イクリール・サーガ 第一部【短剣の謎と愛の残響】

アルフライラ

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5章 旅立ちと旅立ち

63話 井戸の秘密

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聖ガイア歴303年 穀竜の月 5日
セプトジョクラ地方 ケバルライ領
ケバルライ家屋敷

 星明かりが井戸を照らしているように見えた。それには苔が付着しており、風でギイと桶が揺れている。

 四人が近づくと、微かに聞こえていた讃美歌は止まった。
 まるで、待ち構えていたかのよう。

「ねえ、やっぱり調査はやめない? 十字軍や領内の衛兵を頼りましょうよ」

 スピカは泣きそうな顔で告げた。
 ギルタブは、首が取れそうなほど頷いていた。

 バーナードは首を横に振る。

「十字軍に頼るとお金が掛かります。領内にある町の兵士は多忙です。明日、お土産も付けますから、お願いしますよ」

「俺も何となく気になる……ところで、そのお土産はなんだ?」

 ライオットの目に期待の光が灯る。
 ギルタブの眉がピクリと動いた。

「この地方でしか見つかっていない、ギンリュウノジヒの燻製粉末を差し上げます。キコリウサギも付けますから」

「「よし、手を打とう」」
「……」

 スピカは俯いたまま。

「魚の燻製もあります」
「頑張りましょう、みんな」
「「おう」」

 井戸は大柄な人が何とか通れる程度の大きさ。暗黒の底が口を広げており、水は見えない。

「この井戸は使っているのか?」

 ライオットは井戸の壁面についた苔を指先でこそぎ取る。根がしっかり張っており、青々としている。

「いえ、使っていません。僕が産まれた頃からあるので、昔に使っていたのかと」

「なるほど……じゃあ、なんで苔がこんなに元気なんだ。雨だけでこんなになるのか? ここ最近は雨が降っていないぞ」

「……言われれば、確かにそうだな。あの不穏な讃美歌が栄養代わりになるのか?」

 ギルタブは苔を松明の持ち手で削り、目を細めた。

「流石にならないでしょ……ちょっと松明貸して」

 スピカは、ギルタブから松明を引ったくると、井戸に落とした。
 ギルタブは少しだけ、不満そうにスピカを見るが、諦めて嘆息する。

「……ライオット、今の見えた?」
「あぁ。通路があったな」

 松明の灯火が通路の存在を明らかにした。地上から5メートルほどの位置に空間が見えた。
 松明はその後、小さく乾いた音を立てて井戸の底に落ち、地下を照らす。


「原因候補が見つかったから、調査はここまでね。さ、夜更かしは美容に悪いから帰りましょう」
「賛成」

 スピカとギルタブは井戸から背を向け、帰ろうとしており、ライオットは肩をすくめた。

「そこのカッコつけてる狩人とメガネ君も、帰るわよ!」
「スピカ、痛いって」

 スピカは力強くライオットの手を握りしめる。女とは思えない握力。

「ちょっと待ってくださいよ。ここまで来たんです。調べましょうよ」

「でも、もう遅いわ」
「……中に魔獣がいたら危険だ」

 バーナードは歯噛みしたかと思えば、嘆息する。

「じゃあ、僕だけで行くんで良いです。無論、お土産は無しですッ!」
「あ、ちょっと!」

 スピカの静止も聞かずに、バーナードは桶を吊るすためのロープを伝って降りて行った。

「……行ってしまったな」
「無謀だわ」

「かと言って放っておけないぞ。仕方ないな……」

 ライオットは慣れた手付きでロープを太い木に何本か括り付け、井戸の底へ垂らした。

「命綱は有ればあるだけ良い。よし、俺は行くぞ。コレでお土産は、俺の独り占めだな」

 ライオットはロープを伝ってスルスルと降りて行った。

「あ、ライオットまで! もうっ……私も行くわ。ギルタブも行くわよ」
「……あ、あぁ」

 井戸の暗闇は二人を飲み込む。
 井戸の底の松明が、微笑んでいるかのように揺らいだ。

---

 三人は少し走り、先行していたバーナードに追いついた。

「あ、来てくれたんですね。ありがとうございます!」

 バーナードは破顔した。
 彼の童顔も相まって、子どものような満点の笑顔。

 スピカは嘆息し、諦めたように話す。

「どうして一人で?」
「僕は騎士になります。ゆくゆくは解決しないといけない問題だからです」

「じゃあ、明日でも……」
「明日、同じ現象があるとは限りません。問題は明らかな内に解決すべきです。それがケバルライ家の鋼の教え」

「ふっ、鋼の教えなら仕方ないな」
「……ここまで来たんだ。付き合うぞ」

 通路はギルタブがしゃがまないで通れる高さ、ライオットの背負った弓がなんとか壁に当たらない位の狭さ。
 冷たい湿気で満たされており、壁には奇蹟で灯されたであろう赤く光る石が点在している。

