運命は変わる。「婚約破棄だ!」と王子が叫んだ瞬間。

桃瀬ももな

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「……というわけで、アスカ・フォン・ローゼン。貴様に『三日間の強制休暇』を命じる」

王宮の謁見の間。

玉座に座る国王陛下から下されたその言葉に、私は耳を疑った。

「……陛下。恐れ入りますが、もう一度お願いします。聞き間違いでなければ『休暇』という、私の辞書にはない単語が聞こえたのですが」

「聞き間違いではない。休みだ。仕事をするな。ペンを持つな。書類を見るな」

国王陛下は疲れたようにこめかみを押さえた。

その隣には、満足げな顔をしたジークフリート宰相と、なぜか直立不動で虚空を見つめているカイル王子が並んでいる。

昨日の『査問会』は、我々の完全勝利で幕を閉じた。

レイナによる地獄の特訓(洗脳)を受けたカイル王子は、査問会の場でまるで精密機械のように証言したのだ。

『アスカ様ハ、無実デス。全テハ、僕ノ怠慢デシタ。アスカ様ノ業務管理ハ、神ノ御業デス』

焦点の定まらない目で淡々と語る王子の姿に、保守派の貴族たちは「あ、これ以上突っ込んだらヤバい」と察して撤退した。

私の潔白は証明された。

しかし、その代償として突きつけられたのが、この『強制休暇命令』だった。

「……陛下。私が三日も休めば、決裁書類が山となり、行政が麻痺します」

私が抗議すると、ジークフリートが口を挟んだ。

「安心しろ。その間の業務は私が全て引き受ける」

「閣下が過労死してしまいます」

「構わない。……それに、これはアスカのためだ」

ジークフリートは真剣な眼差しで私を見た。

「最近の君は働きすぎだ。顔色が悪い(※徹夜明けで白いだけ)。少しは陽の光を浴びて、年頃の娘らしい時間を過ごしてきなさい」

「年頃の娘らしい時間……?」

「ショッピングとか、カフェ巡りとか、恋バナとかだ」

「非生産的です」

「いいから行け! これは王命であり、業務命令だ!」

国王と宰相にハモられてしまっては、さすがの私も従わざるを得なかった。

こうして私は、城を追い出されるようにして、王都の街へと放り出されたのである。



王都の大通り。

私は変装のために、地味なベージュのワンピースに身を包み、ツバの広い帽子を被って歩いていた。

「……暇だ」

歩き始めて十分で、私は結論に達した。

やることがない。

普段なら、分刻みのスケジュールで動いている。

しかし今は、何の予定もない。

ただ漫然と歩くという行為が、これほど苦痛だとは思わなかった。

「……ショッピング、でしたっけ」

私は周囲の店に目を向けた。

色とりどりのドレスが並ぶ服屋。

宝石店。

雑貨屋。

普通の令嬢なら目を輝かせる光景だろう。

しかし、私の脳内では自動的に『解析モード』が起動してしまう。

(……あの服屋、ディスプレイの色彩配置が悪いわね。寒色系を前に出しすぎて購買意欲を下げている。改善案:暖色系をメインに配置換え)

(……あのパン屋、行列ができているけれど、レジの動線が非効率。客の滞在時間が長すぎて回転率が落ちている。改善案:事前注文制の導入と、受け渡し口の分離)

(……あの露店、野菜の鮮度が落ち始めているのに定価で売っている。在庫処分のタイミングを見誤っているわ。改善案:タイムセールの実施)

歩けば歩くほど、街中の『非効率』が目についてイライラする。

ああ、改善したい。

あの店主にアドバイスをして、売上を倍増させてやりたい。

右手が無意識にペンを探して空を切る。

「……いけない。今は休暇中よ」

私は首を振り、自分を戒めた。

仕事を忘れるために来たのだ。

何か、もっと平和なものを見よう。

そう思って広場の噴水ベンチに座った、その時だった。

「…………」

視線を感じた。

それも、かなり熱烈で、粘着質な視線だ。

(……尾行?)

