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第四章:騎士学校・陰謀編
第53話 晩餐会
しおりを挟むいよいよ晩餐会の日がやってきた。
帝都の高楼には、まるで星のような淡い光が瞬いている。街のざわめきさえ届かないこの一角は、選ばれた者だけが足を踏み入れられる別世界だ。
僕は師匠のカチャと並んで、荘厳な宮殿の正門前に立っていた。いつもと違う服を身につけているせいか、妙な緊張が肌にじんわりと伝わってくる。
「深呼吸して、ウル。ここから先は、剣より舌のほうが鋭い世界だよ」
カチャの声はいつも通り軽やかだったけど、その瞳は冷静に周囲を観察していた。
深紅のドレスに身を包んだ彼女は、今夜ばかりは裏稼業の影を感じさせない。優雅で、堂々とした立ち居振る舞いを見せる。
宮廷の案内役が近づき、僕たちを晩餐会の会場――〈瑠璃の大広間〉へと案内してくれた。その扉が静かに開かれた瞬間、眩い光が雪崩れ込んできた。
高くそびえる天井には、無数の銀細工の燭台。宝石を散りばめたシャンデリアが煌めき、琥珀色の光が床の瑠璃石に反射して、波打つように広がっていく。
室内には貴族や高官たちがひしめき合い、それぞれが威厳ある衣装を纏い、静かに談笑していた。
一瞬だけ、広間の視線が一斉にこちらへと向けられたように感じられた。貴族たちの目は冷たい。羨望でも、称賛でもなく、興味深げな観察の視線だ。
あるいは、珍しい獣を見るような目だった。それでも僕たちは歩みを止めなかった。彼らに恥じることなど何もない。
僕たちは見知った軍の高官たちと形式的な挨拶を済ませた。その声は意外なほど冷静で、震えもなかった。
「よく来たな。貴殿らの働きなくして、帝都は今ごろ……異界の魔に蹂躙されていたであろう」
軍務局長の声は低く重い。その背後には、帝国を支える軍閥の重鎮たちがずらりと並んでいた。
その中には、僕が任務を受けた際に顔を合わせた高官の姿もあった。彼らは無言のまま、じっと僕たちを見ている。
「晩餐の席は、帝国の意志を示す場でもある。貴殿らも心得ておけ……とはいえ、今宵ばかりは労をねぎらう夜だ。余計な思案はひとまず置いておくといい」
その言葉を最後に、場は徐々に和やかな雰囲気へと戻っていった。
料理が運ばれ、楽団が奏でる旋律が大広間を満たす。僕は、目の前に並ぶ高級料理の香りを感じながら、心の奥でゆっくりと意識を研ぎ澄ませていた。
ここは剣も魔術も通じない場所だ。だからこそ慎重に行動しなければいけない。
広間の中央には、帝国でも名高い貴族たちが集い、杯を傾けながら、ひそひそと声を潜めて会話を交わしていた。
彼らの笑みは上品でありながら、その瞳はどこか爬虫類のように冷たく、己以外の者を測り、値踏みするような光をたたえている。
「――結局、あの異界災害とやらも、軍の面目を保つための芝居ではないか、という話だ」
「ふん、そうでもしなければ、帝国の権威など揺らぐ一方だ」
「騎士学校の訓練生を功労者に仕立てたのも、そのためかもしれん。まったく、軍務局は何を考えているのか」
耳に入ってくるのは、あけすけな陰口ばかりだった。僕は聞こえないフリをして、目の前に置かれた料理に視線を落とす。
皿には香ばしく焼き上げられた帝国産の鹿肉、その横には艶やかなソースが流れるようにかけられていた。
ナイフを手に取り、しっとりとした肉を切り分けると口に運ぶ。芳醇な香りとともに、濃厚な旨味が広がる。そのひと口で、ほんの少しだけ緊張がほどけた。
となりでは、カチャも杯を傾け、甘く冷たい葡萄酒を喉の奥に流し込む。その気楽そうな態度も、僕にはどこか救いだった。
ふと、広間の奥でざわめきが起こった。その中心に姿を見せたのは、一際目を引く存在――ルナリアだった。
銀白の髪が揺れ、月光のように淡く輝く。深い青紫の瞳は静かに伏せられ、琥珀色の光を受けて、どこか儚げにきらめいている。
その姿は、絹織物のように繊細なドレスと相まって、この華やかな場の中でも際立っていた。彼女もまた、この晩餐会に招かれたのだ。
教団掃討の立役者として、帝国の名士たちの前に姿をあらわすのは、必然の流れだろう。
「……ああ、なるほど。あの子も呼ばれたか。ま、当然だね」
カチャが葡萄酒を口にしながらつぶやく。
彼女は貴族たちの間を静かに歩き、挨拶を交わしていく。その態度は決して卑屈でも傲慢でもなく、あくまで礼儀正しく、品のある距離感を保っていた。
だが、貴族たちの視線はあからさまだった。彼女の生まれを知らない者はいない。エイリーク家の令嬢――名門中の名門、帝国の礎を担う家の血を引く少女。
その美貌だけでなく、家柄までもが彼女を特別な存在へと押し上げていた。
「……まるで舞台の主役みたいだな」
思わず漏らした僕の声に、カチャが薄く笑う。
「主役はね、最初から決まってるものだよ。私たちみたいなのは、せいぜい舞台袖で踊らされる役」
けれど僕は、ルナリアの姿を見ながら、不思議な感覚に囚われていた。彼女の視線は、貴族たちを見ているようで、どこか遠くを見つめている。
あの事件の記憶が、まだ彼女の中に色濃く残っているのかもしれない――そんな気がした。そしてその瞬間、彼女の瞳が、ふとこちらを捉えた。
ほんの一瞬、視線が交差する。その青紫の輝きは、まるで深い水底からこちらを見つめるようだった。
けれど彼女は微かに口元を緩め、静かに小さく頷くと、何事もなかったかのように歩みを進めていく。
静かに奏でられる楽団の旋律の中で、貴族たちの思惑が交差していく。
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