悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第五章:騎士学校・始動編

第14話 乱戦

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 ほとんどの罠が使い物にならなくなり、濁流のように小鬼の群れが押し寄せてきた。

「柵、突破されましたッ!」
 前線の報告が上がったのとほぼ同時、爆散した木片が空を舞い、防護柵の一部が居住地の地面に突き刺さる。

 すでに防護柵の半分が崩壊し、倒壊した材木のすき間から、うねるようなゴブリンの群れが雪崩れ込んでくるのが見えた。

「弓兵、左翼に集中射撃! 槍兵、中央通路を死守しろ!」
 隊長の怒号が響く。

 兵士たちは必死に隊列を組み直し、水際の通路で迎撃を始めた。そして間を置かずに矢の雨が放たれる。

 放物線を描いて飛び交う矢が、突進してくる小鬼たちの頭蓋や胸を貫き、地面に叩き伏せる。

 だが次の瞬間にはその死体の上を、さらに多くのゴブリンが踏み越えてくる。まるで終わりのない波だ。

「止まるな! 押し返せ!」
 槍兵たちが声を上げ、横一列の盾を構え、迫り来る敵に槍の穂先を突き出す。ゴブリンたちが喉を突かれ、腹を裂かれて転がっていくが、それでも止まらない。

 血まみれのゴブリンが、槍に刺されたまま這い寄ってくるのだ。

「くっ……下がれ! 一列目、後退!」
「二列目、前へ!」

 列の入れ替えが行われる。盾兵が一歩下がり、新たな槍兵が前に出るが、入れ替えの隙を突かれて、ひとりが肩口を噛まれた。鋭い悲鳴が上がる。

「魔術班、支援急げ!」
「救護班は負傷者を連れて後退しろ!」

 そのときだった。セリスの魔術が炸裂し、大気が震えた。

 つぎの瞬間、前方に突き進んでいた小鬼の群れが、斬撃のような風の刃で切り裂かれる。

 肉と骨が断たれる音。五体をバラバラにされて、ゴブリンたちは地面に転がった。それでも、奥から新たなホブゴブリンの気配が迫る。

「まだ来るのか……!」
 僕は手のひらを前に突き出し、体内の魔素を解放する。

 地面から氷の槍が突き出し、前進していたゴブリンたちを貫きながら通路の中央を塞ぐ。だがゴブリンたちは回り道を探し、隙間を縫って侵入を試みはじめた。

「南側のバリケードが薄い! 回り込んでくるぞ!」
「そこは俺たちが食い止める!」

 数名の兵士が盾と槍を手に走る。彼らは防護柵の間に即席の障害物を積み上げ、そこを突破しようとする敵を押し返しはじめた。

 死の恐怖に震えながらも、一歩も引かない者たちの怒声が夜に響き渡る。

 地面にはゴブリンの血が黒く染みをつくり、兵士の叫びと金属音が交錯し、まるで居住地全体がひとつの巨大な戦場と化していた。

――それでも、まだ防衛線は崩れていない。負傷者は増えている。矢も、魔力も、限界が近づいている。だが、誰もが諦めてはいなかった。

 防護柵が炎に焼かれ、次々と崩落していく中、爆音が響き渡った。

 中央の広場では、地面をえぐるように〈火球〉が炸裂し、数人の兵士たちがその熱と衝撃で吹き飛ばされ、転げ回った。

「くそっ、あれが例のガレゴブリンか――!」
 隊長が叫ぶ声もかき消されるほど、空気には焦げた血と灰の匂いが充満していた。

 逃げ惑う難民たちを庇いながら、兵士たちは次々と矢を放ち、前衛では槍を構えた者たちが小鬼の波を押し返していたが、それでもガレゴブリンの存在が戦場の均衡を大きく崩していた。

 異形の魔物――それは、かつて見たどの個体よりも異質だった。

 実験体だろうか、体表には無数の魔術回路が焼き付けられ、背筋には脈打つような魔力の瘤が浮かび上がっている。

 ひとつ目だけのその顔は異様なまでに歪で、口元にはわずかな笑みすら見えた。

 ガレゴブリンが腕を振り上げるたび、空間が歪むような兆しと共に魔力が渦を巻き、地面が膨れあがって爆発する。

 それだけで数人の兵が行動不能となり、負傷者を運ぶ兵士たちの動きが止まる。

「……あれを止めるしかないな」
 僕は小声でつぶやくと、意識を一点に集中させた。

〈瞬間移動〉を発動すると、視界が一瞬で切り替わる。僕の身体は、防護柵の内側から、敵の背後へと瞬時に転移していた。

 すぐに地形の起伏を利用し、崩れた建材の影に身を潜める。そして〈隠密〉を発動。さらに〈消音〉の魔術を重ね、足音も気配も完全に消した。

 何かに気づいたのだろう、ガレゴブリンが一種だけ振り返るが、僕の姿を捉えていなかった。全身の魔力を前方へ集中している今、背後の警戒は甘い。

 いける――短刀を逆手に握り、音を消しながら一歩、また一歩と距離を詰める。背の中心で脈動する魔石が、ハッキリと見える。

 攻撃範囲に入ると、一気に跳躍。空中で一瞬、音が止まったような感覚とともに、風の刃が飛んでくる。それを躱しながら、深々と短刀を突き刺す。

「――ッ!」
 獣のような絶叫が空に響いた。

 背中の魔力核が破裂するように光り、周囲に火花が散った。ガレゴブリンが崩れ落ちる寸前、振り返るそのひとつ目には、初めて恐怖の色が宿っていた。

 そしてその直後―山道から、角笛の音が風を裂くように届いた。帝国の赤い軍旗が掲げられ、整然と進軍する兵士たちの列が見える。

「増援だ……!」
 居住地の守備兵たちが歓声を上げる。

 炎と血の戦場に、希望の光が射した瞬間だった。僕は短刀の血を拭いながら立ち上がり、まだ炎の立ち昇る戦場を見渡した。

 ガレゴブリンを失ったからなのかもしれないが、小鬼の群れは混乱の中で散り始めている――だが、まだ油断はできない。

 生き残るための戦いは終わらない。
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