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桃瀬ももな

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領主会議を終え、コロンはゼノのエスコートを受けて専用の魔導馬車へと向かっていた。
周囲には彼女を一目見ようと、あるいは少しでもその知己を得ようとする貴族たちが遠巻きに並んでいる。

「ゼノ様、先ほどの会議で王国の非効率な部門の八割をカットできましたわ。これで来期の純利益はさらに十五%上乗せね。……ふふ、計算通りの完璧な収支だわ」

コロンは手元の帳面を閉じ、満足げに微笑んだ。
その美しさは、かつて「冷徹な悪役令嬢」と蔑まれていた頃とは比較にならないほど、自信と知性に満ち溢れている。

「ああ。君の采配は今日も見事だったよ、コロン。……だが、馬車に乗る前に、一つだけ『片付けるべき不法投棄物』が視界に入ったようだ」

ゼノが冷ややかな視線を送る先――王宮の裏門近くの、ゴミ捨て場にほど近い影から、泥にまみれた二つの人影が這い出してきた。

「コ……コロン! コロンじゃないか! 待ってくれ!」

聞き覚えのある、しかし以前の威厳など微塵も感じられない掠れた声。
現れたのは、ボロボロの服を纏い、髪を振り乱したリヒト王子とミーナであった。

彼らを制止しようとする衛兵たちを、コロンは手制止で止める。
わざわざ自分の時間を割いてまで彼らと対面する理由は一つ。「最終的な資産価値の査定」を済ませるためだ。

「……あら。そこに落ちているのは、リヒト殿下とミーナ様かしら? あまりに周囲の風景に溶け込んでいて、危うく踏みつけるところでしたわ。……セバス、今の回避動作によって失われた私のエネルギーを、金貨換算しておいて」

「承知いたしました。約三千ゴールドといったところですな」

コロンの事務的な言葉に、リヒトは震える手で彼女のドレスの裾を掴もうとした。
だが、ゼノがその手を冷たく踏みつけるようにして遮る。

「……触るな。君のその汚れた手が、このドレスの時価価値をどれだけ損なうか理解しているのか?」

「ゼ、ゼノ公爵……いや、皇太子殿下……! 聞いてくれ! 私は、私は間違っていたんだ!」

リヒトは床に膝をつき、必死の形相でコロンを見上げた。
その瞳には、かつての傲慢さはなく、ただ自分を救ってほしいという醜い懇願だけが宿っている。

「コロン! 私はミーナに騙されていたんだ! 彼女が『聖女』だなんて、全部嘘だったんだよ! 本当の賢女は、私の隣にふさわしいのは、お前だけだったんだ! ……さあ、もう一度やり直そう。私がすべてを許してやる。マニエールの財力があれば、王宮はまた輝きを取り戻せるんだ!」

リヒトの厚かましい発言に、周囲の貴族たちから失笑が漏れる。
しかしコロンは、怒るどころか、不思議そうな顔でリヒトを見下ろした。

「……やり直す? リヒト殿下、貴方は今、極めて非論理的なことを仰いましたね。……一分待ってあげるわ。その『やり直す』ことによって、私にどのような利益があるのか、具体的な数字で説明してくださる?」

「え、ええと……それは……私が、王妃という地位をもう一度与えてやるんだ! 愛だ! 愛があれば、利益なんて……!」

「却下。……愛という不確定要素を担保に、私の全資産をドブに捨てるような投資をするほど、私は愚かではありません。……そもそも、貴方の仰る『地位』の価値は、現在マイナスです。負債しかない組織の役員報酬がゼロなのは、経営の常識でしょう?」

「そ、そんな……! それならミーナだ! こいつを好きにしていい! 奴隷にでも何でも売ってくれ! だから私だけは助けてくれ!」

リヒトがミーナを突き飛ばすと、ミーナもまた泣き叫びながらコロンの足元に縋り付いた。

「コロン様ぁぁ! 私、反省しましたわ! 私、本当はお掃除だって得意なんです! お嬢様のメイドにしてくださるなら、一生、無給で働きますわ! だから、あの冷たい床で寝るのはもう嫌なんですぅ!」

ミーナの鼻水と涙で汚れきった顔。
かつて「愛の力」を説いていた彼女の姿は、今や一欠片の気高さも残っていない。

「無給……? いいえ、お断りします。貴方の労働効率を計算したところ、教育コストと食費が、貴方の生み出す価値を大幅に上回ることが判明しました。……つまり、貴方を雇うことは、我が家にとって純然たる『赤字』なのよ」

コロンは冷淡に、しかし完璧な正論で彼女を切り捨てた。

「……リヒト殿下。ミーナ様。……貴方たちは、かつて私を『夢のない女』『愛を知らない計算機』と呼びましたわね。……ええ、その通りよ。私は計算機だわ。だからこそ、計算が合わない相手と時間を共有することほど、耐え難い苦痛はないの」

コロンはゼノの差し出した手を取り、ゆっくりと馬車のステップへと足をかけた。

「……セバス。この二人には、マニエール領の『最低賃金労働者の募集要項』を一枚渡しておいて。……もちろん、採用されるかどうかは、彼らの実力次第だけれど。……あ、それから。私の視界に入ったことによる『視覚汚染料』として、さっきの三千ゴールドは彼らの労働賃金から天引きしておいてちょうだい」

「かしこまりました。厳正に処理いたします」

「待って! コロン! 行かないでくれぇ!!」

リヒトの絶叫が響くが、馬車の扉は無情にも閉じられた。
最新の魔導エンジンが静かに回り出し、コロンとゼノを乗せた馬車は、王宮の埃を置き去りにして滑らかに走り出す。

車内では、ゼノがコロンの肩を抱き寄せ、優しく微笑んだ。

「……お疲れ様、コロン。最高の『清算』だったね」

「清算……。そうね。これでようやく、私の人生から『不要な負債』が完全に消えたわ。……さあ、ゼノ様。次の駅の建設コストについて、議論を再開しましょうか。……一秒でも早く、世界を私の計算通りに動かしたいの」

「ははっ。……ああ、もちろんだ。……君の隣で、僕も一生分の愛を『投資』し続けるよ」

コロンは、窓の外を流れる景色を見つめながら、心の中で算盤を弾いた。
過去のノイズは消え去り、未来の利益は無限大。

彼女の人生という名の帳簿は、今、最高に美しい黄金のバランスを保っていた。
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