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王立学院の卒業パーティー。
きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族の若者たちが談笑する中、その声は雷鳴のように響き渡りました。
「ナタリー・エヴァンス公爵令嬢! 君との婚約を、今この時をもって破棄させてもらう!」
第一王子、ジュリアン・ド・メディシスが、会場の中央で高らかに宣言しました。
その隣には、か弱い小動物のように震える男爵令嬢のリリィが、王子の腕にしがみついています。
「……えっ」
ナタリーは、手に持っていたカナッペを落としそうになるのを必死でこらえました。
彼女の脳内では、今まさに「この高級なエビのカナッペを、あといくつ食べられるか」という極めて重要な計算が行われていたからです。
「殿下、それは一体どういうことでしょうか」
ナタリーは扇で口元を隠し、淑女らしい困惑の表情を作り上げました。
しかし、その扇の下で彼女の口角は、物理的な限界を超えて吊り上がろうとしていたのです。
(キ、キター!! ついにこの日が来たわ! 自由! フリーダム! もうこのナルシスト王子の『僕の瞳に映る君は今日も輝いているね』なんていう、胃もたれするセリフを聞かなくていいのね!)
「とぼけるな! 君がリリィに対して行ってきた数々の悪逆非道な行為。僕の耳にはすべて届いているんだ!」
ジュリアン王子は、自分が悲劇のヒーローであるかのように、片手を額に当てて大げさなポーズを決めました。
周囲の生徒たちは、突然の修羅場に息を呑んで見守っています。
「リリィ様の教科書を池に投げ捨て、彼女のドレスに泥水をかけ、さらには階段から突き落とそうとした! これほどの証言があるのだ。言い逃れはさせないぞ!」
「……まあ、なんて恐ろしい」
ナタリーは棒読みにならないよう細心の注意を払いながら、声を震わせました。
(教科書を池に? そんな重いもの投げる筋肉があったら、もっと効率的に腹筋を鍛えるわよ。ドレスに泥水? クリーニング代がもったいないじゃない。階段から突き落とす? そんなリスクの高いことするより、足元にバナナの皮を置く方がまだマシだわ)
「ナタリー様……。私、あなたのことが怖くて……。でも、殿下が守ってくださるって言ってくれたから……」
リリィが、わざとらしいほど大きな涙を浮かべてジュリアンを見上げました。
その瞳には「勝った」という確信の光が宿っています。
「よしよし、リリィ。もう大丈夫だ。僕という真実の愛がある。ナタリーのような心の醜い女は、王妃の座にふさわしくない!」
「殿下、その『真実の愛』という言葉。本日で百四十二回目ですが、有効期限はいつまででしょうか?」
ナタリーがつい、本音を漏らしてしまいました。
会場が静まり返ります。
「な、なんだと……!?」
「いえ、何でもございませんわ。ただ、殿下がそこまで仰るのでしたら、私のような『心の醜い女』は、潔く身を引かせていただきます。ええ、今すぐにでも。この瞬間から!」
ナタリーはドレスの裾を優雅につまみ、完璧なカーテシーを披露しました。
あまりにも聞き分けが良い態度に、糾弾していたジュリアンのほうが拍子抜けした顔をしています。
「……ふん、ようやく自分の罪を認めたか。だが、タダで済むと思うなよ。公爵家には莫大な慰謝料を請求させてもらうからな!」
「もちろんでございます。どうぞ、お好きなだけご請求くださいませ(まあ、お父様が払うことになりますし、私はすでに自分の貯金を別の口座に移し終えていますから関係ありませんわ!)」
ナタリーの心は、すでに王都の喧騒を離れ、自由な一人旅の計画へと飛んでいました。
この重苦しいドレス、窮屈なコルセット、そして何より退屈な王宮行事。
それらすべてから解放される喜びが、全身の細胞を活性化させていきます。
「さあ、リリィ。こんな女の顔など二度と見たくない。行こう、僕たちの輝かしい未来へ!」
「はい、殿下……!」
二人は満足げに胸を張り、会場の出口へと歩き出しました。
ナタリーはその後ろ姿を見送りながら、周囲に聞こえない程度の声で呟きました。
「……お幸せに。その『輝かしい未来』が、三日坊主で終わらないことを祈っておりますわ」
周囲の貴族たちは、婚約破棄されて絶望しているはずのナタリーを同情の目で見つめていました。
しかし、彼らはまだ知りません。
ナタリーが扇の陰で、ガッツポーズを決めようとしていることを。
(さて、まずは帰って荷造りね。公爵邸に居座ってもお父様に何を言われるか分からないし……。このパーティーが終わるまでに、馬車の手配も済ませてしまいましょう)
ナタリーは、皿の上に残っていた最後のカナッペを素早く口に放り込みました。
もぐもぐと咀嚼しながら、彼女の目はすでに会場の裏口にある、脱出ルートを定めています。
「自由への第一歩は、この重いヒールを脱ぎ捨てることから始まるわ!」
ナタリーの、悪役令嬢としての人生が終わりを告げました。
そして、一人の「超現実主義な女」としての、爆走するような新生活が幕を開けようとしていたのです。
きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族の若者たちが談笑する中、その声は雷鳴のように響き渡りました。
「ナタリー・エヴァンス公爵令嬢! 君との婚約を、今この時をもって破棄させてもらう!」
第一王子、ジュリアン・ド・メディシスが、会場の中央で高らかに宣言しました。
その隣には、か弱い小動物のように震える男爵令嬢のリリィが、王子の腕にしがみついています。
「……えっ」
ナタリーは、手に持っていたカナッペを落としそうになるのを必死でこらえました。
彼女の脳内では、今まさに「この高級なエビのカナッペを、あといくつ食べられるか」という極めて重要な計算が行われていたからです。
「殿下、それは一体どういうことでしょうか」
ナタリーは扇で口元を隠し、淑女らしい困惑の表情を作り上げました。
しかし、その扇の下で彼女の口角は、物理的な限界を超えて吊り上がろうとしていたのです。
(キ、キター!! ついにこの日が来たわ! 自由! フリーダム! もうこのナルシスト王子の『僕の瞳に映る君は今日も輝いているね』なんていう、胃もたれするセリフを聞かなくていいのね!)
