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「……モルニャ。起きろ。朝食の時間だ。今日はお前の好きな、西の海で獲れた最高級の銀鱗鮭を空輸させた」
カーテンが勢いよく開けられ、まばゆい朝日が部屋に差し込みました。
私は、シルクの巨大クッション——通称『特製モルニャちぐら』——の中で、芋虫のように丸まっていました。
「……あと、五分。あと五分だけ、二度寝という名の深海へ潜らせてくださいな、カイル様……」
「ならん。お前のために、料理長が夜通し小骨を抜いていたのだ。鮮度が落ちる前に食べろ」
視界の端に、軍服を完璧に着こなしたカイル様の姿が映ります。
この方、朝からどうしてそんなに無駄に格好いいのでしょうか。
しかも、その手には何やら黄金に輝くお盆が握られています。
「ほら、一口食べてみろ。あーん、だ」
「……はぁ!? カイル様、私、一応これでも(元)公爵令嬢ですわよ? 自分で食べることくらい……はむっ!」
差し出された銀箸の先にある鮭の身を、抗えずに口にしてしまいました。
その瞬間、私の脳内に大海原が広がりました。
「……っ! 美味しい……! 脂の乗りが、昨日までのものとは次元が違いますわ! 噛まなくても溶けていく……これ、お魚の形をしたバターですの?」
「気に入ったか。ならば、全部食べさせてやろう。……よし、いい子だ。次はこれだ」
カイル様は、まるで雛鳥に餌をやる親鳥のような、あるいは子猫にミルクを与える飼い主のような慈愛に満ちた表情で、次々と鮭を口に運んできます。
氷の公爵という二つ名は、今この瞬間、完全に崩壊していました。
「……ふぅ。お腹いっぱいですわ。満足ですわ……にゃあ」
「……っ。今、言ったな? もう一度言ってくれ、モルニャ」
「言いませんわよ。空耳ですわ」
食後の満足感に浸っていると、カイル様が懐から一本の銀色の櫛を取り出しました。
それは、細工が細かく、持ち手には猫の肉球のようなエメラルドが埋め込まれています。
「……なんだか、不穏な道具が出てきましたわね?」
「尋問の一環だ。髪を解かせろ。……お前の髪は、放っておくとすぐに絡まるからな」
カイル様は私の背後に回り込むと、膝の上に私の頭を乗せました。
いわゆる、膝枕の状態ですわ!
「ちょ、カイル様! これはさすがに不敬……というか、近すぎますわ!」
「黙っていろ。これは、主(あるじ)としての義務だ」
銀の櫛が、私の髪をゆっくりと通ります。
カイル様の手つきは驚くほど丁寧で、地肌に触れる指先が心地よい熱を持っていました。
「……ふふ、くすぐったいですわ……。でも、気持ちいい……」
「そうか。……モルニャ、お前は本当に、私の手の中に収まりが良いな」
カイル様の低い声が、頭のてっぺんから響いてきます。
櫛が通るたびに、私の意識はふわふわと綿菓子のように溶けていきました。
これが公爵流の拷問なら、私は喜んで全ての秘密を白状してしまいそうですわ。
「……カイル様。私、このままここにいても、よろしいのかしら」
「当たり前だ。お前を逃がす選択肢など、最初から私の辞書にはない」
「でも、私は悪役令嬢として国を追われた身。いつか、貴方にご迷惑をかけてしまうかも……」
私が少しだけ真面目なトーンで言うと、カイル様の櫛を持つ手が止まりました。
彼は私の顔を覗き込み、その青い瞳に強い意志を宿して告げたのです。
「迷惑? ……フン。お前を養う程度の財力も、守るための武力も、私は持ち合わせているつもりだ。それに……」
カイル様は私の額に、指先で優しく触れました。
「お前がいない生活など、今の私には想像できん。お前が『モルニャ』と名乗るたび、私は救われているのだからな」
「……カイル様……」
「だから、余計な心配はするな。お前はただ、ここで美味い魚を食べ、日向ぼっこをしていればいい。……わかったな?」
「……はい。わかりましたわ。……ですわにゃ」
「……っ! 今の、もう一度!」
「絶対嫌ですわ!」
私はカイル様の膝から飛び起きると、窓際の陽だまりへと逃げ込みました。
追いかけてくるカイル様の足音を聞きながら、私は確信しました。
公爵邸での『飼育生活』は、想像を絶するほど甘くて、抗いがたい中毒性に満ちているということを。