「ライオット、コレって……」
「そうだな。俺もそう思っていた」

 ライオットは壁に生えている煤竹色の土竜キノコをもぎ取る。

「あの時も生えていたわね」

 スピカは身震いし、キノコから目を逸らした。

「何の話ですか?」
 バーナードが振り返り、目を細めた。

 スピカの目配せを見てから話し出す。
「実はさ…………」

 ジャミア領に秘匿されていた『土と死の神サターン』の地下聖堂は、寡黙なギルタブが目を大きくするには充分な衝撃。
 
 ライオットは、信徒である女騎士ステラのこと、信用ならないゾハルの嫁ーーディオネのことは伏せた。



「え、じゃあウチの地下にも……」
「怪しいよな。なぜ、井戸に入り口があるのかは分からないが」

 バーナードの顔が青ざめるのを見ると、スピカが優しく声をかける。

「大丈夫よ。司教会に申し開きしたらすんなりと異端信仰の疑義は晴れたわ」

「そうですか、じゃあ早く調べて帰りましょう」

 バーナードは安堵の息をつく。


 そこから少し歩くと、土の壁が立ち塞がる。壁を叩いても音が重く、空洞ではないことが容易に分かる。

「皆、行き止まりみたいです。確か、隠し扉があるんでしたよね?」

 バーナードは周りに生えているキノコを手当たり次第、引っこ抜く。

「……ライオット。言っていたのはこれか?」

 ギルタブは大きいキノコ、秘匿された扉の取手を掴んでいた。

「ちょっと引っ張って見てくれ。思い切りな」

「う、ぬっ……おっと!」

 周りの壁が崩れ、通路が現れた。
 通路は降りの階段となっており、音がない空間。

「……」

 ライオットは後ろを振り向くが誰もいなかった。
 あの時は視線を感じたが、今回は無い。

「ほら、行くわよ」
「あ、あぁ」


 階段を少し降りると、死神の鎌を持った男が彫られた銀の扉。

「スピカ」
「同じね。神サターンの聖堂に違いないわ」

 扉を開けて中へ入り、バーナードが行儀良く閉めようとするが「開けたままにしておいてくれ」とライオットは静止した。


「これは……」
「ほお……」

 バーナードとギルタブは言葉を失い、不可思議に照らされている鎌を持つ男のステンドグラスを眺めた。


 ライオットは腹に力を入れ、四方八方を見渡して述べた。

「さっきも話したが、前は聖堂が崩れた。手早く調べて帰ろう」
「「了解」」

---

 ジャミア領の地下聖堂と同じ、台座、左右にいくつもの長椅子、部屋の中央には太い柱、いくつかの部屋。

 バーナードの指示による調査区間の割り振りがあったからか、調査は素早い。

 聖堂内の像などを記述し、紙片などがあれば持ち帰る。

 調査の大半を終えたバーナード班は、身廊しんろうに集まっていた。
 
「うちにあったものより歴史を感じるわね」
「そうだな。ところで、残すはあの部屋か」

 ライオットの示す先には、銀で出来た扉。異質な部屋だと判断し、最後に調べることにしていた。

 銀の扉には『聖騎士の間』と彫られており、輝いていた。

「……誰かが磨いた後だな」
「確かにそうですね。長椅子と比べて綺麗過ぎる」

 バーナードは目を細めて、扉を開けた。
 ライオットは少し後ろを警戒し、ギルタブとスピカは武器を手で触る。

 底冷えする冷気と腐臭、それに讃美歌。

「な、あ、な……」

 バーナードとギルタブは言葉を失い、スピカの髪は逆立ち、ライオットの肩には力が入る。


 中には、部屋奥のサターン像に向かって歌い続ける鎧。
 距離は10メートルほど。
 背丈はバーナードと同じ。
 マントには神マルスの紋章。

 四人は武器を構え、硬直したが、ライオットがバーナードの肩を叩く。

 バーナードは小さく息を吸い込む。

「そこの者ッ! 両手を上げ、ゆっくりとこちらを向きなさい!」

 その言葉に、讃美歌は止まる。

 錆びついた金属が擦れる音と共に、首だけでゆっくりと振り向く。


