イクリール・サーガ 第一部【短剣の謎と愛の残響】

アルフライラ

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5章 旅立ちと旅立ち

62話 呪われた讃美歌

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聖ガイア歴303年 穀竜の月 2日
中央都市アウロラ 教皇直轄領
士官学校 修練場

 女神ガイアが大地に授けた大いなる金色は、人々を魅了し、かつては財の象徴。
 人に原罪ある限り、財産の一欠片を巡って血が流れる。

 
 修練場に少し冷たくなった秋風が吹き込み、バーナードは少し身震いしており、ライオット含めた他班員は涼しい顔をしていた。

 バーナードは怪訝そうに班員を見て述べた。

「君たちは寒く無いのかい?」

 ライオットは不敵に笑う。
「ふっ。狩人たるもの、身体が資本だ。俺は鍛え抜いている」

「ライオットあんたソレ、ずっと言ってるわね……狩人はあれだけど、修道女も同意よ。修練の先に明日があるわ」
「……同意だ。頑強な肉体が無ければ、鋼を振るうことは出来ない。食べて鍛える。騎士の基本だ」

 スピカ、ギルタブも頷く。
 バーナードは顔をしかめた。

「バーナードあなた、燐灰りんかい騎士と言えども、身体は資本よ? 悪いこと言わないから、私の領に来なさい。ついでに実務も……」

「そっちが目的だろ。サボるな金髪女」

 ライオットが冷たく言い放ち、スピカは口を一文字に結んだ。


「ふむ。そなたらの結束も高まって来たな」

 黒い鎧の聖騎士ーーゾハルがバーナード班の後ろから顔を出す。

「「よろしくお願いします」」

「うむ、よろしく頼む。今回が最後の実践だったな。ではまた、昼をともにしよう。無論、私の奢りだ」

「「ありがとうございます!」」

 バーナード班はゾハルを追いかけ、修練場を後にした。
 ライオットはゾハルの背の大剣を見つめ、少し立ち止まったが、すぐにその黒い背中を追いかけた。

---

 市場に位置する定食屋『女神ガイアの台所』にゾハル、バーナード班は来ていた。

 両手で指を折り返すほどは来ており、ライオットは神棚にある女神ガイア像をなんとなく見上げる。

「ライオットは何にするの?」

 スピカの声に我に帰ると、店員がペンで手にメモをしていた。

「あ、あぁすまない。俺はキコリウサギのシチューとコクリュウパンで」

 キコリウサギは前に着いた刃で木を切り倒す獣。
 コクリュウパンは穀竜の恵みをふんだんに使ったパン。
 
「かしこまりましたー」

 スピカ、ギルタブは心なしかソワソワしており、バーナードは周りの席にいる騎士を見てぶつぶつと呟いていた。

 ゾハルがライオットを真っ直ぐと見て述べた。

「ライオットよ。先月の大規模魔獣討滅においては大義であった。私の耳にも、そなたの活躍は届いておるぞ。我が愚息のトラブが世話をかけてしまったようだ。すまない」

「いえ、とんでもない。ただ、少しばかりは俺の指示を聞き、仲間への慈悲の心を持って欲しかった」

 ゾハルは大袈裟に嘆息する。
 班員達の視線が自然と、ゾハルに集まる。スピカはほんの少し、顔をしかめた。

「あれは妻に似た気質でな。嘘が無い素直さはあるのだが、それが裏目に出る事もある。トラブは将来、黒曜騎士だ。私はともかく、仲間と上手くやれるか……不安だ」

 ゾハルはため息を吐き、水を半分ほど飲んだ。

「あ、ゾハルさん……」

 スピカは何かを言いかけたが、口をつぐんだ。
 ライオットの脳裏には、元スリの少年の笑顔が浮かぶ。かつて、トラブの凶刃から守った笑顔だ。

「すまない。変なことを話したな」

