77 / 98
5章 旅立ちと旅立ち
63話 井戸の秘密
しおりを挟む
聖ガイア歴303年 穀竜の月 5日
セプトジョクラ地方 ケバルライ領
ケバルライ家屋敷
星明かりが井戸を照らしているように見えた。それには苔が付着しており、風でギイと桶が揺れている。
四人が近づくと、微かに聞こえていた讃美歌は止まった。
まるで、待ち構えていたかのよう。
「ねえ、やっぱり調査はやめない? 十字軍や領内の衛兵を頼りましょうよ」
スピカは泣きそうな顔で告げた。
ギルタブは、首が取れそうなほど頷いていた。
バーナードは首を横に振る。
「十字軍に頼るとお金が掛かります。領内にある町の兵士は多忙です。明日、お土産も付けますから、お願いしますよ」
「俺も何となく気になる……ところで、そのお土産はなんだ?」
ライオットの目に期待の光が灯る。
ギルタブの眉がピクリと動いた。
「この地方でしか見つかっていない、ギンリュウノジヒの燻製粉末を差し上げます。キコリウサギも付けますから」
「「よし、手を打とう」」
「……」
スピカは俯いたまま。
「魚の燻製もあります」
「頑張りましょう、みんな」
「「おう」」
井戸は大柄な人が何とか通れる程度の大きさ。暗黒の底が口を広げており、水は見えない。
「この井戸は使っているのか?」
ライオットは井戸の壁面についた苔を指先でこそぎ取る。根がしっかり張っており、青々としている。
「いえ、使っていません。僕が産まれた頃からあるので、昔に使っていたのかと」
「なるほど……じゃあ、なんで苔がこんなに元気なんだ。雨だけでこんなになるのか? ここ最近は雨が降っていないぞ」
「……言われれば、確かにそうだな。あの不穏な讃美歌が栄養代わりになるのか?」
ギルタブは苔を松明の持ち手で削り、目を細めた。
「流石にならないでしょ……ちょっと松明貸して」
スピカは、ギルタブから松明を引ったくると、井戸に落とした。
ギルタブは少しだけ、不満そうにスピカを見るが、諦めて嘆息する。
「……ライオット、今の見えた?」
「あぁ。通路があったな」
松明の灯火が通路の存在を明らかにした。地上から5メートルほどの位置に空間が見えた。
松明はその後、小さく乾いた音を立てて井戸の底に落ち、地下を照らす。
「原因候補が見つかったから、調査はここまでね。さ、夜更かしは美容に悪いから帰りましょう」
「賛成」
スピカとギルタブは井戸から背を向け、帰ろうとしており、ライオットは肩をすくめた。
「そこのカッコつけてる狩人とメガネ君も、帰るわよ!」
「スピカ、痛いって」
スピカは力強くライオットの手を握りしめる。女とは思えない握力。
「ちょっと待ってくださいよ。ここまで来たんです。調べましょうよ」
「でも、もう遅いわ」
「……中に魔獣がいたら危険だ」
バーナードは歯噛みしたかと思えば、嘆息する。
「じゃあ、僕だけで行くんで良いです。無論、お土産は無しですッ!」
「あ、ちょっと!」
スピカの静止も聞かずに、バーナードは桶を吊るすためのロープを伝って降りて行った。
「……行ってしまったな」
「無謀だわ」
「かと言って放っておけないぞ。仕方ないな……」
ライオットは慣れた手付きでロープを太い木に何本か括り付け、井戸の底へ垂らした。
「命綱は有ればあるだけ良い。よし、俺は行くぞ。コレでお土産は、俺の独り占めだな」
ライオットはロープを伝ってスルスルと降りて行った。
「あ、ライオットまで! もうっ……私も行くわ。ギルタブも行くわよ」
「……あ、あぁ」
井戸の暗闇は二人を飲み込む。
井戸の底の松明が、微笑んでいるかのように揺らいだ。
---
三人は少し走り、先行していたバーナードに追いついた。
「あ、来てくれたんですね。ありがとうございます!」
バーナードは破顔した。
彼の童顔も相まって、子どものような満点の笑顔。
スピカは嘆息し、諦めたように話す。
「どうして一人で?」
