婚約破棄ですか? ではこちらが請求書です!

桃瀬ももな

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ガレリア帝国とアステール王国を繋ぐ、大陸初の超高速魔導鉄道。
その開通式典は、数千人の記者と各国の王族が見守る中、圧倒的なスケールで執り行われていた。

「……ゼノ様。式典の進行が三秒遅れていますわ。来賓の挨拶を十%ほどカットして、運行開始のレバーを引くべきよ」

壇上の袖で、コロンは懐中時計を片手に指示を飛ばしていた。
彼女の隣には、金糸をふんだんに使った軍服に身を包んだゼノが、眩いばかりの笑みを浮かべて立っている。

「ははっ。三秒の遅れを許さない君が、僕の人生のパートナーになってくれる。……これほど心強いことはないよ、コロン」

ゼノは彼女の細い腰を引き寄せ、そのまま大衆が待つ演壇の中央へと歩み出た。
沸き起こる歓声。しかし、その中には複雑な表情を浮かべるアステール王国の旧臣たちの姿もあった。

「……静粛に。本日、この大陸の歴史は『効率』と『数字』によって塗り替えられた」

ゼノの声が、魔導拡声器を通じて式典会場全体に響き渡る。
彼は隣に立つコロンの手を高く掲げ、集まった群衆と、そしてアステール王国の代表席を見据えた。

「ここで一つ、全世界に宣言したいことがある。……マニエール公爵令嬢、コロン。彼女はもはや、一国の公爵令嬢ではない」

会場がざわめく。リヒト王子(の代理として出席していた数少ない文官)が、青ざめた顔で身を乗り出した。

「彼女は本日をもって、ガレリア帝国の『共同経営者』であり、私の正妃……次期皇后として迎え入れることを正式に発表する!」

爆発的な歓声。だが、ゼノの言葉はそれだけでは終わらなかった。

「さらに。……アステール王国に対し、ガレリア帝国より『経済的な宣戦布告』を行う」

一瞬にして会場が静まり返る。宣戦布告、という不穏な言葉に誰もが息を呑んだ。

「……宣戦布告? ゼノ様、それは穏やかではないわね。……一応、私の計算では『経済的吸収』と呼ぶべき段階だけれど」

コロンが冷静に補足すると、ゼノは満足げに頷いた。

「その通りだ。……アステール王国は、長年にわたる放漫経営と王族の浪費により、国家としての信用スコアが完全に失滅した。……よって、本日よりアステール王国の通貨価値はガレリア帝国が保証するが、その代償として、王国の全徴税権と土地管理権はコロンが運営する『マニエール・ガレリア投資公社』が接収する!」

「な……なんだと!? 王国の主権を、一介の令嬢に渡すというのか!」

アステール王国の文官が叫ぶが、ゼノは冷笑を浮かべて一蹴した。

「一介の令嬢? ……笑わせるな。彼女がいなければ、君たちの国は今朝のパンを買う金すら用意できなかったはずだ。……これは戦争ではない。単なる『不良債権の整理』だ。文句があるなら、今すぐ我が国が肩代わりしている借金、一千億ゴールドを一括で返済してもらおうか」

「い、一千億……!?」

文官は泡を吹いてその場に倒れ込んだ。
アステール王国の旧態依然とした権力は、コロンが積み上げてきた「数字」という暴力の前に、一瞬にして無力化されたのである。

「……さて。皆様、おわかりいただけたかしら?」

コロンが一歩前へ出て、冷徹な、しかし最高に美しい微笑を湛えた。

「これより、この大陸のルールは『愛』や『血統』ではなく、『利益』と『信頼』が支配します。……私の計算に従う者には繁栄を。……過去の栄光に縋り、非効率を愛する者には、徹底的な『コストカット』を。……以上よ。さあ、鉄道を走らせなさい。時間は金貨そのものなのだから!」

コロンが黄金のレバーを引き下げると、魔導列車の汽笛が空高く鳴り響いた。
それは、無能な支配者たちの時代が終わり、一人の「悪役(と称された)令嬢」が世界を正しく運営し始める、新しい時代の幕開けの合図だった。

   * * *

一方、式典会場の柵の外。
野次馬に紛れてその光景を眺めていたリヒトとミーナは、地面にへたり込んでいた。

「……一千億。……コロンは、そんな桁外れの世界にいたのか……。……私が彼女を『婚約破棄』した時の請求書なんて、彼女にとっては単なる端数だったというのか……」

リヒトの瞳から、もはや涙すら出ない。
あまりにも巨大な力の差を見せつけられ、彼は自分の存在がいかに矮小であったかを、骨の髄まで理解した。

「殿下ぁ……。私、あんなキラキラした生活がしたかったですわ……。……どうして、私たちはこんなに汚い服を着て、草を食べているのかしら……」

ミーナが震える手で、道端に生えている「ヤギ殺し」を握りしめた。

「……効率だ。……彼女は、効率を選び、私たちは愛という名の無能を選んだ。……その結果が、これだ……」

走り出した魔導列車の風圧が、惨めな二人を容赦なく吹き飛ばす。
二度と届かない高みへと登り詰めたコロンの姿は、彼らの瞳にはもう、光り輝く「数字」の集合体にしか見えなかった。
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