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「……殿下。放課後にこうして市井に繰り出すのは良いのですが、なぜ私の腕をこれほどまでに強く引き寄せるのですか?」
私は、王都のメインストリートを歩きながら、隣の男に小声で抗議した。
アルフォンス殿下は、今日は珍しく王族の正装ではなく、仕立ての良い平民風の服を身にまとっている。
だが、その隠しきれない高貴なオーラと美貌のせいで、周囲の視線を集めまくっていることには気づいていないらしい。
「デエト、だろう? 護衛の騎士たちには『私とカタリーナの半径十メートル以内に近づく者は、たとえ蚊であっても国家反逆罪で処刑する』と言い含めてあるから安心したまえ」
「蚊に法律は通用しませんわよ。……それに、デエトだなんて誰が決めたのですか」
「私だ。昨夜、君がバラに囲まれて眠る姿を想像しながら、完璧なスケジュールを組んだのだよ」
殿下は、私の言葉など風に流すようにして、一軒の高級宝飾店の前で足を止めた。
「おや、あのブローチ。君の瞳の色と同じ、深いアメジストだね。……店員! あのブローチを包んでくれ」
「あ、あら素敵……。でも殿下、昨夜もたくさんいただきましたし……」
私が少しだけ身を乗り出してショーケースを覗き込むと、殿下の目が怪しく光った。
「店員、訂正だ。そのブローチだけではない。この列の宝飾品、いや、この店にある在庫をすべて、シュバルツ公爵邸に届けてくれ」
「……はい?」
店員の口が、ぽかんと開いた。
「な、何を仰っているのですか殿下!? 全部だなんて!」
「君が少しでも興味を示したものが、他人の手に渡るなど耐えられない。……さあ、次はあちらの帽子屋だ」
殿下の暴走は止まらなかった。
私が「あのお花、綺麗ですね」と呟けば花屋の全在庫が消え、「このパン、香ばしい匂いがしますわ」と言えばパン屋の釜ごと買い取ろうとする勢いだ。
「待ってください! 買い占めはやめてくださいまし! これではデエトではなく、ただの略奪ですわ!」
私は、とうとう我慢できずに殿下の正面に立ちふさがった。
緊張と怒りで、私の眉間には深い皺が寄り、目は鋭く吊り上がっているはずだ。
「……っ!」
殿下が、息を呑んで立ちすくんだ。
「……殿下?」
「……素晴らしい。夕暮れの光に照らされた、その『我儘な王を諫める悲劇の聖女』のような冷徹な眼差し……! 今の表情を維持してくれるなら、買い占めはやめて、この街の半分を君の名義で登記するだけに留めよう」
「余計にタチが悪いですわ!!」
私は思わず叫んだ。
周囲の平民たちが「何事だ?」とこちらを見ているが、そんなことはもうどうでもいい。
「自由にしていいと言ったはずです。私は、何も欲しくありません。ただ、普通に……普通に歩きたいだけなんですの」
私は肩で息をしながら、切実に訴えた。
すると殿下は、少しだけ寂しそうな顔をして、私の頬にそっと手を添えた。
「……そうか。君は、物では満たされない高潔な魂を持っているのだね。私の浅はかな考えを許してくれ、カタリーナ」
「わかってくだされば良いのですわ。……さあ、帰りましょう」
「ああ。……だが、せめてこの『君との初めての外出記念』として、この通りの名前を今日から『カタリーナ通り』に変更する手続きだけはさせておくれ」
「……お父様、私を今すぐ別の国へ逃がしてくださいまし」
私は夕日に向かって、本日何度目かわからない絶望の祈りを捧げた。
殿下の「推し活」の規模は、もはや個人の資産を超え、国家のインフラにまで浸食し始めていたのである。
私は、王都のメインストリートを歩きながら、隣の男に小声で抗議した。
アルフォンス殿下は、今日は珍しく王族の正装ではなく、仕立ての良い平民風の服を身にまとっている。
だが、その隠しきれない高貴なオーラと美貌のせいで、周囲の視線を集めまくっていることには気づいていないらしい。
「デエト、だろう? 護衛の騎士たちには『私とカタリーナの半径十メートル以内に近づく者は、たとえ蚊であっても国家反逆罪で処刑する』と言い含めてあるから安心したまえ」
「蚊に法律は通用しませんわよ。……それに、デエトだなんて誰が決めたのですか」
「私だ。昨夜、君がバラに囲まれて眠る姿を想像しながら、完璧なスケジュールを組んだのだよ」
殿下は、私の言葉など風に流すようにして、一軒の高級宝飾店の前で足を止めた。
「おや、あのブローチ。君の瞳の色と同じ、深いアメジストだね。……店員! あのブローチを包んでくれ」
「あ、あら素敵……。でも殿下、昨夜もたくさんいただきましたし……」
私が少しだけ身を乗り出してショーケースを覗き込むと、殿下の目が怪しく光った。
「店員、訂正だ。そのブローチだけではない。この列の宝飾品、いや、この店にある在庫をすべて、シュバルツ公爵邸に届けてくれ」
「……はい?」
店員の口が、ぽかんと開いた。
「な、何を仰っているのですか殿下!? 全部だなんて!」
「君が少しでも興味を示したものが、他人の手に渡るなど耐えられない。……さあ、次はあちらの帽子屋だ」
殿下の暴走は止まらなかった。
私が「あのお花、綺麗ですね」と呟けば花屋の全在庫が消え、「このパン、香ばしい匂いがしますわ」と言えばパン屋の釜ごと買い取ろうとする勢いだ。
「待ってください! 買い占めはやめてくださいまし! これではデエトではなく、ただの略奪ですわ!」
私は、とうとう我慢できずに殿下の正面に立ちふさがった。
緊張と怒りで、私の眉間には深い皺が寄り、目は鋭く吊り上がっているはずだ。
「……っ!」
殿下が、息を呑んで立ちすくんだ。
「……殿下?」
「……素晴らしい。夕暮れの光に照らされた、その『我儘な王を諫める悲劇の聖女』のような冷徹な眼差し……! 今の表情を維持してくれるなら、買い占めはやめて、この街の半分を君の名義で登記するだけに留めよう」
「余計にタチが悪いですわ!!」
私は思わず叫んだ。
周囲の平民たちが「何事だ?」とこちらを見ているが、そんなことはもうどうでもいい。
「自由にしていいと言ったはずです。私は、何も欲しくありません。ただ、普通に……普通に歩きたいだけなんですの」
私は肩で息をしながら、切実に訴えた。
すると殿下は、少しだけ寂しそうな顔をして、私の頬にそっと手を添えた。
「……そうか。君は、物では満たされない高潔な魂を持っているのだね。私の浅はかな考えを許してくれ、カタリーナ」
「わかってくだされば良いのですわ。……さあ、帰りましょう」
「ああ。……だが、せめてこの『君との初めての外出記念』として、この通りの名前を今日から『カタリーナ通り』に変更する手続きだけはさせておくれ」
「……お父様、私を今すぐ別の国へ逃がしてくださいまし」
私は夕日に向かって、本日何度目かわからない絶望の祈りを捧げた。
殿下の「推し活」の規模は、もはや個人の資産を超え、国家のインフラにまで浸食し始めていたのである。
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