「僕は騎士になります。ゆくゆくは解決しないといけない問題だからです」
「じゃあ、明日でも……」
「明日、同じ現象があるとは限りません。問題は明らかな内に解決すべきです。それがケバルライ家の鋼の教え」
「ふっ、鋼の教えなら仕方ないな」
「……ここまで来たんだ。付き合うぞ」
通路はギルタブがしゃがまないで通れる高さ、ライオットの背負った弓がなんとか壁に当たらない位の狭さ。
冷たい湿気で満たされており、壁には奇蹟で灯されたであろう赤く光る石が点在している。
「ライオット、コレって……」
「そうだな。俺もそう思っていた」
ライオットは壁に生えている煤竹色の土竜キノコをもぎ取る。
「あの時も生えていたわね」
スピカは身震いし、キノコから目を逸らした。
「何の話ですか?」
バーナードが振り返り、目を細めた。
スピカの目配せを見てから話し出す。
「実はさ…………」
ジャミア領に秘匿されていた『土と死の神サターン』の地下聖堂は、寡黙なギルタブが目を大きくするには充分な衝撃。
ライオットは、信徒である女騎士ステラのこと、信用ならないゾハルの嫁ーーディオネのことは伏せた。
「え、じゃあウチの地下にも……」
「怪しいよな。なぜ、井戸に入り口があるのかは分からないが」
バーナードの顔が青ざめるのを見ると、スピカが優しく声をかける。
「大丈夫よ。司教会に申し開きしたらすんなりと異端信仰の疑義は晴れたわ」
「そうですか、じゃあ早く調べて帰りましょう」
バーナードは安堵の息をつく。
そこから少し歩くと、土の壁が立ち塞がる。壁を叩いても音が重く、空洞ではないことが容易に分かる。
「皆、行き止まりみたいです。確か、隠し扉があるんでしたよね?」
バーナードは周りに生えているキノコを手当たり次第、引っこ抜く。
「……ライオット。言っていたのはこれか?」
ギルタブは大きいキノコ、秘匿された扉の取手を掴んでいた。
「ちょっと引っ張って見てくれ。思い切りな」
「う、ぬっ……おっと!」
周りの壁が崩れ、通路が現れた。
通路は降りの階段となっており、音がない空間。
「……」
ライオットは後ろを振り向くが誰もいなかった。
あの時は視線を感じたが、今回は無い。
「ほら、行くわよ」
「あ、あぁ」
階段を少し降りると、死神の鎌を持った男が彫られた銀の扉。
「スピカ」
「同じね。神サターンの聖堂に違いないわ」
扉を開けて中へ入り、バーナードが行儀良く閉めようとするが「開けたままにしておいてくれ」とライオットは静止した。
「これは……」
「ほお……」
バーナードとギルタブは言葉を失い、不可思議に照らされている鎌を持つ男のステンドグラスを眺めた。
ライオットは腹に力を入れ、四方八方を見渡して述べた。
「さっきも話したが、前は聖堂が崩れた。手早く調べて帰ろう」
「「了解」」
---
ジャミア領の地下聖堂と同じ、台座、左右にいくつもの長椅子、部屋の中央には太い柱、いくつかの部屋。
バーナードの指示による調査区間の割り振りがあったからか、調査は素早い。
聖堂内の像などを記述し、紙片などがあれば持ち帰る。
調査の大半を終えたバーナード班は、身廊に集まっていた。
「うちにあったものより歴史を感じるわね」
「そうだな。ところで、残すはあの部屋か」
ライオットの示す先には、銀で出来た扉。異質な部屋だと判断し、最後に調べることにしていた。
銀の扉には『聖騎士の間』と彫られており、輝いていた。
「……誰かが磨いた後だな」
「確かにそうですね。長椅子と比べて綺麗過ぎる」
バーナードは目を細めて、扉を開けた。
ライオットは少し後ろを警戒し、ギルタブとスピカは武器を手で触る。
底冷えする冷気と腐臭、それに讃美歌。
「な、あ、な……」
バーナードとギルタブは言葉を失い、スピカの髪は逆立ち、ライオットの肩には力が入る。
中には、部屋奥のサターン像に向かって歌い続ける鎧。
距離は10メートルほど。
