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王立大広間の熱狂は、国王陛下の「国教宣言」によって最高潮に達していました。
しかし、その光り輝くステージの片隅で、一人だけ真っ白な灰のようになっている男がいました。
「……な、国教? 桃が? そんな、馬鹿なことがあってたまるか! 父上、お気を確かに! たかが果実ですよ!?」
セドリック様が、必死の形相で国王陛下の裾に縋り付きました。
ですが、陛下は冷徹な眼差しでその手を振り払ったのです。
「黙れ、セドリック。余は今、かつてないほど正気だ。……むしろ、お前の正気を疑うぞ。これほどの至宝を『不気味』と呼び、あまつさえ伐採しようとしたとは」
「それは……俺の権威を守るためで……!」
「権威だと? 民を飢えさせ、国の宝を蔑ろにする者に、何の権威があるというのだ。……お前には、王位を継ぐ資格など微塵もない」
陛下の宣言に、会場中の貴族たちが息を呑みました。
「本日をもって、セドリック・ド・ラ・ロワイアルの王太子位を剥奪し、廃嫡とする。……身分は平民に落とし、その身柄はピーチベル辺境伯家に預けるものとする!」
「……は? ひ、平民!? 俺を、あの泥臭い領地に送るというのですか!?」
セドリック様が絶叫しましたが、陛下はすでに私の方を向いて、にっこりと微笑んでおられました。
「モモカ嬢。……この愚か者をどう扱うかは、お前に一任しよう。殺すも生かすも、桃の肥料にするも自由だ」
「あら、陛下。桃の肥料にするには、少々アクが強すぎますわ。桃たちが胸焼けを起こしてしまいます」
私は扇子を優雅に閉じ、震えるセドリック様を見下ろしました。
「……セドリック様。いえ、セドリックさん。私の領地へようこそ」
「モ、モモカ……! 頼む、慈悲を! 俺が悪かった! 婚約破棄は取り消す! だから……!」
「慈悲なら差し上げますわ。……我が家には今、缶詰工場の増設に伴い、深刻な人手不足が発生しておりますの」
私は、彼の目の前に一振りの、年季の入ったナイフを突き立てました。
「あなたには、今日から『一級桃皮剥き係・兼・種取り担当見習い』として働いていただきますわ。毎日三千個の桃を、傷一つ付けずに剥き続けていただきます」
「さ、三千個……!? そんなの、手がボロボロになってしまう!」
「あら、手の品格が落ちるのがお嫌いですか? でも大丈夫ですわよ。あなたの直属の上司が、手取り足取り……いえ、鞭とスコップで指導してくださいますから」
私の合図と共に、人混みを割って現れたのは、誰あろうリリアさんでした。
彼女は、今や王宮のドレスよりも、泥のついたエプロン姿が似合う猛者へと進化しています。
「……セドリック。覚悟はいいかしら? 私の監視は厳しいわよ。桃の皮を厚く剥きすぎたら、その日は夕食抜きなんだから!」
「リ、リリア……! お前、俺の味方ではなかったのか!?」
「味方? 笑わせないで。今の私の味方は、糖度二十度以上の桃だけよ! さあ、さっさと馬車に乗りなさい。明日の朝一番の収穫から、あなたを叩き直してあげるわ!」
リリアさんは、泣き叫ぶセドリック様を軽々と担ぎ上げ(農作業で鍛えた怪力ですわね)、そのまま会場の外へと引きずっていきました。
「……いいのか、モモカ。あんな男、どこかに追放してもよかったのだぞ」
アルスター公爵が、少しだけ呆れたように私に囁きました。
「いいえ、アルスター様。……桃の素晴らしさを理解できないまま死なせるのは、私にとって最大の屈辱です。……彼には、自分の手が桃の香りで染まり、その美味しさに涙するまで、徹底的に桃と向き合っていただきますわ」
「……ふっ、やはり君は、世界で最も甘くて残酷な支配者だな」
公爵様は、私の手を優しく取り、勝利のダンスへと誘ってくださいました。
王宮から響き渡る元王太子の悲鳴をBGMに、私たちは最高級の桃のシャンパンで乾杯しました。
これで、すべての障害は取り除かれました。
