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「……閣下。失礼を承知で申し上げますが、正気ですか?」
公爵邸の執務室。
カイル様の側近である騎士ヴァインは、机の上に積み上げられた「物品」を前にして、ひきつった声を上げました。
そこにあるのは、金細工が施された細長い棒の先に、最高級の鳥の羽をあしらった道具。
さらには、中を転がすと綺麗な鈴の音が鳴る、魔法仕掛けのクリスタルボール。
どう見ても、一国の公爵が令嬢に贈るような品物ではありませんでした。
「正気だ。モルニャは最近、縁側で寝てばかりいるからな。適度な運動をさせなければ、足腰が弱ってしまう」
カイル様は、至って真面目な顔でその「羽付きの棒」を手に取り、空中でシュシュッと振ってみせました。
「見ていろ、ヴァイン。この絶妙なしなり。そして、獲物を模した羽の動き。これならば、あのマイペースなモルニャも食いついてくるはずだ」
「閣下。それはどう見ても……その、猫をあやす道具にしか見えないのですが。モルニャ様は人間ですよ?」
「名前がモルニャなのだ。本質的には猫と変わらん。……いや、猫以上に愛らしい存在だ」
カイル様の瞳が、怪しく輝きます。
ヴァインは天を仰ぎ、深く、深すぎるため息をつきました。
「先日も、特注の『爪研ぎ用の絨毯』を発注されていましたよね? あの方は令嬢ですよ? 爪を研ぐのではなく、ネイルケアをするお立場なんです!」
「モルニャが『この絨毯、ガリガリしたくなる質感ですわね』と言ったのだ。ならば、最高級の麻を用いた、研ぎ心地の良いものを用意するのが主の務めだろう」
「それはただの感想です! 願望じゃありません!」
そんな側近の必死の抗議を余所に、カイル様は「ふむ、準備は整ったな」と満足げに頷きました。
そして、そのまま私の待つサンルーム……通称『大縁側』へと向かったのです。
その頃、私は。
「……ふわぁ。……カイル様、遅いですわね。お魚の干し加減、そろそろ最高だと思ったのですけれど」
私は、太陽の光がたっぷりと降り注ぐ縁側で、大きなクッションに体を預けていました。
あまりの心地よさに、意識が半分ほど夢の国へ旅立ちかけていた、その時です。
「モルニャ。退屈していると思って、良いものを持ってきたぞ」
カイル様が、背後に何かを隠しながら近づいてきました。
「あら、良いもの? もしや、新しい品種のお魚かしら?」
「いや、お前の健康を考えた『知育玩具』だ。……ほら、これを見てみろ」
カイル様が、隠していた「羽付きの棒」を私の目の前で素早く振りました。
左右に、上下に、不規則に動く白い羽。
……な、なんですの、これ。
ただの棒に羽がついているだけではありませんか。
そんな子供騙しの道具に、この私が……。
「……っ」
動きました。
私の視線が、私の意志に反して、その羽の動きを追ってしまったのです。
「ほう。やはり反応が良いな」
「ちょ、カイル様……! 止めてくださいな。私はこれでも元公爵令嬢……あ、あっちへ行った! ……はっ!?」
羽が床の上を這うように動いた瞬間、私は思わずクッションから身を乗り出しました。
捕まえたい。
あの、ふわふわした不規則な動きを、この手で(あるいは口で)押さえ込みたい……!
「……モルニャ。顔が、真剣そのものだぞ」
「う、うるさいですわ! これは、その、反射神経の訓練ですのよ!」
私はついに我慢できなくなり、シュバッ! と手を伸ばしました。
ですが、カイル様は鮮やかな手つきでそれをかわします。
「おっと、惜しいな。次はこっちだぞ」
「待ちやがれですわ……にゃあ!」
私は縁側を右へ左へ、時には低く身構え、時には高く跳び上がりました。
カイル様の「猫じゃらし……もとい知育玩具」捌きは、もはやプロの領域に達しています。
「はぁ、はぁ……。カイル様……貴方、性格が悪いですわ。あと少しで届くところで、わざと引くなんて……!」
「いい運動になったな、モルニャ。お前の俊敏な動き、惚れ直したぞ」
カイル様は満足げに笑うと、疲れ果てて床に転がった私の頭を、優しく撫でました。
悔しいことに、全身が程よく温まり、なんだかとても晴れやかな気分です。
「……ヴァイン。見たか。これこそが、モルニャに最適な教育だ」
物陰から様子を伺っていた側近のヴァインさんへ、カイル様がドヤ顔を向けました。
ヴァインさんは、もはや何も言えないといった様子で、震える手で顔を覆っています。
「……もう、好きになさってください。……ただし閣下。次回の夜会で、モルニャ様が他人の飾りの羽に飛びかかったとしても、私は一切責任を取りませんからね」
「その時は、その羽がついている人間ごと、私が叩き出すまでだ」
「物騒すぎますよ!」
カイル様の過保護と、私の「名前による本能」は、日に日にエスカレートしていくばかり。
公爵邸に、また一つ「令嬢にはあるまじき光景」が増えた、そんな平和な午後のお話でした。
公爵邸の執務室。
カイル様の側近である騎士ヴァインは、机の上に積み上げられた「物品」を前にして、ひきつった声を上げました。
そこにあるのは、金細工が施された細長い棒の先に、最高級の鳥の羽をあしらった道具。
さらには、中を転がすと綺麗な鈴の音が鳴る、魔法仕掛けのクリスタルボール。
どう見ても、一国の公爵が令嬢に贈るような品物ではありませんでした。
「正気だ。モルニャは最近、縁側で寝てばかりいるからな。適度な運動をさせなければ、足腰が弱ってしまう」
カイル様は、至って真面目な顔でその「羽付きの棒」を手に取り、空中でシュシュッと振ってみせました。
「見ていろ、ヴァイン。この絶妙なしなり。そして、獲物を模した羽の動き。これならば、あのマイペースなモルニャも食いついてくるはずだ」
「閣下。それはどう見ても……その、猫をあやす道具にしか見えないのですが。モルニャ様は人間ですよ?」
「名前がモルニャなのだ。本質的には猫と変わらん。……いや、猫以上に愛らしい存在だ」
カイル様の瞳が、怪しく輝きます。
ヴァインは天を仰ぎ、深く、深すぎるため息をつきました。
「先日も、特注の『爪研ぎ用の絨毯』を発注されていましたよね? あの方は令嬢ですよ? 爪を研ぐのではなく、ネイルケアをするお立場なんです!」
「モルニャが『この絨毯、ガリガリしたくなる質感ですわね』と言ったのだ。ならば、最高級の麻を用いた、研ぎ心地の良いものを用意するのが主の務めだろう」
「それはただの感想です! 願望じゃありません!」
そんな側近の必死の抗議を余所に、カイル様は「ふむ、準備は整ったな」と満足げに頷きました。
そして、そのまま私の待つサンルーム……通称『大縁側』へと向かったのです。
その頃、私は。
「……ふわぁ。……カイル様、遅いですわね。お魚の干し加減、そろそろ最高だと思ったのですけれど」
私は、太陽の光がたっぷりと降り注ぐ縁側で、大きなクッションに体を預けていました。
あまりの心地よさに、意識が半分ほど夢の国へ旅立ちかけていた、その時です。
「モルニャ。退屈していると思って、良いものを持ってきたぞ」
カイル様が、背後に何かを隠しながら近づいてきました。
「あら、良いもの? もしや、新しい品種のお魚かしら?」
「いや、お前の健康を考えた『知育玩具』だ。……ほら、これを見てみろ」
カイル様が、隠していた「羽付きの棒」を私の目の前で素早く振りました。
左右に、上下に、不規則に動く白い羽。
……な、なんですの、これ。
ただの棒に羽がついているだけではありませんか。
そんな子供騙しの道具に、この私が……。
「……っ」
動きました。
私の視線が、私の意志に反して、その羽の動きを追ってしまったのです。
「ほう。やはり反応が良いな」
「ちょ、カイル様……! 止めてくださいな。私はこれでも元公爵令嬢……あ、あっちへ行った! ……はっ!?」
羽が床の上を這うように動いた瞬間、私は思わずクッションから身を乗り出しました。
捕まえたい。
あの、ふわふわした不規則な動きを、この手で(あるいは口で)押さえ込みたい……!
「……モルニャ。顔が、真剣そのものだぞ」
「う、うるさいですわ! これは、その、反射神経の訓練ですのよ!」
私はついに我慢できなくなり、シュバッ! と手を伸ばしました。
ですが、カイル様は鮮やかな手つきでそれをかわします。
「おっと、惜しいな。次はこっちだぞ」
「待ちやがれですわ……にゃあ!」
私は縁側を右へ左へ、時には低く身構え、時には高く跳び上がりました。
カイル様の「猫じゃらし……もとい知育玩具」捌きは、もはやプロの領域に達しています。
「はぁ、はぁ……。カイル様……貴方、性格が悪いですわ。あと少しで届くところで、わざと引くなんて……!」
「いい運動になったな、モルニャ。お前の俊敏な動き、惚れ直したぞ」
カイル様は満足げに笑うと、疲れ果てて床に転がった私の頭を、優しく撫でました。
悔しいことに、全身が程よく温まり、なんだかとても晴れやかな気分です。
「……ヴァイン。見たか。これこそが、モルニャに最適な教育だ」
物陰から様子を伺っていた側近のヴァインさんへ、カイル様がドヤ顔を向けました。
ヴァインさんは、もはや何も言えないといった様子で、震える手で顔を覆っています。
「……もう、好きになさってください。……ただし閣下。次回の夜会で、モルニャ様が他人の飾りの羽に飛びかかったとしても、私は一切責任を取りませんからね」
「その時は、その羽がついている人間ごと、私が叩き出すまでだ」
「物騒すぎますよ!」
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