背丈はバーナードと同じ。
マントには神マルスの紋章。
四人は武器を構え、硬直したが、ライオットがバーナードの肩を叩く。
バーナードは小さく息を吸い込む。
「そこの者ッ! 両手を上げ、ゆっくりとこちらを向きなさい!」
その言葉に、讃美歌は止まる。
錆びついた金属が擦れる音と共に、首だけでゆっくりと振り向く。
眼窩に空洞。
人では無かった。
ミイラの化け物。
額に宝石は無い。
首には銀灰色のアミュレット。
「……聖獣かッ!?」
ライオットはバーナードを押し除け、短弓から矢を放つ。
矢は冷気を切り裂き、額に命中。
ミイラは頭部への衝撃を受け、後ろに吹き飛んだ。
「やったか?」
ミイラは手を使わず、枯れ果てた臓物から起き上がり、讃美歌を歌い始め、迫ってきた。
額には矢が刺さり、そこから微かに血が垂れていた。射撃は効いていない。
「逃げるぞッ!」
ギルタブの怒声と同時に、バーナード班は元来た道に走り出した。
聖堂に讃美歌が響き、壁から腕が生えてくる。泥を被った子どもが這い出る。
皆、ギルタブに縋ろうと手を伸ばす。
「くっ! やめろォ!」
ギルタブは短槍で突き、払い、退ける。
身廊の中ほどまで走り切ると、背後にしなやかな何かが大理石を引き摺る音がした。
「大蛇ッ!」
スピカの声が響く。
黄ばんだ人の歯で笑顔を見せていた。
黒い肌は乾燥し、眼窩は無い。
背筋に嫌なものが流れる。
額には赤く蠢く宝石。
「逃げろッ!」
誰の声か分からぬ叫び声を合図に、四人はさらに走る速度を上げた。
筋肉が悲鳴をあげ、鎧が擦れる。
大蛇は四人より素早く、長椅子や壁を伝い、ギルタブに飛びかかった。
「ギルタブッ!」
ギルタブの肩口に噛みつき、腹に巻きつく。鎧から悲鳴が上げる。
横と後ろからは、泥の子どもがじわじわと迫って来ている。
「ぐ、ぐ、ぐ、、ぐ」
ギルタブは大蛇の顔を殴り、槍で刺す。
槍に当たらないように宝石は巧妙に動かしている。
バーナードとスピカは、迫って来た泥の子どもを蹴飛ばす。
ライオットは大蛇を短弓で狙うが、射線に気付くと、ギルタブを盾にする。
小賢しい。
その時、ギルタブの背嚢が淡く光る。
「そうかッ、聖別矢。ギルタブッ! 聖別矢を刺せッ!」
ライオットはかつて渡した友情の証を思い出し、声を張り上げた。
ギルタブは背嚢から聖別矢ーー神リゲルの奇蹟が施された物を取り出すと、
「ぐ、うおおおおおおッ!」
醜い獣の宝石に突き立てた。
「ぎゃああああああッ! あ、あ……」
蛇は灰となり、矢は役目で終えて、彼方へ砕け散る。
灰の山に金属片が現れた。
「新手が来たぞ」
銀の扉の奥からは、蛇、蝿が迫る。
泥の子どもの一部が姿を変えているように見えた。
「よし、さっさと逃げましょう!」
バーナードの声が通り過ぎ、四人は地下聖堂を走り切り、聖堂入り口の銀の扉を閉め、階段を駆け抜けた。
---
「はぁ、はぁ、あぁ……死ぬかと思いました……」
「……まったくだ」
井戸から抜け、バーナードとギルタブは座り込み、呼吸を整える。
「ギルタブ、それはなんですか?」
「……? なんだこれは」
銀灰色のアミュレットがギルタブの背嚢に掛かっていた。
二人はそれを訝しげに眺める。
「……報告用にお前が持っておけ」
「分かりました」
バーナードはそれを懐にしまった。
ライオットとスピカは背中で息しながら井戸を覗き込む。
「……ふぅ、追っては来ていないな」
「はぁ……あの時と言い、碌な思い出がないわ。もう、地下聖堂には近寄らないようにしましょう」
「……そうだな。さて、早くシンストラさんに報告しようか」
「あ、はぁ、もうちょっとだけ待って下さい……」
「まったく、体力つけなさいよ!」
スピカの文句は耳に入らず、井戸の底だけが聞き届けていた。
四人が息を整え、その場を後にすると、井戸の底に落ちていた松明の火が消えた。
再び、井戸を暗闇が包み込む。
蛇の口内のような暗黒。