 眼窩に空洞。
 人では無かった。
 ミイラの化け物。
 額に宝石は無い。
 首には銀灰色のアミュレット。

「……聖獣かッ!?」

 ライオットはバーナードを押し除け、短弓から矢を放つ。
 矢は冷気を切り裂き、額に命中。
 
 ミイラは頭部への衝撃を受け、後ろに吹き飛んだ。


「やったか?」

 ミイラは手を使わず、枯れ果てた臓物から起き上がり、讃美歌を歌い始め、迫ってきた。
 額には矢が刺さり、そこから微かに血が垂れていた。射撃は効いていない。


「逃げるぞッ!」

 ギルタブの怒声と同時に、バーナード班は元来た道に走り出した。


 聖堂に讃美歌が響き、壁から腕が生えてくる。泥を被った子どもが這い出る。

 皆、ギルタブに縋ろうと手を伸ばす。

「くっ! やめろォ!」

 ギルタブは短槍で突き、払い、退ける。


 身廊しんろうの中ほどまで走り切ると、背後にしなやかな何かが大理石を引き摺る音がした。


「大蛇ッ!」

 スピカの声が響く。

 黄ばんだ人の歯で笑顔を見せていた。
 黒い肌は乾燥し、眼窩は無い。
 背筋に嫌なものが流れる。
 額には赤く蠢く宝石。

「逃げろッ!」

 誰の声か分からぬ叫び声を合図に、四人はさらに走る速度を上げた。
 筋肉が悲鳴をあげ、鎧が擦れる。

 大蛇は四人より素早く、長椅子や壁を伝い、ギルタブに飛びかかった。

「ギルタブッ!」

 ギルタブの肩口に噛みつき、腹に巻きつく。鎧から悲鳴が上げる。
 横と後ろからは、泥の子どもがじわじわと迫って来ている。

「ぐ、ぐ、ぐ、、ぐ」

 ギルタブは大蛇の顔を殴り、槍で刺す。
 槍に当たらないように宝石は巧妙に動かしている。

 バーナードとスピカは、迫って来た泥の子どもを蹴飛ばす。
 ライオットは大蛇を短弓で狙うが、射線に気付くと、ギルタブを盾にする。
 小賢しい。

 その時、ギルタブの背嚢が淡く光る。

「そうかッ、聖別矢。ギルタブッ! 聖別矢を刺せッ!」

 ライオットはかつて渡した友情の証を思い出し、声を張り上げた。

 ギルタブは背嚢から聖別矢ーー神リゲルの奇蹟が施された物を取り出すと、

「ぐ、うおおおおおおッ!」

 醜い獣の宝石に突き立てた。

「ぎゃああああああッ! あ、あ……」

 蛇は灰となり、矢は役目で終えて、彼方へ砕け散る。

 灰の山に金属片が現れた。

「新手が来たぞ」

 銀の扉の奥からは、蛇、蝿が迫る。
 泥の子どもの一部が姿を変えているように見えた。

「よし、さっさと逃げましょう!」

 バーナードの声が通り過ぎ、四人は地下聖堂を走り切り、聖堂入り口の銀の扉を閉め、階段を駆け抜けた。

---

「はぁ、はぁ、あぁ……死ぬかと思いました……」
「……まったくだ」

 井戸から抜け、バーナードとギルタブは座り込み、呼吸を整える。

「ギルタブ、それはなんですか?」
「……? なんだこれは」

 銀灰色のアミュレットがギルタブの背嚢に掛かっていた。
 二人はそれを訝しげに眺める。

「……報告用にお前が持っておけ」
「分かりました」

 バーナードはそれを懐にしまった。


 ライオットとスピカは背中で息しながら井戸を覗き込む。

「……ふぅ、追っては来ていないな」
「はぁ……あの時と言い、碌な思い出がないわ。もう、地下聖堂には近寄らないようにしましょう」

「……そうだな。さて、早くシンストラさんに報告しようか」
「あ、はぁ、もうちょっとだけ待って下さい……」

「まったく、体力つけなさいよ!」

 スピカの文句は耳に入らず、井戸の底だけが聞き届けていた。

 
 四人が息を整え、その場を後にすると、井戸の底に落ちていた松明の火が消えた。
 再び、井戸を暗闇が包み込む。
 蛇の口内のような暗黒。
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