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「……九億、十億。ふふ、ようやく旧アルマ王国の再建事業が黒字に転換しましたわ。予定より三ヶ月も早い。実に見事な投資回収効率だわ」
かつての王宮、現在は『ダイヤ・ジェイド合同商事』の総本部となった執務室。
私は窓の外に広がる、活気に満ちた新都を眺めながら、手元の計算機を愛おしそうに撫でました。
あの日、婚約破棄を突きつけられ、身一つで国を飛び出した私が、まさかその国をまるごと買い取って経営することになるとは。
人生とは、実に「先行投資」のしがいがある面白いゲームですわね。
「おめでとう、ダイヤ。君の冷徹な采配のおかげで、我が公爵家の資産も昨対比で四百パーセントの伸びを記録しているよ。……さて、黒字化のお祝いに、私の愛を五分間ほど無償提供してもいいかな?」
背後から忍び寄ってきたジェイド様が、私の腰に手を回し、首筋に顔を寄せました。
私は一瞬だけ彼の方を向き、手元の時計をチラリと確認しました。
「ジェイド様。現在の私の時給を考えれば、五分間の拘束は金貨百枚分の損失に相当しますわ。……ですが、今回の黒字化へのあなたの協力に免じて、特別に『福利厚生』として計上してあげます」
「ははは! 妻に抱きつくのに福利厚生の申請が必要とはね! ……ああ、最高だ。君のその、愛すらも『コスト』と『ベネフィット』で語る姿勢、一生飽きることがないよ」
ジェイド様は、私の肩を抱き寄せ、深く甘い口づけを落としました。
それは、かつてカイル殿下が求めてきたような甘ったるい依存ではなく、対等な強者同士が交わす、鉄のような信頼と欲望の証。
「……ところでダイヤ。例の『不良債権』たちの様子、見に行くかい? 今日は月に一度の、公開処刑……ではなく、『人生の失敗例展示会』の日だよ」
「ええ、視察は経営者の義務ですものね。……アリス、準備はいいかしら?」
「はい、ボス! 最新の『無能が国を滅ぼすまでのダイジェスト映像』、バッチリ編集済みですわ!」
私たちは、城下町の中央広場にある「啓発施設」へと向かいました。
そこでは、かつての王子と聖女が、今や市民たちの「反面教師」として立派に……いえ、惨めに働かされていました。
「……くそっ、なぜ私が、こんな下水道の清掃を……。私は、私は選ばれし王のはず……っ!」
「あー、腰が痛いですわぁ……。ねえ、誰か私の『聖女の力』でこの泥を消してちょうだい! ……ヒッ、見ないで! 石を投げないでぇぇ!!」
膝まで泥に浸かり、必死に溝をさらうカイル様と、カビ臭い布をボロ雑巾にして地面を磨くメルさん。
通行人の子供たちが、彼らを見ては「お母さん、お勉強しないとああなるの?」と指を指しています。
「……殿下、メルさん。精が出ますわね。……あなたたちのその労働、今日一日で銀貨一枚分の価値も生み出せていないようだけれど?」
私が声をかけると、二人は弾かれたように顔を上げました。
眩いばかりのドレスと、圧倒的な覇気を纏った私の姿を見て、カイル様はガタガタと震えながら叫びました。
「ダイヤ……! 頼む、もう許してくれ! 私は……私は気づいたんだ、本当に愛していたのは君だったと! だから……!」
「愛? ……カイル殿下。あなたが口にするその言葉、現在、市場では不渡りを出した紙屑以下の価値しかありませんわ。……ジェイド様、この方、まだ『自分に価値がある』と誤認しているようですわよ?」
「おやおや、重症だね。……係員、この二人のノルマを倍にして。……いいかい王子。君の『愛』とやらを叫ぶ暇があるなら、その手元のドブ板を磨きなさい。それが君がこの世界に返せる、唯一の『利息』なんだから」
ジェイド様の冷徹な一言で、二人は絶望の悲鳴を上げながら再び泥の中に顔を沈めました。
彼らには一生をかけて、自分が消費した「他人の努力」の重さを学んでもらうつもりです。
もちろん、その労働力も余さず搾り取りますけれど。
「……さて。無駄なノイズも片付いたことだし。……ジェイド様、次の商談に行きましょうか?」
「ああ。……今度はどこの国を買い取ろうか、ダイヤ。……君が望むなら、この大陸全ての経済を、君の手の中に収めてみせるよ」
「ふふ、いいわね。……独占禁止法に抵触しない程度に、世界を効率化して差し上げますわ」
私たちは、夕日に照らされた新しい都の道を、堂々と歩き出しました。
愛なんて、不確かなものはいらない。
欲しいのは、誰にも文句を言わせない圧倒的な資産。
そして、その資産を共に築き上げ、笑い合える、最強のパートナー。
私の計算機が弾き出した「幸福」の解。
それは、どんなお伽話の王子様との結婚よりも、ずっと高利回りで、確実なものでした。
「……愛していますわ、ジェイド様。……あ、今の言葉、追加料金として金貨一万枚請求しますからね?」
「ははは! 喜んで払うよ、一生かけてね!」
金貨の触れ合う音こそが、私たちの祝福の鐘。