セプトジョクラ地方 ケバルライ領
ケバルライ家屋敷
星明かりが井戸を照らしているように見えた。それには苔が付着しており、風でギイと桶が揺れている。
四人が近づくと、微かに聞こえていた讃美歌は止まった。
まるで、待ち構えていたかのよう。
「ねえ、やっぱり調査はやめない? 十字軍や領内の衛兵を頼りましょうよ」
スピカは泣きそうな顔で告げた。
ギルタブは、首が取れそうなほど頷いていた。
バーナードは首を横に振る。
「十字軍に頼るとお金が掛かります。領内にある町の兵士は多忙です。明日、お土産も付けますから、お願いしますよ」
「俺も何となく気になる……ところで、そのお土産はなんだ?」
ライオットの目に期待の光が灯る。
ギルタブの眉がピクリと動いた。
「この地方でしか見つかっていない、ギンリュウノジヒの燻製粉末を差し上げます。キコリウサギも付けますから」
「「よし、手を打とう」」
「……」
スピカは俯いたまま。
「魚の燻製もあります」
「頑張りましょう、みんな」
「「おう」」
井戸は大柄な人が何とか通れる程度の大きさ。暗黒の底が口を広げており、水は見えない。
「この井戸は使っているのか?」
ライオットは井戸の壁面についた苔を指先でこそぎ取る。根がしっかり張っており、青々としている。
「いえ、使っていません。僕が産まれた頃からあるので、昔に使っていたのかと」
「なるほど……じゃあ、なんで苔がこんなに元気なんだ。雨だけでこんなになるのか? ここ最近は雨が降っていないぞ」
「……言われれば、確かにそうだな。あの不穏な讃美歌が栄養代わりになるのか?」
ギルタブは苔を松明の持ち手で削り、目を細めた。
「流石にならないでしょ……ちょっと松明貸して」
スピカは、ギルタブから松明を引ったくると、井戸に落とした。
ギルタブは少しだけ、不満そうにスピカを見るが、諦めて嘆息する。
「……ライオット、今の見えた?」
「あぁ。通路があったな」
松明の灯火が通路の存在を明らかにした。地上から5メートルほどの位置に空間が見えた。
松明はその後、小さく乾いた音を立てて井戸の底に落ち、地下を照らす。
「原因候補が見つかったから、調査はここまでね。さ、夜更かしは美容に悪いから帰りましょう」
「賛成」
スピカとギルタブは井戸から背を向け、帰ろうとしており、ライオットは肩をすくめた。
「そこのカッコつけてる狩人とメガネ君も、帰るわよ!」
「スピカ、痛いって」
スピカは力強くライオットの手を握りしめる。女とは思えない握力。
「ちょっと待ってくださいよ。ここまで来たんです。調べましょうよ」
「でも、もう遅いわ」
「……中に魔獣がいたら危険だ」
バーナードは歯噛みしたかと思えば、嘆息する。
「じゃあ、僕だけで行くんで良いです。無論、お土産は無しですッ!」
「あ、ちょっと!」
スピカの静止も聞かずに、バーナードは桶を吊るすためのロープを伝って降りて行った。
「……行ってしまったな」
「無謀だわ」
「かと言って放っておけないぞ。仕方ないな……」
ライオットは慣れた手付きでロープを太い木に何本か括り付け、井戸の底へ垂らした。
「命綱は有ればあるだけ良い。よし、俺は行くぞ。コレでお土産は、俺の独り占めだな」
ライオットはロープを伝ってスルスルと降りて行った。
「あ、ライオットまで! もうっ……私も行くわ。ギルタブも行くわよ」
「……あ、あぁ」
井戸の暗闇は二人を飲み込む。
井戸の底の松明が、微笑んでいるかのように揺らいだ。
---
三人は少し走り、先行していたバーナードに追いついた。
「あ、来てくれたんですね。ありがとうございます!」
バーナードは破顔した。
彼の童顔も相まって、子どものような満点の笑顔。
スピカは嘆息し、諦めたように話す。
「どうして一人で?」
「僕は騎士になります。ゆくゆくは解決しないといけない問題だからです」
「じゃあ、明日でも……」
