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「ダイヤ・フォス・アルマ! 貴様のような冷酷な女は、王妃の座にふさわしくない! 今この瞬間をもって、婚約を破棄する!」
煌びやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーの真っ最中。
第一王子カイルの声が、ホール全体に響き渡りました。
エスコートしていたはずの私を突き放し、カイル様はその太い腕で隣にいる小柄な少女の肩を抱き寄せます。
彼女こそ、最近「聖女」として崇められている平民出身の少女、メルさんです。
私は手に持っていたシャンパングラスを、給仕の盆にそっと戻しました。
そして、扇子を広げることもなく、淡々と彼を見つめます。
「……左様でございますか」
「なんだその反応は! もっと驚くとか、泣いて縋るとかあるだろう!」
「いえ、特にございません。殿下がお決めになったことですので」
「この、血も涙もない女め! メルがいかに貴様に虐げられてきたか、私はすべて聞いているのだぞ!」
メルさんは、私の視線を感じると「ヒッ」と短い悲鳴を上げて、カイル様の胸に顔を埋めました。
震える肩、潤んだ瞳。
まさに、悪役令嬢にいじめられた悲劇のヒロイン、といった風情です。
「具体的には、どのような嫌がらせを?」
「図々しくも聞き返すか! 教科書を破り、ドレスを汚し、挙句の果てには階段から突き落とそうとしただろう!」
「なるほど。それは大変な災難でしたね」
私は事務的に頷きました。
周囲の貴族たちは、私を蔑むような、あるいは憐れむような視線で見ています。
ですが、私の頭の中にあるのは、別のことでした。
「(教科書を破る? そんな非効率なことに時間を使うわけがないでしょう。紙の無駄です。ドレスを汚す? クリーニング代を請求されたら損をするのはこちらです。階段から突き落とす? 打ちどころが悪くて死なれたら、殺人罪で裁判沙汰です。メリットが一つもありませんわ)」
私は心の中で、それらの行為がいかに「コストパフォーマンス」に欠けるかを計算していました。
そもそも、このおバカな王子と結婚して、一生彼の支離滅裂な言動に付き合うコストを考えれば、この婚約破棄は「棚からぼたもち」です。
「殿下、確認ですが。その婚約破棄、今ここで確定ということでよろしいですね? 後からの撤回は一切認められませんが」
「当たり前だ! 二度と私の前に顔を出すな!」
「承知いたしました。では、速やかにこの場を失礼いたします。あ、それから」
私はドレスの裾を軽く持ち上げ、完璧なカーテシーを披露しました。
「婚約破棄に伴う慰謝料の請求、および、これまで私が肩代わりしていた殿下の遊興費、並びにメル様の『聖女修行』と称するエステ代等の領収書は、明日中に王宮へ届けさせていただきます」
「なっ……な、何を言っている! 金の話など今するな!」
「お金の話こそが、人生において最も重要な話ですわ。それでは、皆様。楽しいパーティーの続きを。ごきげんよう」
私は一度も振り返ることなく、堂々と会場を後にしました。
背後でカイル様が何かを叫んでいましたが、私の耳には届きません。
会場の外に出ると、夜風が心地よく頬を撫でました。
「ああ、せいせいした。これでやっと、あの無能な王子の書類仕事を代わりにやる毎日から解放されるわ」
私は馬車に乗り込むと、隠し持っていた手帳を取り出しました。
そこには、王国の隣にある「ノートン商業国」の地図と、移住計画がびっしりと書き込まれています。
「さて、第二の人生……いえ、新しい生活の始まりね。まずはこの国を捨てる準備から始めましょう」
私は馬車の窓から、遠ざかる王城を見つめました。
あそこに残されたのは、計算のできない王子と、嘘で固められた聖女。
そして、最も有能な「管理職」を失ったことに気づいていない、無能な重臣たちだけです。
「一ヶ月後には、あの国の経済はガタガタになるでしょうけれど。……まあ、私には関係のないことですわね」
私は、今度こそ心からの微笑みを浮かべました。
冷徹と呼ばれた「氷の微笑」ではありません。