私は帽子を深く被り直し、手鏡を使って背後を確認した。

人混みの中。

不自然なほどオーラを消そうとして、逆に目立っている長身の男がいる。

平民風のシャツにズボンというラフな格好だが、その体躯の良さと、隠しきれない気品が周囲から浮いている。

さらに、顔には妙な黒縁メガネをかけているが、それがかえって怪しさを増幅させている。

(……下手くそか)

見間違えるはずもない。

我が上司にして婚約者、ジークフリート・フォン・シュヴァルツ宰相閣下だ。

「……私の仕事を奪っておいて、自分もサボりですか」

私は呆れてため息をついた。

しかし、ここで声をかけるのも癪だ。

少し泳がせてみよう。

私は立ち上がり、あえて入り組んだ路地裏へと進んだ。

背後の気配がついてくる。

角を曲がり、また角を曲がる。

そして、行き止まりの壁の前で、私はパッと振り返った。

「……そこで何をしているのですか、ストーカーさん?」

「っ!?」

路地の陰から顔を出しかけていた男が、ビクッと固まった。

「あ、いや……これは……」

ジークフリート(変装ver)は、バツが悪そうにメガネの位置を直した。

「……奇遇だな、アスカ。こんなところで会うとは」

「『奇遇』の確率計算をしましょうか? 王都の人口二十万人の中で、路地裏で遭遇する確率は〇・〇〇〇一パーセント以下ですが」

「……」

「それに、そのメガネ。度が入っていませんよね? 伊達メガネですか? 似合っていませんよ」

「……店員には『知的でクールに見える』と勧められたのだが」

ジークフリートはガックリと肩を落とし、メガネを外した。

途端に、いつもの美貌が露わになり、路地裏がパッと明るくなった気がした。

「はあ……。で、どうしてここに? 私の休暇を邪魔しに来たのですか?」

「違う。……心配だったんだ」

彼は拗ねた子供のように視線を逸らした。

「君が一人で街に出るなんて……悪い虫がつかないか、誘拐されないか、あるいは詐欺師に騙されないか……気になって書類が手につかなかった」

「私は子供ではありません」

「私にとっては、君は守るべき……その、大切な……」

彼は口ごもり、顔を赤くした。

「……補佐官だ」

「語尾が弱いです」

私はやれやれと首を振った。

結局、この過保護な魔王からは逃げられない運命らしい。

「分かりました。……もう見つかってしまったのですから、同行を許可します」

「本当か!?」

ジークフリートの顔が輝いた。

「ただし、条件があります」

「なんだ、何でも言え。全財産か?」

「仕事の話は禁止です。今日は『休暇』ですから」

「……努力する」

こうして、奇妙な『お忍びデート』が始まった。



「……これはなんだ?」

「焼き串です。庶民のファストフードですよ」

大通りの露店。

ジークフリートは、串に刺さった肉をまじまじと観察している。

「衛生管理は大丈夫なのか? 肉の部位は? 焼き加減のムラが気になるが」

「細かいことは気にしないで食べてください。美味しいですから」

私は自分の分の串を齧った。

香ばしいタレの味と、肉汁が口いっぱいに広がる。

「んっ……美味しい」

「……ほう」

ジークフリートは、私が食べる様子をじっと見ていたかと思うと、意を決して自分の串にかぶりついた。

「……む」

「どうですか?」

「……悪くない。いや、旨いな」

彼は目を丸くした。

「城の料理より、活気がある味がする」

「でしょう? このタレには、果実を煮詰めた隠し味が使われています。原価率は低いですが、満足度を高める工夫がされていますね」

「なるほど。このタレのレシピを買い取って、軍の携帯食料に応用すれば士気が上がるかもしれない」

「あ、いいですね。大量生産ラインに乗せればコストダウンも……」

ハッとした。

二人同時に顔を見合わせる。

「……仕事の話、禁止でしたね」