「明日、同じ現象があるとは限りません。問題は明らかな内に解決すべきです。それがケバルライ家の鋼の教え」
「ふっ、鋼の教えなら仕方ないな」
「……ここまで来たんだ。付き合うぞ」
通路はギルタブがしゃがまないで通れる高さ、ライオットの背負った弓がなんとか壁に当たらない位の狭さ。
冷たい湿気で満たされており、壁には奇蹟で灯されたであろう赤く光る石が点在している。
「ライオット、コレって……」
「そうだな。俺もそう思っていた」
ライオットは壁に生えている煤竹色の土竜キノコをもぎ取る。
「あの時も生えていたわね」
スピカは身震いし、キノコから目を逸らした。
「何の話ですか?」
バーナードが振り返り、目を細めた。
スピカの目配せを見てから話し出す。
「実はさ…………」
ジャミア領に秘匿されていた『土と死の神サターン』の地下聖堂は、寡黙なギルタブが目を大きくするには充分な衝撃。
ライオットは、信徒である女騎士ステラのこと、信用ならないゾハルの嫁ーーディオネのことは伏せた。
「え、じゃあウチの地下にも……」
「怪しいよな。なぜ、井戸に入り口があるのかは分からないが」
バーナードの顔が青ざめるのを見ると、スピカが優しく声をかける。
「大丈夫よ。司教会に申し開きしたらすんなりと異端信仰の疑義は晴れたわ」
「そうですか、じゃあ早く調べて帰りましょう」
バーナードは安堵の息をつく。
そこから少し歩くと、土の壁が立ち塞がる。壁を叩いても音が重く、空洞ではないことが容易に分かる。
「皆、行き止まりみたいです。確か、隠し扉があるんでしたよね?」
バーナードは周りに生えているキノコを手当たり次第、引っこ抜く。
「……ライオット。言っていたのはこれか?」
ギルタブは大きいキノコ、秘匿された扉の取手を掴んでいた。
「ちょっと引っ張って見てくれ。思い切りな」
「う、ぬっ……おっと!」
周りの壁が崩れ、通路が現れた。
通路は降りの階段となっており、音がない空間。
「……」
ライオットは後ろを振り向くが誰もいなかった。
あの時は視線を感じたが、今回は無い。
「ほら、行くわよ」
「あ、あぁ」
階段を少し降りると、死神の鎌を持った男が彫られた銀の扉。
「スピカ」
「同じね。神サターンの聖堂に違いないわ」
扉を開けて中へ入り、バーナードが行儀良く閉めようとするが「開けたままにしておいてくれ」とライオットは静止した。
「これは……」
「ほお……」
バーナードとギルタブは言葉を失い、不可思議に照らされている鎌を持つ男のステンドグラスを眺めた。
ライオットは腹に力を入れ、四方八方を見渡して述べた。
「さっきも話したが、前は聖堂が崩れた。手早く調べて帰ろう」
「「了解」」
---
ジャミア領の地下聖堂と同じ、台座、左右にいくつもの長椅子、部屋の中央には太い柱、いくつかの部屋。
バーナードの指示による調査区間の割り振りがあったからか、調査は素早い。
聖堂内の像などを記述し、紙片などがあれば持ち帰る。
調査の大半を終えたバーナード班は、身廊に集まっていた。
「うちにあったものより歴史を感じるわね」
「そうだな。ところで、残すはあの部屋か」
ライオットの示す先には、銀で出来た扉。異質な部屋だと判断し、最後に調べることにしていた。
銀の扉には『聖騎士の間』と彫られており、輝いていた。
「……誰かが磨いた後だな」
「確かにそうですね。長椅子と比べて綺麗過ぎる」
バーナードは目を細めて、扉を開けた。
ライオットは少し後ろを警戒し、ギルタブとスピカは武器を手で触る。
底冷えする冷気と腐臭、それに讃美歌。
「な、あ、な……」
バーナードとギルタブは言葉を失い、スピカの髪は逆立ち、ライオットの肩には力が入る。
中には、部屋奥のサターン像に向かって歌い続ける鎧。
距離は10メートルほど。
背丈はバーナードと同じ。
マントには神マルスの紋章。
四人は武器を構え、硬直したが、ライオットがバーナードの肩を叩く。
