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シャンデリアの光が、会場全体を宝石箱のように彩っていました。
ルードルフ帝国の社交界。
その中心に立つのは、間違いなく私……をエスコートしている、氷の公爵カイル様です。
ですが、周囲の視線はカイル様ではなく、その隣にいる私に集中していました。
夜の海を纏ったような深い紺色のドレス。
銀の櫛で整えられた、一筋の乱れもない髪。
カイル様が注ぎ込んだ、過剰なまでの「手入れ」の結果、私は今、自分でも驚くほどの美しさを放っています。
「(……見て、あの方の気品溢れる立ち振る舞い)」
「(まるで氷の彫刻が命を宿したかのよう……。一言も発さないあの神秘的な微笑み、まさに高嶺の花だわ)」
令嬢たちの囁き声が、心地よいノイズとして耳に届きます。
神秘的。高嶺の花。
……ふふ、皆様、買いかぶりすぎですわ。
私が一言も喋らないのは、神秘性を保つためではありません。
あまりに豪華なドレスのコルセットが苦しくて、下手に息を吐くと「ふにゃっ」という情けない声が出そうだから。
そして、目の前を通り過ぎるウェイターが運んでいる「白身魚のマリネ」に、全神経を集中させているからです。
「……モルニャ。どうした、そんなに険しい顔をして。気分が悪いのか?」
カイル様が、心配そうに私の腰を引き寄せました。
その動作一つとっても、まるで映画の一場面のような美しさです。
「いえ、カイル様。……大丈夫ですわ。ただ……」
「ただ?」
私は、扇で顔を半分隠しながら、カイル様の耳元に顔を寄せました。
周囲からは「まあ、なんて睦まじい!」という歓喜の悲鳴が上がりましたが、私の口から出たのは、そんな甘いものではありません。
「……カイル様。私、もう我慢の限界ですわ。……お腹、空きましたにゃ」
「…………」
カイル様が、彫刻のように固まりました。
そして、私の語尾に含まれた、不慮の「にゃ」を拾い上げ、顔を真っ赤に染めます。
「……今、にゃと言ったか?」
「……コルセットが苦しくて、声がバグりましたの。そんなことより、あちらのブッフェコーナーにある、一番大きな鯛のようなお魚。あれ、私のために仕留めてきてくださいな。今すぐですわ!」
私は、優雅に扇を閉じ、カイル様を顎で指しました。
その姿が、周囲には「公爵に甘える、傲岸不遜ながらも愛らしい恋人」に見えたのでしょう。
会場の熱狂は最高潮に達します。
「……わかった。モルニャ。待っていろ。この会場にあるすべての魚を、私がお前の皿に積み上げてやる」
カイル様は、戦地に赴く騎士のような悲壮な決意を固め、ブッフェテーブルへと向かいました。
公爵自ら料理を取りに行くなど、前代未聞です。
ですが、今のカイル様に常識など通用しません。
私は、カイル様が戻ってくるのを待ちながら、柱の影で少しだけ姿勢を崩しました。
「ふぅ……。社交界というのも、お魚がなければただの苦行ですわね。……あ、あちらのテーブルには海老のカナッペもございますわ」
私が獲物を定めるように瞳を輝かせていると。
背後から、不快な……いえ、騒がしい足音が聞こえてきました。
「……いたぞ! あんなところに、魚を狙う野良猫のような目をした女が!」
「殿下、失礼ですわ! モルニャ様は、お魚を狙っている時が一番神々しいのですから!」
振り返ると、そこにはアトラス殿下とリリィ様の姿がありました。
この二人、招待状もないはずなのに、どうやって侵入しましたの……?