「……うむ。条件反射だ」

私たちは苦笑いをした。

どうしても、思考回路がそちらに行ってしまう。

似た者同士なのだ。

その後も、私たちは街を巡った。

大道芸人のパフォーマンスを見ては、「あの投げ銭の回収システムは効率が悪い」と考えたり。

カップルで賑わう雑貨屋に入っては、「このペア商品の陳列棚、導線設計が甘い」と分析したり。

言葉には出さないが、お互いに同じことを考えているのが分かってしまう。

それが何とも言えず、居心地が良かった。

夕暮れ時。

私たちは見晴らしの良い丘の上の公園にいた。

眼下には、オレンジ色に染まる王都の街並みが広がっている。

「……綺麗ですね」

私が素直に感想を漏らすと、隣のジークフリートが静かに頷いた。

「ああ。……だが、私にはこの景色よりも美しく見えるものがある」

「出ましたね、そのキザな台詞。どうせ『君の方が綺麗だ』とか言うんでしょう?」

私が先回りで封じると、ジークフリートは意地悪そうに笑った。

「いや。私が言いたかったのは、『君が計算した通りに動いている街』のことだ」

「え?」

彼は街を指差した。

「見てみろ。あの大通りの荷馬車の流れ。……君が先月、交通規制の条例を改正したおかげで、渋滞が解消されている」

「あ……」

「あそこの市場の明かり。……君が照明器具の税率を下げたおかげで、夜間営業が可能になり、活気づいている」

ジークフリートは私を見た。

その瞳には、夕日よりも熱い色が宿っていた。

「アスカ。君がデスクの上で戦った結果が、この景色を作っているんだ。……美しいと思わないか?」

私は言葉を失った。

自分の仕事が、数字や書類の枠を超えて、こうして生きた景色として目の前にある。

それを、一番近くで見ていてくれた人が、認めてくれている。

胸の奥が、じんわりと熱くなった。

「……閣下。それは、反則です」

私は帽子を目深に被り、涙腺が緩むのを隠した。

「どんな口説き文句より……効きますよ、今の」

「口説いたつもりはない。事実確認(ファクトチェック)だ」

彼は優しく私の肩を抱いた。

今度は、拒絶しなかった。

心地よい風が吹く。

このまま、もう少しだけこの空気に浸っていたい。

そう思った、その時だった。

「……ん?」

私の鼻が、微かな違和感を捉えた。

「どうかしたか?」

「……匂います」

「私の体臭か!?」

「違います。……風に乗って、何やら焦げ臭いような……いえ、もっと甘ったるい、薬品のような匂いが」

私は立ち上がり、匂いの元へ視線を凝らした。

街の北側。

貴族街の一角から、不自然な色の煙が立ち昇っているのが見えた。

「閣下、あれを」

「……紫色の煙?」

ジークフリートの表情が険しくなる。

「あれは……禁呪薬(ドラッグ)の精製時に出る煙に似ている」

「禁呪薬? 違法なアレですか?」

「ああ。最近、地下ルートで出回っているという報告があったが……まさか、王都のど真ん中で?」

私の脳内で、瞬時に『休暇モード』が終了し、『業務モード』が再起動した。

「……閣下。デートは中止です」

「……やむを得んな」

私たちは顔を見合わせた。

「現場へ急行します。……市場調査(マーケットリサーチ)のついでに、害虫駆除といきましょうか」

「ああ。私の大事な休暇を台無しにした罪、高くつくと教えてやろう」

ジークフリートが、懐からロッドを取り出した(なんで持ってるの)。

私たちは丘を駆け下りた。

甘い雰囲気は消え失せ、そこには歴戦のバディとしての頼もしい背中があった。

やはり私たちには、ロマンチックなデートより、血生臭い事件現場の方がお似合いらしい。

(……ま、それも悪くないか)

私はスカートの裾を翻し、夜の街へと飛び込んでいった。
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