婚約破棄されました悪役令嬢、可愛がりルートを爆走中

桃瀬ももな

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「……モルニャ。これを見てみろ。隣国のオークションで競り落とした『海原の瞳』というサファイアだ。お前の瞳の色によく似ている」

公爵邸のテラス。
カイル様は、まばゆい輝きを放つ大きな宝石を、何でもない石ころのように差し出してきました。
ですが、私はそれよりも、目の前のティーカップから立ち上がる湯気をぼんやりと眺めていました。

「……あ、綺麗ですわね。カイル様。でも、それよりもあちらの木の上が気になりますわ」

「木の上だと? ……あそこにかかっている、リスの巣のことか?」

「いえ。あそこの枝、ちょうど太陽の光が当たって、すごく暖かそうなんですもの。あそこで丸くなってお昼寝をしたら、どれほど気持ちいいか……」

カイル様の手からサファイアが滑り落ちそうになりました。
彼は信じられないものを見るかのような目で私を見つめます。

「……モルニャ。お前は公爵令嬢だろう? 宝石よりも、庭の木の上で寝ることに価値を感じるのか?」

「カイル様、宝石はお腹が膨れませんし、何より冷たいではありませんか。私は冷たいものより、温かいものが好きですわ。……にゃ」

私はふぁ、と大きなあくびをしました。
今の私に必要なのは、時価数億の宝石ではなく、心ゆくまで太陽の光を浴びられる「最高の居場所」なのです。

「カイル様。私、贅沢な食事も、ドレスも、もう十分いただきました。……でも、一つだけ、わがままを言ってもよろしいかしら?」

「言ってみろ。私の全財産をかけてでも叶えてやる」

「……縁側(えんがわ)が、欲しいですわ」

「えん……がわ?」

カイル様が首を傾げました。
この国には、屋内の廊下と庭を繋ぐ「縁側」という概念があまりないようですわね。

「建物から少しせり出した、板張りの空間のことですわ。そこでお茶を飲んだり、ただひたすら太陽の光に焼かれたりする場所です。できれば、風が通って、小鳥のさえずりが聞こえるような……」

「……なるほど。光を効率よく取り込み、お前の安眠を妨げない空間か」

カイル様の瞳に、軍師のような鋭い光が宿りました。
彼はすぐさま傍らに控えていた執事のセバス様を呼びつけます。

「セバス! 今すぐ帝都一番の建築家と、魔導技師を呼べ!」

「はっ。……閣下、もしや屋敷の防衛設備を強化なさるのですか?」

「違う! モルニャ専用の『特製・自動追尾式太陽光採光型サンルーム』……通称、大縁側を建設する!」

セバス様の顔が、これ以上ないほど引きつりました。

「……あの、閣下。それはつまり、ただの日向ぼっこスペースを作るために、国宝級の魔導技術を投入するということでしょうか?」

「当たり前だ! モルニャが『太陽に焼かれたい』と言っているのだぞ! 一分一秒の誤差もなく、太陽の角度に合わせて床が動き、常に最適な温度を保つ魔法陣を敷き詰めろ!」

「カイル様、そこまで大掛かりなものは頼んでおりませんわよ……?」

「いいや、妥協は許さん。モルニャ、お前の毛並み……もとい、肌の健康のためにも、最高の日照条件を用意する」

カイル様は私の手を取り、その甲に熱いキスを落としました。
その目は、もはや私の願いを叶えることへの「使命感」に燃え尽きんばかりです。

翌日から、公爵邸の南側の庭園は、激しい工事の音に包まれました。
「お魚運搬専用通路」に続き、「全天候型モルニャ専用縁側」の建設。
公爵邸の使用人たちの間では、「閣下の猫可愛がりが限界を突破した」という噂が、まことしやかに流れているようです。

「……ふわぁ。カイル様、あまり無理をなさらないでくださいませ。私はただの、野良猫のような身分なのですから」

工事現場を眺めながら私が言うと、カイル様は私の肩を力強く抱き寄せました。

「野良だと? ……バカを言うな。お前はもう、私の世界の中心だ。モルニャ、お前が満足するまで、私はこの国の全てを改装してやってもいい」

「……カイル様。それ、プロポーズのつもりでしたら、少し方向性がおかしいですわよ?」

「……。うるさい。早く鮭を食べろ」

カイル様は顔を真っ赤にして、またもや私に高級な鮭の身を差し出してきました。
私は文句を言いつつも、彼が差し出す食べ物の甘みと、その不器用な優しさに、知らず知らずのうちに胃袋も心も掴まれていくのを感じていました。

「(……アトラス殿下なら、きっと宝石を見せびらかして終わっていましたわね)」

私は、カイル様が一生懸命に指示を出している背中を見ながら、小さく微笑みました。

公爵邸に響く工事の音。
それは、私がこの場所で「愛される存在」として生きていくための、祝福の鐘の音のように聞こえたのでした。
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