残るは……私の、そして私たちの「桃色の未来」を形にするだけです。
しかし、その光り輝くステージの片隅で、一人だけ真っ白な灰のようになっている男がいました。
「……な、国教? 桃が? そんな、馬鹿なことがあってたまるか! 父上、お気を確かに! たかが果実ですよ!?」
セドリック様が、必死の形相で国王陛下の裾に縋り付きました。
ですが、陛下は冷徹な眼差しでその手を振り払ったのです。
「黙れ、セドリック。余は今、かつてないほど正気だ。……むしろ、お前の正気を疑うぞ。これほどの至宝を『不気味』と呼び、あまつさえ伐採しようとしたとは」
「それは……俺の権威を守るためで……!」
「権威だと? 民を飢えさせ、国の宝を蔑ろにする者に、何の権威があるというのだ。……お前には、王位を継ぐ資格など微塵もない」
陛下の宣言に、会場中の貴族たちが息を呑みました。
「本日をもって、セドリック・ド・ラ・ロワイアルの王太子位を剥奪し、廃嫡とする。……身分は平民に落とし、その身柄はピーチベル辺境伯家に預けるものとする!」
「……は? ひ、平民!? 俺を、あの泥臭い領地に送るというのですか!?」
セドリック様が絶叫しましたが、陛下はすでに私の方を向いて、にっこりと微笑んでおられました。
「モモカ嬢。……この愚か者をどう扱うかは、お前に一任しよう。殺すも生かすも、桃の肥料にするも自由だ」
「あら、陛下。桃の肥料にするには、少々アクが強すぎますわ。桃たちが胸焼けを起こしてしまいます」
私は扇子を優雅に閉じ、震えるセドリック様を見下ろしました。
「……セドリック様。いえ、セドリックさん。私の領地へようこそ」
「モ、モモカ……! 頼む、慈悲を! 俺が悪かった! 婚約破棄は取り消す! だから……!」
「慈悲なら差し上げますわ。……我が家には今、缶詰工場の増設に伴い、深刻な人手不足が発生しておりますの」
私は、彼の目の前に一振りの、年季の入ったナイフを突き立てました。
「あなたには、今日から『一級桃皮剥き係・兼・種取り担当見習い』として働いていただきますわ。毎日三千個の桃を、傷一つ付けずに剥き続けていただきます」
「さ、三千個……!? そんなの、手がボロボロになってしまう!」
「あら、手の品格が落ちるのがお嫌いですか? でも大丈夫ですわよ。あなたの直属の上司が、手取り足取り……いえ、鞭とスコップで指導してくださいますから」
私の合図と共に、人混みを割って現れたのは、誰あろうリリアさんでした。
彼女は、今や王宮のドレスよりも、泥のついたエプロン姿が似合う猛者へと進化しています。
「……セドリック。覚悟はいいかしら? 私の監視は厳しいわよ。桃の皮を厚く剥きすぎたら、その日は夕食抜きなんだから!」
「リ、リリア……! お前、俺の味方ではなかったのか!?」
「味方? 笑わせないで。今の私の味方は、糖度二十度以上の桃だけよ! さあ、さっさと馬車に乗りなさい。明日の朝一番の収穫から、あなたを叩き直してあげるわ!」
リリアさんは、泣き叫ぶセドリック様を軽々と担ぎ上げ(農作業で鍛えた怪力ですわね)、そのまま会場の外へと引きずっていきました。
「……いいのか、モモカ。あんな男、どこかに追放してもよかったのだぞ」
アルスター公爵が、少しだけ呆れたように私に囁きました。
「いいえ、アルスター様。……桃の素晴らしさを理解できないまま死なせるのは、私にとって最大の屈辱です。……彼には、自分の手が桃の香りで染まり、その美味しさに涙するまで、徹底的に桃と向き合っていただきますわ」
「……ふっ、やはり君は、世界で最も甘くて残酷な支配者だな」
公爵様は、私の手を優しく取り、勝利のダンスへと誘ってくださいました。
王宮から響き渡る元王太子の悲鳴をBGMに、私たちは最高級の桃のシャンパンで乾杯しました。
これで、すべての障害は取り除かれました。
残るは……私の、そして私たちの「桃色の未来」を形にするだけです。
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