「とぼけるな! 君がリリィに対して行ってきた数々の悪逆非道な行為。僕の耳にはすべて届いているんだ!」
ジュリアン王子は、自分が悲劇のヒーローであるかのように、片手を額に当てて大げさなポーズを決めました。
周囲の生徒たちは、突然の修羅場に息を呑んで見守っています。
「リリィ様の教科書を池に投げ捨て、彼女のドレスに泥水をかけ、さらには階段から突き落とそうとした! これほどの証言があるのだ。言い逃れはさせないぞ!」
「……まあ、なんて恐ろしい」
ナタリーは棒読みにならないよう細心の注意を払いながら、声を震わせました。
(教科書を池に? そんな重いもの投げる筋肉があったら、もっと効率的に腹筋を鍛えるわよ。ドレスに泥水? クリーニング代がもったいないじゃない。階段から突き落とす? そんなリスクの高いことするより、足元にバナナの皮を置く方がまだマシだわ)
「ナタリー様……。私、あなたのことが怖くて……。でも、殿下が守ってくださるって言ってくれたから……」
リリィが、わざとらしいほど大きな涙を浮かべてジュリアンを見上げました。
その瞳には「勝った」という確信の光が宿っています。
「よしよし、リリィ。もう大丈夫だ。僕という真実の愛がある。ナタリーのような心の醜い女は、王妃の座にふさわしくない!」
「殿下、その『真実の愛』という言葉。本日で百四十二回目ですが、有効期限はいつまででしょうか?」
ナタリーがつい、本音を漏らしてしまいました。
会場が静まり返ります。
「な、なんだと……!?」
「いえ、何でもございませんわ。ただ、殿下がそこまで仰るのでしたら、私のような『心の醜い女』は、潔く身を引かせていただきます。ええ、今すぐにでも。この瞬間から!」
ナタリーはドレスの裾を優雅につまみ、完璧なカーテシーを披露しました。
あまりにも聞き分けが良い態度に、糾弾していたジュリアンのほうが拍子抜けした顔をしています。
「……ふん、ようやく自分の罪を認めたか。だが、タダで済むと思うなよ。公爵家には莫大な慰謝料を請求させてもらうからな!」
「もちろんでございます。どうぞ、お好きなだけご請求くださいませ(まあ、お父様が払うことになりますし、私はすでに自分の貯金を別の口座に移し終えていますから関係ありませんわ!)」
ナタリーの心は、すでに王都の喧騒を離れ、自由な一人旅の計画へと飛んでいました。
この重苦しいドレス、窮屈なコルセット、そして何より退屈な王宮行事。
それらすべてから解放される喜びが、全身の細胞を活性化させていきます。
「さあ、リリィ。こんな女の顔など二度と見たくない。行こう、僕たちの輝かしい未来へ!」
「はい、殿下……!」
二人は満足げに胸を張り、会場の出口へと歩き出しました。
ナタリーはその後ろ姿を見送りながら、周囲に聞こえない程度の声で呟きました。
「……お幸せに。その『輝かしい未来』が、三日坊主で終わらないことを祈っておりますわ」
周囲の貴族たちは、婚約破棄されて絶望しているはずのナタリーを同情の目で見つめていました。
しかし、彼らはまだ知りません。
ナタリーが扇の陰で、ガッツポーズを決めようとしていることを。
(さて、まずは帰って荷造りね。公爵邸に居座ってもお父様に何を言われるか分からないし……。このパーティーが終わるまでに、馬車の手配も済ませてしまいましょう)
ナタリーは、皿の上に残っていた最後のカナッペを素早く口に放り込みました。
もぐもぐと咀嚼しながら、彼女の目はすでに会場の裏口にある、脱出ルートを定めています。
「自由への第一歩は、この重いヒールを脱ぎ捨てることから始まるわ!」
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