私の元婚約者であるアトラス殿下が、今頃どんな顔をしているかなんて、もう一秒も思い出す必要はなさそうですわね。
カーテンが勢いよく開けられ、まばゆい朝日が部屋に差し込みました。
私は、シルクの巨大クッション——通称『特製モルニャちぐら』——の中で、芋虫のように丸まっていました。
「……あと、五分。あと五分だけ、二度寝という名の深海へ潜らせてくださいな、カイル様……」
「ならん。お前のために、料理長が夜通し小骨を抜いていたのだ。鮮度が落ちる前に食べろ」
視界の端に、軍服を完璧に着こなしたカイル様の姿が映ります。
この方、朝からどうしてそんなに無駄に格好いいのでしょうか。
しかも、その手には何やら黄金に輝くお盆が握られています。
「ほら、一口食べてみろ。あーん、だ」
「……はぁ!? カイル様、私、一応これでも(元)公爵令嬢ですわよ? 自分で食べることくらい……はむっ!」
差し出された銀箸の先にある鮭の身を、抗えずに口にしてしまいました。
その瞬間、私の脳内に大海原が広がりました。
「……っ! 美味しい……! 脂の乗りが、昨日までのものとは次元が違いますわ! 噛まなくても溶けていく……これ、お魚の形をしたバターですの?」
「気に入ったか。ならば、全部食べさせてやろう。……よし、いい子だ。次はこれだ」
カイル様は、まるで雛鳥に餌をやる親鳥のような、あるいは子猫にミルクを与える飼い主のような慈愛に満ちた表情で、次々と鮭を口に運んできます。
氷の公爵という二つ名は、今この瞬間、完全に崩壊していました。
「……ふぅ。お腹いっぱいですわ。満足ですわ……にゃあ」
「……っ。今、言ったな? もう一度言ってくれ、モルニャ」
「言いませんわよ。空耳ですわ」
食後の満足感に浸っていると、カイル様が懐から一本の銀色の櫛を取り出しました。
それは、細工が細かく、持ち手には猫の肉球のようなエメラルドが埋め込まれています。
「……なんだか、不穏な道具が出てきましたわね?」
「尋問の一環だ。髪を解かせろ。……お前の髪は、放っておくとすぐに絡まるからな」
カイル様は私の背後に回り込むと、膝の上に私の頭を乗せました。
いわゆる、膝枕の状態ですわ!
「ちょ、カイル様! これはさすがに不敬……というか、近すぎますわ!」
「黙っていろ。これは、主(あるじ)としての義務だ」
銀の櫛が、私の髪をゆっくりと通ります。
カイル様の手つきは驚くほど丁寧で、地肌に触れる指先が心地よい熱を持っていました。
「……ふふ、くすぐったいですわ……。でも、気持ちいい……」
「そうか。……モルニャ、お前は本当に、私の手の中に収まりが良いな」
カイル様の低い声が、頭のてっぺんから響いてきます。
櫛が通るたびに、私の意識はふわふわと綿菓子のように溶けていきました。
これが公爵流の拷問なら、私は喜んで全ての秘密を白状してしまいそうですわ。
「……カイル様。私、このままここにいても、よろしいのかしら」
「当たり前だ。お前を逃がす選択肢など、最初から私の辞書にはない」
「でも、私は悪役令嬢として国を追われた身。いつか、貴方にご迷惑をかけてしまうかも……」
私が少しだけ真面目なトーンで言うと、カイル様の櫛を持つ手が止まりました。
彼は私の顔を覗き込み、その青い瞳に強い意志を宿して告げたのです。
「迷惑? ……フン。お前を養う程度の財力も、守るための武力も、私は持ち合わせているつもりだ。それに……」
カイル様は私の額に、指先で優しく触れました。
「お前がいない生活など、今の私には想像できん。お前が『モルニャ』と名乗るたび、私は救われているのだからな」
「……カイル様……」
「だから、余計な心配はするな。お前はただ、ここで美味い魚を食べ、日向ぼっこをしていればいい。……わかったな?」
「……はい。わかりましたわ。……ですわにゃ」
「……っ! 今の、もう一度!」
「絶対嫌ですわ!」
私はカイル様の膝から飛び起きると、窓際の陽だまりへと逃げ込みました。
追いかけてくるカイル様の足音を聞きながら、私は確信しました。
公爵邸での『飼育生活』は、想像を絶するほど甘くて、抗いがたい中毒性に満ちているということを。
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