バーナードは小さく息を吸い込む。
「そこの者ッ! 両手を上げ、ゆっくりとこちらを向きなさい!」
その言葉に、讃美歌は止まる。
錆びついた金属が擦れる音と共に、首だけでゆっくりと振り向く。
眼窩に空洞。
人では無かった。
ミイラの化け物。
額に宝石は無い。
首には銀灰色のアミュレット。
「……聖獣かッ!?」
ライオットはバーナードを押し除け、短弓から矢を放つ。
矢は冷気を切り裂き、額に命中。
ミイラは頭部への衝撃を受け、後ろに吹き飛んだ。
「やったか?」
ミイラは手を使わず、枯れ果てた臓物から起き上がり、讃美歌を歌い始め、迫ってきた。
額には矢が刺さり、そこから微かに血が垂れていた。射撃は効いていない。
「逃げるぞッ!」
ギルタブの怒声と同時に、バーナード班は元来た道に走り出した。
聖堂に讃美歌が響き、壁から腕が生えてくる。泥を被った子どもが這い出る。
皆、ギルタブに縋ろうと手を伸ばす。
「くっ! やめろォ!」
ギルタブは短槍で突き、払い、退ける。
身廊の中ほどまで走り切ると、背後にしなやかな何かが大理石を引き摺る音がした。
「大蛇ッ!」
スピカの声が響く。
黄ばんだ人の歯で笑顔を見せていた。
黒い肌は乾燥し、眼窩は無い。
背筋に嫌なものが流れる。
額には赤く蠢く宝石。
「逃げろッ!」
誰の声か分からぬ叫び声を合図に、四人はさらに走る速度を上げた。
筋肉が悲鳴をあげ、鎧が擦れる。
大蛇は四人より素早く、長椅子や壁を伝い、ギルタブに飛びかかった。
「ギルタブッ!」
ギルタブの肩口に噛みつき、腹に巻きつく。鎧から悲鳴が上げる。
横と後ろからは、泥の子どもがじわじわと迫って来ている。
「ぐ、ぐ、ぐ、、ぐ」
ギルタブは大蛇の顔を殴り、槍で刺す。
槍に当たらないように宝石は巧妙に動かしている。
バーナードとスピカは、迫って来た泥の子どもを蹴飛ばす。
ライオットは大蛇を短弓で狙うが、射線に気付くと、ギルタブを盾にする。
小賢しい。
その時、ギルタブの背嚢が淡く光る。
「そうかッ、聖別矢。ギルタブッ! 聖別矢を刺せッ!」
ライオットはかつて渡した友情の証を思い出し、声を張り上げた。
ギルタブは背嚢から聖別矢ーー神リゲルの奇蹟が施された物を取り出すと、
「ぐ、うおおおおおおッ!」
醜い獣の宝石に突き立てた。
「ぎゃああああああッ! あ、あ……」
蛇は灰となり、矢は役目で終えて、彼方へ砕け散る。
灰の山に金属片が現れた。
「新手が来たぞ」
銀の扉の奥からは、蛇、蝿が迫る。
泥の子どもの一部が姿を変えているように見えた。
「よし、さっさと逃げましょう!」
バーナードの声が通り過ぎ、四人は地下聖堂を走り切り、聖堂入り口の銀の扉を閉め、階段を駆け抜けた。
---
「はぁ、はぁ、あぁ……死ぬかと思いました……」
「……まったくだ」
井戸から抜け、バーナードとギルタブは座り込み、呼吸を整える。
「ギルタブ、それはなんですか?」
「……? なんだこれは」
銀灰色のアミュレットがギルタブの背嚢に掛かっていた。
二人はそれを訝しげに眺める。
「……報告用にお前が持っておけ」
「分かりました」
バーナードはそれを懐にしまった。
ライオットとスピカは背中で息しながら井戸を覗き込む。
「……ふぅ、追っては来ていないな」
「はぁ……あの時と言い、碌な思い出がないわ。もう、地下聖堂には近寄らないようにしましょう」
「……そうだな。さて、早くシンストラさんに報告しようか」
「あ、はぁ、もうちょっとだけ待って下さい……」
「まったく、体力つけなさいよ!」
スピカの文句は耳に入らず、井戸の底だけが聞き届けていた。
四人が息を整え、その場を後にすると、井戸の底に落ちていた松明の火が消えた。
再び、井戸を暗闇が包み込む。
蛇の口内のような暗黒。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる