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ベルンハルト要塞の中庭には、いくつもの巨大な焚き火が焚かれ、夜の闇を赤々と照らし出していました。
火の上で回転しながら焼かれているのは、北の森で獲れた巨大な猪や、岩山を駆け回る野生の羊たち。
脂の焼ける香ばしい匂いと、戦士たちの野太い笑い声が風に乗って響き渡ります。
「さあさあ、旦那様がお連れになった『王都の蝶々』をお迎えしようじゃないか!」
「おいおい、そんな繊細な呼び方は失礼だぜ。侍女長たちを一日で臣服させた、あの『筋肉の女神様』だぞ!」
兵士たちがジョッキを掲げて囃し立てる中、ナタリーはルードヴィヒにエスコートされて会場に姿を現しました。
ナタリーが選んだのは、動きやすさを重視しつつも、華やかな刺繍が施された濃紅色のドレス。
しかし、その足元はしっかりと革のブーツで固められ、いつでもスクワットができる準備は万端です。
「……ナタリー、あまり飛ばしすぎるなよ。ここの連中は、歓迎のつもりで死ぬほど飲ませようとしてくるからな」
ルードヴィヒが隣で低く囁くと、ナタリーは不敵な笑みを浮かべて彼を見上げました。
「ご心配なく、旦那様。私の辞書に『飲み負ける』という言葉はありませんわ。アルコールを分解するのもまた、内臓という名の筋肉の仕事ですもの」
「……内臓を筋肉と呼ぶのは、お前くらいだろうな」
二人が上座に座ると、バルカスが巨大な銀のトレイを運んできました。
そこには、ナタリーの顔よりも大きな肉の塊が、ドスンと鎮座しています。
「ナタリー様、まずはこの『北狼の心臓肉』を召し上がってください。これを平らげてこそ、真の辺境の住人として認められるのですわい」
バルカスが挑発するように目を細めましたが、ナタリーはその肉塊を見た瞬間、瞳をキラキラと輝かせました。
「まあ! なんて素晴らしい赤身肉かしら! この弾力、この筋繊維の密度……。まさに高タンパク、高アミノ酸の結晶ですわね!」
ナタリーは淑女らしくナイフを手に取りましたが、その切り分けるスピードは尋常ではありません。
一口、また一口と、ナタリーの胃袋へ吸い込まれていく肉。
周囲の兵士たちが、次第に静まり返ってその食べっぷりを注視し始めました。
「……おい、もう半分食ったぞ」
「あの細い体のどこに、あんな塊が入っていくんだ?」
「ふぅ……。ごちそうさま。やっぱり、搾りたての血液……いえ、新鮮な肉汁は最高のご馳走ですわね」
ナタリーが口元を拭うと、今度は一人の大男が巨大な樽を抱えて歩み寄ってきました。
「お嬢様! 食いっぷりは認めるが、飲みっぷりはどうだ!? この北方特産の『火の酒』を一杯、受けてもらえるか!」
それは、火を近づければ燃え上がるほど度数の高い、北の男たちの誇りとも言える毒酒でした。
「ナタリー様、それは無理に飲まなくても……」
アンが心配して袖を引きましたが、ナタリーはそれを制して立ち上がりました。
「火の酒? 面白いわ。私の喉越しの筋肉が、どれほどの熱量に耐えられるか試してみたいと思っていたところよ。……注いでちょうだい!」
ナタリーは差し出された巨大なジョッキを両手で受け取り、迷いなく一気に煽りました。
「……っ……!」
喉を焼くような感覚。しかしナタリーは、その熱さを全身の筋肉に循環させるようなイメージで、一滴もこぼさずに飲み干しました。
「ぷはぁっ! ……いいわね、これ。肝臓がキュッと引き締まるのが分かりますわ!」
ジョッキをテーブルに叩きつけると、会場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声に包まれました。
「「「うおおおおお!! 女神だ! 俺たちの新しい女神が現れたぞ!!」」」
兵士たちが拳を突き上げ、大地を揺らすほどの足踏みでナタリーを称えます。
「いいか、野郎ども! ナタリー様こそが、俺たちと共に戦い、共に食らう、ベルンハルトの女主人だ!」
「王都のひ弱な女だと思っていて悪かった! あんたは最高の『北の女』だぜ!」
ナタリーは、熱狂する領民たちを見渡し、満足げにルードヴィヒを振り返りました。
ルードヴィヒは呆れたように頭を振っていましたが、その瞳には隠しきれない敬意と、少しばかりの独占欲が入り混じっています。
「……お前という女は、どこまで俺の予想を超えていくんだ」
「ふふ、言ったでしょう? 筋肉は裏切らないし、筋肉を愛する者同士に壁なんてありませんわ」
ナタリーは、ルードヴィヒのジョッキを自分のものにカチンと当てました。
それは、形式的な契約結婚が、実質的な「魂の盟約」へと変わり始めた瞬間でもありました。
「さあ、旦那様! 夜はまだ長いですわよ。次はあっちの焚き火で焼いている、あの巨大なソーセージの筋肉……いえ、質感を確認しに行きましょう!」
ナタリーは、すっかり自分の虜になった領民たちの波の中へ、ルードヴィヒの手を引いて飛び込んでいきました。
アンは、ジョッキを片手に歌い踊る主人の背中を見ながら、ポツリと呟きました。
「……ナタリー様。もう誰にも、あなたを『悪役令嬢』だなんて呼ばせませんわ。……だって、これじゃあ完全に『蛮族の王妃』ですもの」
その夜、ベルンハルトの城は、王都のどのパーティーよりも熱く、激しく、そして「筋肉への賛美」に満ちた笑い声が絶えることはありませんでした。
ナタリーは、自らの胃袋と胆力をもって、北の大地にその旗を高く掲げたのです。
火の上で回転しながら焼かれているのは、北の森で獲れた巨大な猪や、岩山を駆け回る野生の羊たち。
脂の焼ける香ばしい匂いと、戦士たちの野太い笑い声が風に乗って響き渡ります。
「さあさあ、旦那様がお連れになった『王都の蝶々』をお迎えしようじゃないか!」
「おいおい、そんな繊細な呼び方は失礼だぜ。侍女長たちを一日で臣服させた、あの『筋肉の女神様』だぞ!」
兵士たちがジョッキを掲げて囃し立てる中、ナタリーはルードヴィヒにエスコートされて会場に姿を現しました。
ナタリーが選んだのは、動きやすさを重視しつつも、華やかな刺繍が施された濃紅色のドレス。
しかし、その足元はしっかりと革のブーツで固められ、いつでもスクワットができる準備は万端です。
「……ナタリー、あまり飛ばしすぎるなよ。ここの連中は、歓迎のつもりで死ぬほど飲ませようとしてくるからな」
ルードヴィヒが隣で低く囁くと、ナタリーは不敵な笑みを浮かべて彼を見上げました。
「ご心配なく、旦那様。私の辞書に『飲み負ける』という言葉はありませんわ。アルコールを分解するのもまた、内臓という名の筋肉の仕事ですもの」
「……内臓を筋肉と呼ぶのは、お前くらいだろうな」
二人が上座に座ると、バルカスが巨大な銀のトレイを運んできました。
そこには、ナタリーの顔よりも大きな肉の塊が、ドスンと鎮座しています。
「ナタリー様、まずはこの『北狼の心臓肉』を召し上がってください。これを平らげてこそ、真の辺境の住人として認められるのですわい」
バルカスが挑発するように目を細めましたが、ナタリーはその肉塊を見た瞬間、瞳をキラキラと輝かせました。
「まあ! なんて素晴らしい赤身肉かしら! この弾力、この筋繊維の密度……。まさに高タンパク、高アミノ酸の結晶ですわね!」
ナタリーは淑女らしくナイフを手に取りましたが、その切り分けるスピードは尋常ではありません。
一口、また一口と、ナタリーの胃袋へ吸い込まれていく肉。
周囲の兵士たちが、次第に静まり返ってその食べっぷりを注視し始めました。
「……おい、もう半分食ったぞ」
「あの細い体のどこに、あんな塊が入っていくんだ?」
「ふぅ……。ごちそうさま。やっぱり、搾りたての血液……いえ、新鮮な肉汁は最高のご馳走ですわね」
ナタリーが口元を拭うと、今度は一人の大男が巨大な樽を抱えて歩み寄ってきました。
「お嬢様! 食いっぷりは認めるが、飲みっぷりはどうだ!? この北方特産の『火の酒』を一杯、受けてもらえるか!」
それは、火を近づければ燃え上がるほど度数の高い、北の男たちの誇りとも言える毒酒でした。
「ナタリー様、それは無理に飲まなくても……」
アンが心配して袖を引きましたが、ナタリーはそれを制して立ち上がりました。
「火の酒? 面白いわ。私の喉越しの筋肉が、どれほどの熱量に耐えられるか試してみたいと思っていたところよ。……注いでちょうだい!」
ナタリーは差し出された巨大なジョッキを両手で受け取り、迷いなく一気に煽りました。
「……っ……!」
喉を焼くような感覚。しかしナタリーは、その熱さを全身の筋肉に循環させるようなイメージで、一滴もこぼさずに飲み干しました。
「ぷはぁっ! ……いいわね、これ。肝臓がキュッと引き締まるのが分かりますわ!」
ジョッキをテーブルに叩きつけると、会場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声に包まれました。
「「「うおおおおお!! 女神だ! 俺たちの新しい女神が現れたぞ!!」」」
兵士たちが拳を突き上げ、大地を揺らすほどの足踏みでナタリーを称えます。
「いいか、野郎ども! ナタリー様こそが、俺たちと共に戦い、共に食らう、ベルンハルトの女主人だ!」
「王都のひ弱な女だと思っていて悪かった! あんたは最高の『北の女』だぜ!」
ナタリーは、熱狂する領民たちを見渡し、満足げにルードヴィヒを振り返りました。
ルードヴィヒは呆れたように頭を振っていましたが、その瞳には隠しきれない敬意と、少しばかりの独占欲が入り混じっています。
「……お前という女は、どこまで俺の予想を超えていくんだ」
「ふふ、言ったでしょう? 筋肉は裏切らないし、筋肉を愛する者同士に壁なんてありませんわ」
ナタリーは、ルードヴィヒのジョッキを自分のものにカチンと当てました。
それは、形式的な契約結婚が、実質的な「魂の盟約」へと変わり始めた瞬間でもありました。
「さあ、旦那様! 夜はまだ長いですわよ。次はあっちの焚き火で焼いている、あの巨大なソーセージの筋肉……いえ、質感を確認しに行きましょう!」
ナタリーは、すっかり自分の虜になった領民たちの波の中へ、ルードヴィヒの手を引いて飛び込んでいきました。
アンは、ジョッキを片手に歌い踊る主人の背中を見ながら、ポツリと呟きました。
「……ナタリー様。もう誰にも、あなたを『悪役令嬢』だなんて呼ばせませんわ。……だって、これじゃあ完全に『蛮族の王妃』ですもの」
その夜、ベルンハルトの城は、王都のどのパーティーよりも熱く、激しく、そして「筋肉への賛美」に満ちた笑い声が絶えることはありませんでした。
ナタリーは、自らの胃袋と胆力をもって、北の大地にその旗を高く掲げたのです。
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