕たちに向かって敬礼を送った。その仕草に、僕も背筋を伸ばして応えた。

 けれど、胸の奥にはまだわずかな不安が残っていた。襲撃の背景、教団の真意、それらはまだ完全には見えていない。

 けれど、少なくとも今夜はルナリアを無事に送り届け、帝都の平和を一日だけでも守ることができたのだ。

 僕は深く息を吐き、冷たくなった指先を拳にして握りしめた。

 怪人による襲撃の余韻は、帝都の空気をわずかに重たくしていた。

 それでも騎士学校の朝は、以前と変わらずに訪れる。冷たい朝靄の中、訓練場では木剣を打ち合わせる音が響き渡り、生徒たちはいつものように汗を流していた。

 僕も剣を握り、呼吸を整えながら訓練に臨む。ルナリアを襲った事件は過ぎ去ったが、あのときの緊迫感がまだ身体の奥底で燻っているようだった。

 教官たちは以前よりも目を光らせ、巡回や訓練の指導にもさらに厳しさが増した。

 通りを歩けば、武装した警備員が要所ごとに立ち、怪人や教団の残党が潜んでいないか、常に監視していた。

「まだ調査は続いているみたいだ。教団の拠点が完全に潰されたわけじゃないってことは理解しているつもりだけど……」
 昼休み、食堂の一角でライアスが苦い顔をしてつぶやいた。

「帝都の警備隊も動いてるけど、どうやら市民に紛れ込んでる信者も多いみたい」
 セリスが真剣な面持ちでつぶやくと、イリーナは不安そうにうなずいた。

「ルナリアさまへの襲撃は今のところ確認されていないけれど……それでも油断することはできない」
 イリーナの言葉に、僕も深くうなずく。

 あの日の怪人たちの眼を思い出す。あの邪悪な気配は、今もどこかで息を潜めているかもしれない。

 僕はカップに残った水を口に含み、視線を落とす。

 ルナリアを護ったことは、ほんの一歩に過ぎない。教団が起こした事件は、帝都の影で今も息を潜め、牙を研いでいるはずだ。

 それでも、日々の訓練に戻るしかなかった。教団の脅威が完全に去ったわけではない。いつ再び牙を剥いてくるかも分からないのだ。だからこそ、油断はできない。

「考えても仕方ない。それよりも、午後の訓練に行こう」
 僕は立ち上がり、腰の剣に手を添えた。

 戦いの終わりは、まだ見えない。それでも、前に進むしかないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

異世界でカイゼン

soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)  この物語は、よくある「異世界転生」ものです。  ただ ・転生時にチート能力はもらえません ・魔物退治用アイテムももらえません ・そもそも魔物退治はしません ・農業もしません ・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます  そこで主人公はなにをするのか。  改善手法を使った問題解決です。  主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。  そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。 「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」 ということになります。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

男が少ない世界に転生して

美鈴
ファンタジー
※よりよいものにする為に改稿する事にしました!どうかお付き合い下さいますと幸いです! 旧稿版も一応残しておきますがあのままいくと当初のプロットよりも大幅におかしくなりましたのですいませんが宜しくお願いします! 交通事故に合い意識がどんどん遠くなっていく1人の男性。次に意識が戻った時は病院?前世の一部の記憶はあるが自分に関する事は全て忘れた男が転生したのは男女比が異なる世界。彼はどの様にこの世界で生きていくのだろうか?それはまだ誰も知らないお話。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...