悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

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王宮の廊下からは、ついに人影が消えた。
 
 磨き上げられていた大理石の床は埃を被り、窓を飾っていた豪奢なカーテンは、逃げ出した使用人たちが「給料の代わり」に剥ぎ取っていったせいで無残に垂れ下がっている。
 
「……おい。誰かいないのか! 私の朝食はどうした! 喉が渇いて死にそうだぞ!」
 
 セドリックが寝巻き姿で執務室に飛び込んできたが、そこには主を待つ文官も、温かい珈琲もなかった。
 
 ただ一人、最後に残った財務卿が、虚ろな目で巨大な金庫の前に座り込んでいた。
 
「……ああ、殿下。おはようございます。朝食なら、そこにある花瓶の水でもお飲みください。調理場のスタッフは昨夜、全員が隣国へ夜逃げいたしました」
 
「夜逃げだと!? 王宮に仕える名誉を捨ててか!」
 
「名誉では腹は膨れません。……見てください、これ。我が国の最後の一枚です」
 
 財務卿が震える手で差し出したのは、たった一枚の銅貨だった。
 
「な……、バカな。昨日、初代国王の像を溶かして金箔を作ったばかりだろう!」
 
「その金箔の代金を支払うために、街の商人から法外な利息で金を借りました。今朝、その返済期限が来たのですが……。彼らは金ではなく、王宮の備品を差し押さえにやってきました。今、裏口で騎士団と商人が殴り合いの喧嘩をしていますよ」
 
 財務卿は力なく笑い、懐から一通の書類を取り出した。
 
「これは……なんだ」
 
「内閣総辞職、および全官僚の辞職願です。……お疲れ様でした、殿下。この国は本日、正式に『経営破綻』いたしました。私はこれから、実家の田舎に帰ってジャガイモでも育てます」
 
「待て! 私を置いてどこへ行く! お前たちがいなくて、誰がこの国を動かすのだ!」
 
「動かす国がもうありません。……ああ、そういえばリリア様が先ほど、宝物庫の鍵を壊して中に入ろうとしておられましたよ。せめて最後に見繕って逃げるおつもりでしょうな」
 
 セドリックは崩れ落ちた。
 
 彼が「なんとかなる」と信じて疑わなかった王国の権威は、数字という名の冷徹な現実に、跡形もなく粉砕されたのだ。
 
 一方、その知らせはすぐさま隣国の大公領に届けられた。
 
「……。……。……。ふうん。予想より三日早かったわね」
 
 私はレオナード閣下から受け取った通信報告書を、珈琲を飲みながら淡々と眺めた。
 
「三日、か。君の予測精度は恐ろしいな、カタリア。これで君の母国は、事実上の無政府状態だ。……どうする? 今なら格安で買い叩けるぞ」
 
「買い叩く? 閣下、私はゴミ拾いが趣味ではありませんわ。あんな負債まみれの土地、タダでもいりません。……ただ、一つだけ回収しなければならない『資産』があるの」
 
「資産?」
 
「私が以前貸し付けた、利息込みの数億ゴルド。……それから、私の誇りを踏みにじったことに対する、法外な額の延滞金よ」
 
 私は手帳を閉じ、立ち上がった。
 
「閣下。そろそろ、こちらの『事業展開』を最終段階へ移行しましょうか。あの泥舟が完全に沈む前に、美味しいところだけ救い取ってあげるわ」
 
 私の瞳には、哀れみなど微塵もなかった。
 
 ただ、最も効率的な「債権回収」への情熱だけが、青白く燃えていた。
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