 ゾハルがそう言った時、全員分の食事が配膳された。

「……ゾハル卿。食べましょう」

 ギルタブが食事に祈りを捧げ、ゾハルに述べた。

「そうだな。騎士は身体が資本だ。食わねば任務は出来まい」

 それからの食事は会話が弾み、バーナード以外はおかわりをしてから、終了となった。

 ライオットは、かつて、不気味に思えていたゾハルが人間臭く思えてきた。

---

 魔獣討滅は、馬車で二日ほど北へ向かった先にある領内の森林地帯で行う。

 ケバルライ領内に位置していた。
 バーナードの産まれ育った地だ。

 陣形は前衛ニ人の後ろにバーナード、さらに後ろにライオットが控える。

「僕の家系は代々、正教会の文官として働いて来ました。しかし、僕は騎士になりたかった」

 バーナードは生家も近いことがあってか、足取りも軽く、饒舌。

「努力が実って良かったわね」

 スピカが母親のような表情を見せる。
 バーナードはギルタブをチラリと見る。

「ほんとは、黒曜騎士団が良かったんですけどね……まぁ、いずれ、燐灰りんかい騎士団を戦闘集団にして見せます!」

「……前方11時にいるぞ。蝿だ」

 ギルタブが皆を静止し、木陰に隠れた。
 バーナードはそれを認め、後方のライオットに警戒の合図を出した。

 赤子ほどの大きさの蝿がいた。
 額に角が生えており、その下には赤い宝石がある。身体には黒いモヤ。
 翅は赤く、血管が蠢いており、顔には黄ばんだ牙が見え、木を齧っていた。
 微かに讃美歌が聞こえる。

「讃美歌は余り気に留めないようにしよう」
「魔獣から下手な歌は聞いたこと無いわ。不思議ね」

 バーナードとスピカは慣れた調子で軽口を叩く。ギルタブは口を一文字に結び、槍を固く握っていた。

 距離はバーナード達からは50メートルほど、ライオットからは80メートルほど。

「相変わらず気持ち悪いわね……ライオットに先制攻撃してもらいましょ」
「了解です」

 バーナードは、ライオットに『射撃せよ』の合図を出した。
 合図を出した瞬間、ヒュンと風切音が響き、角蝿の左目を潰した。

 角蝿はフラフラしながら、周辺をキョロキョロとしている。

「任せてくださいッ!」

 バーナードが突剣を右手に構えーー額の宝石を貫いた。

「よし。牙と宝石を剥ぎましょう」

 手慣れた動作で角蝿を解体していった。

「……慣れたものだな」
「何回もやっていますからね」

「私は慣れないわ。この冒涜的な見た目……ん、ライオットが戦っているわ」

 スピカが後ろを振り向くと、ライオットが角蝿と戦闘していた。
 かと思えば、ククリナイフで角蝿を両断し、勝利を納めた。

 バーナード達は武器をしまい、足を止めた。

「勝ちましたね。良かった」

「前にも同じようなことがあったわ……この陣形、そもそも適切なのかしら? バーナード」

 スピカの問いかけに、バーナードは考え込んだ。

「……俺はバーナードも弓を持って後衛二人の方が良いと思うぞ」

 ギルタブはボソッと呟く。

「ま、今日までだから、気にしないでおきましょうか」

 ライオットが魔獣の身体を剥ぎ取り終わるのを見届け、魔獣狩りを続けた。

---

 ケバルライ家に着くと思いもよらない歓待を受けた。

「「ようこそ、騎士様方!」」

 祭司のような服装をした臣下達が出迎えた。臣下達の異様に目が輝いている。
 皆、身体の線は細く、戦い慣れていないことがわかる。

「すごいわね、ケバルライ家」
「……目が光っている」
「ふっ」

 スピカとギルタブは引き攣った笑みでこれに応じた。
 ライオットは満更でも無さそうに不敵な笑みを浮かべた後、応じた。
 ゾハルは「宿場町の衛兵と打ち合わせがある」として、近隣の宿場町に戻った。

 ライオットはその後ろ姿を目を細めて見送っていると、スピカは「また奥様ね」と口角を上げた。その瞳には好奇心が浮かんでいた。

「……ほら記録室に行きますよ」

 バーナードは顔を真っ赤にして、ツカツカと奥の部屋へ消えていった。

「あ、いってしまった」



 記録室で魔獣討滅の記録を終えると、晩の食事会に案内された。

 食事会には、ケバルライ家当主のシンストラ、その妻プリオルも席を同じにしている。

 ケバルライ家は失礼にならない程度に、バーナード班の面々やその装備をジロジロとみていた。

「……もう、恥ずかしいなぁ」
「騎士に憧れでもあるのか?」
「まぁ、そうですね」

「ははは……面目ない。我々はどうにも、文官気質の者が多く、騎士に過度な憧れをもっていまして」
「バーナードは晴れて騎士に。ケバルライの誇りです」

 シンストラとプリオルの言葉には、熱がこもっていた。

「ところで、どうして文官の方ばかりなのでしょうか? 武官に憧憬があるならば、なられる方がいても不思議ではないかと」

 スピカが眉を八の字にして疑問を投げかけた。
 すると、ケバルライ家はやや目を細め、お互いに顔を見合わせ、シンストラが少し言葉を口に溜め、解き放つ。

「実は……我が家に騎士を迎えると、領内に魔獣が増えるんです。なので、どうしても騎士になりたい者は、我が領を出るのです」

 バーナードはメガネを外し、疲れたかのように目を覆った。
 ライオットはその様を見て、眉をひそめた。

「それは何故?」

「理由は分かりかねます。ただ、騎士がいると魔獣は増え、騎士がいないと領内は比較的少数の蝿の魔獣だけが出現します」

 シンストラが続けた。

「かつて、我が領内で騎士に憧れを持つ子どもが失踪した事件が相次いだ。これが関係あるのかもしれぬな……ケバルライの者からも失踪者が出ておる」

 シンストラはある額縁に飾られた肖像画を指差した。
 それには『サビク=ケバルライ』と書かれていた。

 ライオットはその絵とバーナードを交互に見ると「似ているでしょ?」と本人に言われる。

「叔父なんだ。サビクさん」

 バーナードがポツリとこぼし、パンをちぎって口に頬張る。

 プリオルが不安そうにギルタブを見つめる。

「なので、騎士様方……特にギルタブ様は騎士そのものです。夜、お気をつけください。領内で讃美歌が聞こえたら、特に」

「……承知した」

 ギルタブの手はかすかに震えていた。

「ところで、これ美味いな」

 ライオットは、キノコが和えられた肉料理に舌鼓を打つ。

「この地方での自慢の料理です。これは……」

 ライオットが空気を変え、バーナードは料理の説明を始めた。


 その後、食事は和やかな雰囲気のまま進み、解散となった。
 ライオット達は割り当てられた部屋で休むことになった。

---

 ライオットは、食事会の際の話が気になって眠れず、客室そばのバルコニーで星空を見上げていた。

「ライオットも来ていたのね」
「……スピカか」

 スピカが隣に並んだ。
 すると、彼女の肩越しに大男も見えた。

「……お前たちもか」
「ギルタブは、部屋で休んでいた方が良いんじゃないか?」

「……休んでいたが、讃美歌が聞こえたような気がしてな。歩いて気を紛らわせていたのだ」

 スピカは眉をひそめ、目を細めた。
「ギルタブ、今も聞こえるの?」

「……あっちの方から微かに、な」

 ギルタブが指差した先には、井戸があった。ライオットは聴覚を研ぎ澄ますが、聞こえない。

「なぁ、バーナードも起こして行ってみないか?」
「反対」
「……反対だ」

 二人は顔をしかめ、苦虫を飲み干したような表情。
 ライオットは肩を落とした。

「……わかったよ。明日、バーナードに相談しよう。アイツが班長だしな」

「僕がなんだって?」
「わっ!」

 後ろから聞こえた声に、スピカは心臓が飛び出そうになる。

「驚きすぎですよ……あ、あの井戸が気になるのですか?」

「明日、班長たるお前に相談してから行こうと思ってな」

 スピカとギルタブは、ライオットの顔を見て顔をしかめた。
 よほど行きたくないのだろう。

「それなら、今見てきちゃいましょうよ。近くですし」

 ライオットは少しだけ笑みを浮かべ、スピカとギルタブは部屋に戻ろうとする。

「金髪女と大男。班長命令だ。行くぞ」
「「……了解」」

 四人は武器を持ち、井戸に向かった。
 
 井戸は口を開け、微かに聞こえる讃美歌は喜びの声が混じる。
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