婚約破棄されました悪役令嬢、可愛がりルートを爆走中

桃瀬ももな

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「……モルニャ。この国の北方にある領地で、良質な魔石の鉱脈が見つかった」

新設された特製サンルーム。
カイル様は、窓の外を眺めてぼんやりとしている私の隣に座り、おもむろに重厚な報告書を広げました。
私は、ちょうど一番心地よい角度で差し込んでくる太陽の光に目を細めながら、生返事を返します。

「まあ。それはおめでとうございますわ。……それで、そこでは美味しいお魚は獲れますの?」

「魚の話ではない。魔石だ。これがあれば、お前の部屋の温度管理魔法陣を、さらに精密に稼働させることができる。冬の間も、常に春のような陽だまりを保証しよう」

「あら、それは素敵ですわね。……でもカイル様、冬は少しひんやりしている方が、お布団の温もりが際立ってよろしくなくて?」

カイル様の手が、報告書の上でぴたりと止まりました。
彼は真剣な眼差しで、私の顔をじっと見つめてきます。

「……布団の温もりの際立ち、か。盲点だった。……セバス! 魔石の出力を可変式に変更しろ。気温と湿度の黄金比を、季節ごとに再計算させるんだ」

「閣下、もうそのあたりで勘弁して差し上げてください……」

控えていた執事のセバス様が、遠い目をして壁際で項垂れていました。
私たちの会話は、いつだってこんな調子です。
カイル様は私の安全と快適さを「国家防衛レベル」で考え、私はそれを「お昼寝の質」で受け取る。
ベクトルは正反対なのに、なぜか居心地は悪くありません。

「カイル様。貴方はどうして、そんなに難しい顔をして私の隣にいらっしゃるの? もっと、こう……ふにゃっと力を抜けばよろしいのに」

「ふにゃっと、だと? ……私はルードルフ帝国の公爵だ。常に隙を見せるわけにはいかん」

「隙だらけですわよ。さっきから私の方ばかり見て、報告書が上下逆さまですわ」

指摘すると、カイル様は「っ……!」と短く息を呑み、慌てて紙を回しました。
氷の公爵という仮面が、私の前ではいとも簡単に剥がれ落ちていく。
そのギャップが、最近の私には少しだけ……愛らしく見えてきました。

「……モルニャ。お前は、この生活に飽きてはいないか?」

不意に、カイル様の声から鋭さが消えました。
低く、どこか不安を孕んだような響き。

「飽きる? まさか。毎日三食違うお魚が出てきて、最高級のクッションがあって、頭を撫でてくれるハンサムな公爵様がいるのですわよ? これ以上の楽園がどこにありますの」

「……ハンサム。……お前は、私の顔が好きなのか?」

「ええ、とても。冷たいようでいて、私を見る時だけ少しだけ熱くなるその瞳、嫌いではありませんわ。……ですわにゃ」

カイル様は、真っ赤になった顔を隠すように片手で覆いました。
そして、震える声で呟きます。

「……お前というやつは。……そんなことを無自覚に言えるのは、お前か、よほど世慣れた猫くらいだ」

「褒め言葉として受け取っておきますわ。……あ、カイル様。手が空いているのでしたら、もう少し右の、耳の後ろあたりをお願いできますかしら」

私は、慣れた手つきでカイル様の膝に頭を乗せました。
いわゆる、膝枕の催促です。
以前なら驚いていた彼も、今では自然に、大きな手を私の髪へと沈めてきます。

「……ここか?」

「ええ、そこですわ……。あぁ、カイル様の指先は冷たくて気持ちいいですわね……」

カイル様の指が、優しく私の地肌を刺激します。
その心地よさに、私は抗えずに瞳を閉じました。

「モルニャ。……私は、お前がいつかどこかへ消えてしまうのではないかと、時々恐ろしくなる」

カイル様の呟きが、頭の上から降ってきます。
噛み合わない会話の中で、彼が時折見せる、剥き出しの独占欲。

「消えませんわよ。こんなに条件の良い飼い主……もとい、旦那様候補を放っておくほど、私はおバカではありませんわ」

「……候補、か。……なら、正式に格上げされるよう、もっと努力しなければな」

カイル様の声に、少しだけ熱が混じりました。
撫でる手つきが、少しだけ強くなり、抱きしめるような愛おしさが伝わってきます。

「……カイル様。私、もう眠いですわ」

「ああ。寝ていい。私がずっと、ここで見ていてやる」

「……寝顔を見て楽しむなんて、悪趣味ですわね。……ふふ……。おやすみなさい、カイル……」

「おやすみ、私のモルニャ」

会話はどこまでも噛み合わず、お互いの目的もきっと少しずつズレている。
けれど、このサンルームに流れる空気だけは、世界で一番甘くて穏やかなものでした。

……まあ、この直後に、王国の追っ手に関する「とんでもない知らせ」が届くことなど、夢の中の私はまだ知らないのですけれど。
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