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第四章:騎士学校・陰謀編
第52話 招待
しおりを挟む騎士学校の中庭は、午前の訓練を終えた生徒たちで賑わっていた。剣戟の音が遠くに響き、教練場では砂塵が舞っている。
その頃、僕は廊下を歩いていた。腕には昨日の訓練でできた傷の包帯が巻かれている。そこで、ふと違和感を覚える。
構内の空気が妙に張りつめている。すれ違う生徒たちが声を潜め、視線だけを鋭く向けてくる。やがて、それを目にすることになった。
〈皇室宮務局〉の紋章をあしらった装束の使者が、ふたり、廊下に立っていた。背筋を真っ直ぐに伸ばした老齢の男性と、装飾の控えめな軍装をまとった若い女性。
どちらも学校では見かけることのない、冷徹で規律に染まった雰囲気を纏っていた。
「ウル訓練生だね。貴殿に通達がある」
そう口にしたのは、老齢の男性だった。
「帝都皇宮より直達が来ている。今回の災害における貢献が認められ、貴殿は――帝国主催の晩餐会に、正式に招待された」
一瞬、辺りが静まり返った。そこにウィリス教官がやってきて、僕らを会議室に案内してくれた。騒ぎになることを警戒したのだろう。
室内の安全が確認されると、老齢の男性は改めて言う。
「貴殿の戦功は、軍部および解析局によって証明されている」
若い女性の使者が、静かに一枚の封筒を差し出してきた。濃紺の封蝋には、人魚を象った帝国の大紋章が刻まれている。
「帝国第七貴族院・監視局、そして皇室軍務顧問よりの発令である。辞退は許されていない」
手に取った招待状は、厚みのある羊皮紙でできていて、文字には極薄の魔素が流れていた。おそらく本人識別の術式が組み込まれているのだろう。
「……どうして俺なんですか。俺は、まだ訓練生で――」
「機密指定された任務だと言ことも理解している。しかし、伝統ある騎士学校の訓練生が、邪神の器とまで呼ばれた魔人を討った。その事実は変えられません」
若い女使者が静かに言った。口調に冷たさはなく、ただ、淡々と事実を述べていた。
「その記録は、正式なモノとして保管されます。帝都が異界の神に蝕まれるのを、ひとりの少年と、その仲間たちが防いだ――それは〝帝国の物語〟になる」
ウィリス教官が僕の肩に手を置いた。
「……行ってこい。名誉だろうが、義務だろうが、お前が命を賭けて戦った事実は変わらない」
視線をあげると、宮務局の使者たちは既に背を向けていた。
「晩餐会は、七日後。正装にて、同行者と共に出頭せよ。詳細は追って伝える」
そう告げると、彼らは騎士学校の敷地を静かに後にしていった。
遠ざかる彼らの背中を見送りながら、ウルはゆっくりと封筒を握りしめた。その封蝋は不思議と冷たく、だが何よりも――重かった。
それから数日後、帝都の西側に位置する区画、その外れにある仕立屋の一室に、僕は落ち着かない様子で立っていた。
目の前の大きな鏡には、見慣れない姿の少年映っていた。深い紺色の礼装。肩から腰にかけて緩やかに流れる銀糸の刺繍。
左胸には、今回の作戦の記章がさりげなく留められている。だが、それ以上に落ち着かないのは――
「おお……意外と似合ってんじゃないの」
そう言って笑う声の主だった。
師匠でもあるカチャが、僕の肩越しから顔を覗かせていた。
普段は忍者めいた黒衣に身を包み、いかにも裏通りを歩き慣れた風情を隠そうともしない彼女だが、今日ばかりは別だった。
その装いは深紅のドレス。装飾は控えめながらも上質な生地で、背には薄いケープが羽織られている。目元にも、ほんの少し化粧が施されていた。
それでいて彼女はまるで演技にみえない、自然で堂々とした振る舞いを見せていた。まるで元から貴族の令嬢であったかのようにすら見える。
「師匠も似合ってますよ」
「でしょ? うちの組合に出入りしてる仕立て屋に頼んだの。表向きは宮廷仕えの御用達だけど、裏仕事にも強いのよ。ね、悪くないでしょ?」
カチャはくるりと一回転してみせる。その所作すら、場にふさわしい優雅さを帯びていた。
「貴族の仮面を被るのなんて、慣れてるのよ。泥棒はね、誰にでもなれるの」
そう言って笑った顔には、しかし鋭い光が残っていた。
「本気で潜り込むなら、下手な貴族より立ち居振る舞いを磨いておかないと」
「……俺、貴族の言葉遣いとか、全然知らないですよ」
「無理に貴族ぶらなくていい。あんたは〝功労者〟って立場で招かれてるんだから、堂々としてなさい。下手に媚びたり、取り繕ったりする方が見苦しいってね」
仕立て屋の主人が軽く咳払いをし、再度服の袖を整えてくる。
「少なくとも、これで失礼にはあたらない」
僕は曖昧にうなずきながら、もう一度鏡の自分を見つめた。
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