婚約破棄、感謝感激雨あられ!悪役令嬢は平民ライフを爆走

桃瀬ももな

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王宮の伝統ある大晩餐会。
それは、着飾った貴族たちが腹の探り合いをしながら、味の薄いコンソメスープを啜るという、私に言わせれば「人生の時間の無駄遣い」の極致のような行事だった。


けれど、今夜は違う。
会場を埋め尽くすのは、煌びやかなドレスの香水の匂いではなく――胃袋を直接掴んで揺さぶるような、香ばしい肉とスパイス、そして焦げた醤油の暴力的な香りだ。


「……キュール。本当にこれでいくんだな? 王宮の礼法係が泡を吹いて倒れていたぞ」


厨房の入り口で、正装の騎士服に身を包んだゼノン様が、苦笑しながら私に声をかけた。
私は、シルクのドレス……の上から、頑丈な革のエプロンを締め、手には相棒のフライパンを握りしめて不敵に笑う。


「当然ですわ。陛下からは『好きにせよ』とのお墨付きをいただいていますもの。……今夜は、この退屈な王宮を私の『悪役飯』で征服して差し上げますわよ!」


私は高らかに宣言し、調理場に並ぶ料理人たちに合図を送った。
「開宴ですわ! 並べるだけ並べなさいな!」


晩餐会の扉が開かれ、着飾った貴族たちが席に着く。
彼らが期待していたのは、一口サイズの繊細なオードブルだった。
しかし、運ばれてきたのは――。


「な、何だこれは!? 皿から肉がはみ出しているではないか!」


「この黒いタレは何だ!? ニンニクの匂いが……ああ、しかし、なんて官能的な香りなんだ!」


一品目から、私は飛ばした。
その名も『悪役令嬢特製・欲望の塊ステーキ、ガーリック醤油の海に溺れて』。
分厚い肉の塊に、これでもかとばかりに煮詰めた濃厚なタレをかけ、さらに揚げたてのフライドガーリックを山盛りにした逸品だ。


「皆様、マナーなんて気になさらないで! フォークがじれったいなら、手掴みでもよろしくてよ!」


私は会場の中央へ進み出て、拡声の魔道具を手に叫んだ。
ざわついていた貴族たちが、一斉に私に注目する。


「美味しいものは、美しく食べるものではありません。……夢中で、なりふり構わず、魂を燃やして食べるものですわ! さあ、あのおバカな王太子の浪費で疲弊した胃袋に、活力を注入なさいな!」


その瞬間、一人の老侯爵が、我慢できずに肉にかぶりついた。
「……っ! う、うまい! なんだ、この脂の甘みは! 今まで食べていた薄汚いゼリー寄せは何だったんだ!」


それを皮切りに、会場はカオスと化した。
優雅な令嬢たちがドレスの袖を捲り上げ、骨付き肉をしゃぶり、公爵たちがソースで顔を汚しながら大笑いしてワインを煽る。


「これだ……。これこそが、我々が求めていた『生の喜び』だ!」


国王陛下までもが、玉座で豪快に肉を頬張っている。
その後ろで、アリスター殿下だけが呆然と立ち尽くしていた。


「……キュール。貴様、こんな……こんな野蛮な真似をして、王宮の品位を……」


「殿下。品位でお腹が膨れますの? ……見てくださいな、皆様のあの笑顔を。……貴方のバラの花びらでは、誰もこんなに幸せそうには笑いませんわよ」


私は殿下の目の前に、特製のおにぎりを差し出した。
かつて彼が「庶民の食べ物」と馬鹿にした、あの爆弾おにぎりだ。


「殿下も食べなさいな。……これを食べて、自分がどれだけ狭い世界で、独りよがりな美学を押し付けていたかを知るのですわ」


アリスター殿下は、震える手でおにぎりを受け取った。
そして、恐る恐る口に運ぶ。
一口、噛み締めた瞬間――殿下の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……温かい。……母上が、昔作ってくれたものと同じ、温かさがする……」


「あら。意外と可愛いところがあるんですのね。……リアナさん、あとはよろしくてよ?」


「お任せください、師匠!」


隣で幸せそうに肉を食べていたリアナさんが、殿下の背中を力強く叩いた。
「殿下! これからは二人で、この美味しいご飯にふさわしい国を作っていきましょうね!」


こうして、王太子は完全に「陥落」した。
彼が二度と、私のところに「復縁」なんて寝言を言いに来ることはないだろう。
なぜなら、今の彼の目には、私のフライパンよりもリアナさんの差し出す肉の方が輝いて見えているからだ。


宴もたけなわ。
私は、会場の隅で私を見守っていたゼノン様の元へ歩み寄った。


「……ゼノン様。私の『大勝負』、いかがでしたかしら?」


「最高だった。……お前がフライパンを振るう姿は、どんな剣舞よりも私の胸を打つ」


ゼノン様は私の腰を引き寄せ、耳元で優しく囁いた。


「……これで、お前の道は決まったな。……財務監督官であり、騎士団の女王。……そして、私の妻だ」


「……まだ返事はしていませんわよ?」


「……嘘をつけ。……お前、さっきから私の胸板で心臓が暴れているぞ」


私は赤くなった顔を、彼の肩に押し付けた。
周囲の喝采と、美味しい料理の香り。
私が求めていた「自由」は、独りぼっちで荒野を走ることではなく、愛する人たちを私の料理で幸せにしながら、一番美味しい場所を独占することだったのだ。


「……覚悟してくださいましね、ゼノン様。……私の人生は、これからがおかわり(本番)ですわよ!」


私は最高の笑顔で、彼を見上げた。
悪役令嬢の逆転劇は、これ以上ないほど満腹の結末を迎えようとしていた。
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