それは、自由を手に入れた一人の商売人が浮かべる、欲深い、けれど最高に明るい笑顔でした。
煌びやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーの真っ最中。
第一王子カイルの声が、ホール全体に響き渡りました。
エスコートしていたはずの私を突き放し、カイル様はその太い腕で隣にいる小柄な少女の肩を抱き寄せます。
彼女こそ、最近「聖女」として崇められている平民出身の少女、メルさんです。
私は手に持っていたシャンパングラスを、給仕の盆にそっと戻しました。
そして、扇子を広げることもなく、淡々と彼を見つめます。
「……左様でございますか」
「なんだその反応は! もっと驚くとか、泣いて縋るとかあるだろう!」
「いえ、特にございません。殿下がお決めになったことですので」
「この、血も涙もない女め! メルがいかに貴様に虐げられてきたか、私はすべて聞いているのだぞ!」
メルさんは、私の視線を感じると「ヒッ」と短い悲鳴を上げて、カイル様の胸に顔を埋めました。
震える肩、潤んだ瞳。
まさに、悪役令嬢にいじめられた悲劇のヒロイン、といった風情です。
「具体的には、どのような嫌がらせを?」
「図々しくも聞き返すか! 教科書を破り、ドレスを汚し、挙句の果てには階段から突き落とそうとしただろう!」
「なるほど。それは大変な災難でしたね」
私は事務的に頷きました。
周囲の貴族たちは、私を蔑むような、あるいは憐れむような視線で見ています。
ですが、私の頭の中にあるのは、別のことでした。
「(教科書を破る? そんな非効率なことに時間を使うわけがないでしょう。紙の無駄です。ドレスを汚す? クリーニング代を請求されたら損をするのはこちらです。階段から突き落とす? 打ちどころが悪くて死なれたら、殺人罪で裁判沙汰です。メリットが一つもありませんわ)」
私は心の中で、それらの行為がいかに「コストパフォーマンス」に欠けるかを計算していました。
そもそも、このおバカな王子と結婚して、一生彼の支離滅裂な言動に付き合うコストを考えれば、この婚約破棄は「棚からぼたもち」です。
「殿下、確認ですが。その婚約破棄、今ここで確定ということでよろしいですね? 後からの撤回は一切認められませんが」
「当たり前だ! 二度と私の前に顔を出すな!」
「承知いたしました。では、速やかにこの場を失礼いたします。あ、それから」
私はドレスの裾を軽く持ち上げ、完璧なカーテシーを披露しました。
「婚約破棄に伴う慰謝料の請求、および、これまで私が肩代わりしていた殿下の遊興費、並びにメル様の『聖女修行』と称するエステ代等の領収書は、明日中に王宮へ届けさせていただきます」
「なっ……な、何を言っている! 金の話など今するな!」
「お金の話こそが、人生において最も重要な話ですわ。それでは、皆様。楽しいパーティーの続きを。ごきげんよう」
私は一度も振り返ることなく、堂々と会場を後にしました。
背後でカイル様が何かを叫んでいましたが、私の耳には届きません。
会場の外に出ると、夜風が心地よく頬を撫でました。
「ああ、せいせいした。これでやっと、あの無能な王子の書類仕事を代わりにやる毎日から解放されるわ」
私は馬車に乗り込むと、隠し持っていた手帳を取り出しました。
そこには、王国の隣にある「ノートン商業国」の地図と、移住計画がびっしりと書き込まれています。
「さて、第二の人生……いえ、新しい生活の始まりね。まずはこの国を捨てる準備から始めましょう」
私は馬車の窓から、遠ざかる王城を見つめました。
あそこに残されたのは、計算のできない王子と、嘘で固められた聖女。
そして、最も有能な「管理職」を失ったことに気づいていない、無能な重臣たちだけです。
「一ヶ月後には、あの国の経済はガタガタになるでしょうけれど。……まあ、私には関係のないことですわね」
私は、今度こそ心からの微笑みを浮かべました。
冷徹と呼ばれた「氷の微笑」ではありません。
それは、自由を手に入れた一人の商売人が浮かべる、欲深い、けれど最高に明るい笑顔でした。
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