悪役令嬢ダイヤの、あまりにも愉快で効率的な物語は、最高益を更新し続けながら、永遠に続いていくのです。
かつての王宮、現在は『ダイヤ・ジェイド合同商事』の総本部となった執務室。
私は窓の外に広がる、活気に満ちた新都を眺めながら、手元の計算機を愛おしそうに撫でました。
あの日、婚約破棄を突きつけられ、身一つで国を飛び出した私が、まさかその国をまるごと買い取って経営することになるとは。
人生とは、実に「先行投資」のしがいがある面白いゲームですわね。
「おめでとう、ダイヤ。君の冷徹な采配のおかげで、我が公爵家の資産も昨対比で四百パーセントの伸びを記録しているよ。……さて、黒字化のお祝いに、私の愛を五分間ほど無償提供してもいいかな?」
背後から忍び寄ってきたジェイド様が、私の腰に手を回し、首筋に顔を寄せました。
私は一瞬だけ彼の方を向き、手元の時計をチラリと確認しました。
「ジェイド様。現在の私の時給を考えれば、五分間の拘束は金貨百枚分の損失に相当しますわ。……ですが、今回の黒字化へのあなたの協力に免じて、特別に『福利厚生』として計上してあげます」
「ははは! 妻に抱きつくのに福利厚生の申請が必要とはね! ……ああ、最高だ。君のその、愛すらも『コスト』と『ベネフィット』で語る姿勢、一生飽きることがないよ」
ジェイド様は、私の肩を抱き寄せ、深く甘い口づけを落としました。
それは、かつてカイル殿下が求めてきたような甘ったるい依存ではなく、対等な強者同士が交わす、鉄のような信頼と欲望の証。
「……ところでダイヤ。例の『不良債権』たちの様子、見に行くかい? 今日は月に一度の、公開処刑……ではなく、『人生の失敗例展示会』の日だよ」
「ええ、視察は経営者の義務ですものね。……アリス、準備はいいかしら?」
「はい、ボス! 最新の『無能が国を滅ぼすまでのダイジェスト映像』、バッチリ編集済みですわ!」
私たちは、城下町の中央広場にある「啓発施設」へと向かいました。
そこでは、かつての王子と聖女が、今や市民たちの「反面教師」として立派に……いえ、惨めに働かされていました。
「……くそっ、なぜ私が、こんな下水道の清掃を……。私は、私は選ばれし王のはず……っ!」
「あー、腰が痛いですわぁ……。ねえ、誰か私の『聖女の力』でこの泥を消してちょうだい! ……ヒッ、見ないで! 石を投げないでぇぇ!!」
膝まで泥に浸かり、必死に溝をさらうカイル様と、カビ臭い布をボロ雑巾にして地面を磨くメルさん。
通行人の子供たちが、彼らを見ては「お母さん、お勉強しないとああなるの?」と指を指しています。
「……殿下、メルさん。精が出ますわね。……あなたたちのその労働、今日一日で銀貨一枚分の価値も生み出せていないようだけれど?」
私が声をかけると、二人は弾かれたように顔を上げました。
眩いばかりのドレスと、圧倒的な覇気を纏った私の姿を見て、カイル様はガタガタと震えながら叫びました。
「ダイヤ……! 頼む、もう許してくれ! 私は……私は気づいたんだ、本当に愛していたのは君だったと! だから……!」
「愛? ……カイル殿下。あなたが口にするその言葉、現在、市場では不渡りを出した紙屑以下の価値しかありませんわ。……ジェイド様、この方、まだ『自分に価値がある』と誤認しているようですわよ?」
「おやおや、重症だね。……係員、この二人のノルマを倍にして。……いいかい王子。君の『愛』とやらを叫ぶ暇があるなら、その手元のドブ板を磨きなさい。それが君がこの世界に返せる、唯一の『利息』なんだから」
ジェイド様の冷徹な一言で、二人は絶望の悲鳴を上げながら再び泥の中に顔を沈めました。
彼らには一生をかけて、自分が消費した「他人の努力」の重さを学んでもらうつもりです。
もちろん、その労働力も余さず搾り取りますけれど。
「……さて。無駄なノイズも片付いたことだし。……ジェイド様、次の商談に行きましょうか?」
「ああ。……今度はどこの国を買い取ろうか、ダイヤ。……君が望むなら、この大陸全ての経済を、君の手の中に収めてみせるよ」
「ふふ、いいわね。……独占禁止法に抵触しない程度に、世界を効率化して差し上げますわ」
私たちは、夕日に照らされた新しい都の道を、堂々と歩き出しました。
愛なんて、不確かなものはいらない。
欲しいのは、誰にも文句を言わせない圧倒的な資産。
そして、その資産を共に築き上げ、笑い合える、最強のパートナー。
私の計算機が弾き出した「幸福」の解。
それは、どんなお伽話の王子様との結婚よりも、ずっと高利回りで、確実なものでした。
「……愛していますわ、ジェイド様。……あ、今の言葉、追加料金として金貨一万枚請求しますからね?」
「ははは! 喜んで払うよ、一生かけてね!」
金貨の触れ合う音こそが、私たちの祝福の鐘。
悪役令嬢ダイヤの、あまりにも愉快で効率的な物語は、最高益を更新し続けながら、永遠に続いていくのです。
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