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第四章:騎士学校・陰謀編
第51話 解析官アリメオ
しおりを挟む帝都の上層、帝国の中枢でもある多くの施設が立ち並ぶ一角に、〈解析局〉の塔はそびえ立っていた。
騎士学校の荘厳さとも、図書館の静謐さとも異なるその塔は、まるで異界の存在を受け入れるために造られたかのように、硬質で、冷たく、静かだった。
僕は師匠でもあるカチャと並んで、その異質な塔の前に立っていた。
石の扉には魔術的な封印が施され、刻まれた紋章が淡い蒼光を放っている。
門番の蜥蜴人は無言で立ちはだかり、ふたりの身元を確認したあと、ゆっくりと重厚な扉を開けた。
塔内は無機質な白と灰の世界だった。人々の気配は少なく、聞こえてくるのは大理石調の床を踏む足音と、壁の向こうで機械が動く微かな唸り声だけだった。
案内役の研究員が姿を見せると、淡々とした口調でふたりを最上層近くの解析室に導いてくれた。
重く密閉された扉が開き、異様な空気が流れ込んでくる。
そこには、白衣を身に着けた解析官と錬金術師たちが無数の装置と結晶端末を前に黙々と作業していた。
室内の一角には厳重に封じられた魔術結界があり、その内側に、黒ずんだ奇妙な物体が浮かんでいた。
――邪神の器から採取された肉片なのだという。
「よく来てくれた、ウル、カチャ。見せたいものがある」
声をかけてきたのは、局の主任解析官でもある老魔術師アリメオだった。
隻眼の彼は、杖を突きながらも足取りはしっかりとしていて、得体のしれない装置の操作に何の迷いもなかった。
彼が片手を振ると、結晶板にいくつもの映像が浮かび上がる。それは顕微鏡を通じて観察された細胞の変異過程だった。
「これが、邪神の器の〝中身〟だよ。見ての通り、すでに人の細胞ではない。瘴気と混合され、異界の血肉をもって再構築されている。まさしく、異なる法則の下で生まれた生命構造だ」
そもそも人の細胞すら顕微鏡で見たことがなかったが、映像の中で黒い細胞が脈打ち、細胞核が溶解しながらも異常な再生を繰り返すのが分かった。
破壊されたと思われていた一部が、数秒のうちに新たな構造体へと変化していく様は、まるで何か再生する神経そのものだった。
「この瘴気……帝都の魔術理論では解明できん濃度だ。しかも、これを核にして形成されていた肉の柱から、外の世界に通じる力場が確認された」
「つまり……」カチャが息を呑む。
「〝異界〟だよ。こちらの世界に干渉する異なる神性の存在。おそらく、教団が呼び出そうとしていた〝邪神〟そのものから与えられた力であり、異界から流れ込んだ血肉だ」
アリメオは無造作に、封印結界の中にある黒い標本へと視線を投げた。
「この細胞は、呼吸し、思考し、世界の構造を拒絶する……すでに我々の論理では定義できないものだ。異界の神が与えた〝身体の種子〟。それを人間が、自らの器で受け入れようとしたんだ」
横で黙って聞いていたカチャが、珍しく声を潜めて口を開いた。
「……つまり、教団は人間の身体に異界の神を具現化させようとした」
「ああ。しかも、あの器はまだ完全じゃなかった。それが逆に、帝都の崩壊を防いだとも言える」
アリメオは結晶端末を操作し、さらに魔術式の断片を浮かび上がらせた。そこには、複数の呪文回路、そして忌まわしい呪術式が記されていた。
「そして最後に――これは我々の仮説だが、教団は完全な器になりえる人間をいまだ探している可能性がある」
重苦しい沈黙が降りた。異界の肉体。瘴気による魔素再構築。そして神の再現。ウルは背に微かな冷気を感じながら、結晶板に浮かぶ黒い細胞の鼓動を見つめた。
それは、脈打つたびに世界を蝕もうとしているようにすら感じられた。
「……つまり、邪神の脅威は終わっていないってことか」
カチャのつぶやきに、誰も返答はしなかった。
解析室の奥では、封印された細胞が静かに脈動していた。
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