「アトラス殿下。貴方、ルードルフ帝国の夜会にまで泥棒猫のように忍び込むなんて、王族としての品位を疑いますわよ」
「黙れ! 私は正当な外交ルート……を、少しだけ無視して潜入したのだ! それよりモルニャ、その格好は何だ! そんな綺麗な格好をして、私を誘惑するつもりか!」
「自意識過剰も甚だしいですわね。私はただ、カイル様が選んでくださったお洋服を着ているだけですわ」
私が冷たくあしらうと、殿下は「ぐぬぬ」と呻きました。
すると、隣にいたリリィ様が、私のドレスの裾をうっとりと指先で撫でてきます。
「モルニャ様……。そのドレスの刺繍、『M・O・R・U・N・Y・A』って入っているじゃありませんか……! 閣下の独占欲、最高ですわ! もっと、もっとその名前を世界に知らしめるべきですわ!」
「リリィ様、近いですわ。……それに、名前の刺繍なんて、どこに入って……あら、本当。腰のあたりに小さく入っていますわね」
カイル様、いつの間に。
私の名前への執着が、もう病気の域に達していますわ。
「モルニャ! そんな男に毒される前に、私と一緒に帰るのだ! 今なら、王宮の裏庭に特製のお魚養殖池を作ってやってもいいぞ!」
「養殖池……。……少しだけ惹かれますけれど、カイル様はすでに、私専用の『お魚直通魔法陣』を構築してくださっていますもの。貴方の負けですわ、殿下」
「魔法陣だと!? 公爵、そこまでやるのか!」
その時、両手に山盛りの魚料理を乗せた皿を持ったカイル様が、氷のような殺気を纏って戻ってきました。
「……アトラス。また私のサンルーム……ではなく、私の夜会を汚しに来たのか」
「公爵! 貴様、モルニャに魔法陣を使って魚を貢いでいるというのは本当か!」
「当たり前だ。鮮度が命だからな。……モルニャ。待たせたな。最高級の鯛のムニエルと、鮭の燻製だ」
カイル様は、私の前に跪き、恭しく皿を差し出しました。
絶世の美女が、山盛りの魚を前に瞳を輝かせ、周囲の貴族たちが呆然と見守る中。
私は、一切の躊躇なく、一番大きな鮭の身をフォークで突き刺しました。
「いただきますわ……! ……はむっ。……ふにゃあああ。……カイル様、これですわ! この脂の乗りこそが、私の生きる糧ですわ!」
「……ああ、モルニャ。たくさん食べろ。お前のその、リスのように膨らんだ頬を見ているだけで、私は……」
カイル様が、またもや自分の世界に入り始めました。
アトラス殿下は「信じられん……あの氷の公爵が、完全に餌付けされている……」と絶望の声を漏らしています。
「(……ああ、モルニャ様。もぐもぐしている横顔も素敵……。そのお魚になりたい……)」
リリィ様の独白は、もう怖すぎて耳に入りません。
夜会という名の戦場。
私は、ドレスの重みも周囲の視線も忘れ、ただひたすらに「お魚の美味しさ」という勝利を噛み締めていたのでした。
ルードルフ帝国の社交界。
その中心に立つのは、間違いなく私……をエスコートしている、氷の公爵カイル様です。
ですが、周囲の視線はカイル様ではなく、その隣にいる私に集中していました。
夜の海を纏ったような深い紺色のドレス。
銀の櫛で整えられた、一筋の乱れもない髪。
カイル様が注ぎ込んだ、過剰なまでの「手入れ」の結果、私は今、自分でも驚くほどの美しさを放っています。
「(……見て、あの方の気品溢れる立ち振る舞い)」
「(まるで氷の彫刻が命を宿したかのよう……。一言も発さないあの神秘的な微笑み、まさに高嶺の花だわ)」
令嬢たちの囁き声が、心地よいノイズとして耳に届きます。
神秘的。高嶺の花。
……ふふ、皆様、買いかぶりすぎですわ。
私が一言も喋らないのは、神秘性を保つためではありません。
あまりに豪華なドレスのコルセットが苦しくて、下手に息を吐くと「ふにゃっ」という情けない声が出そうだから。
そして、目の前を通り過ぎるウェイターが運んでいる「白身魚のマリネ」に、全神経を集中させているからです。
「……モルニャ。どうした、そんなに険しい顔をして。気分が悪いのか?」
カイル様が、心配そうに私の腰を引き寄せました。
その動作一つとっても、まるで映画の一場面のような美しさです。
「いえ、カイル様。……大丈夫ですわ。ただ……」
「ただ?」
私は、扇で顔を半分隠しながら、カイル様の耳元に顔を寄せました。
周囲からは「まあ、なんて睦まじい!」という歓喜の悲鳴が上がりましたが、私の口から出たのは、そんな甘いものではありません。
「……カイル様。私、もう我慢の限界ですわ。……お腹、空きましたにゃ」
「…………」
カイル様が、彫刻のように固まりました。
そして、私の語尾に含まれた、不慮の「にゃ」を拾い上げ、顔を真っ赤に染めます。
「……今、にゃと言ったか?」
「……コルセットが苦しくて、声がバグりましたの。そんなことより、あちらのブッフェコーナーにある、一番大きな鯛のようなお魚。あれ、私のために仕留めてきてくださいな。今すぐですわ!」
私は、優雅に扇を閉じ、カイル様を顎で指しました。
その姿が、周囲には「公爵に甘える、傲岸不遜ながらも愛らしい恋人」に見えたのでしょう。
会場の熱狂は最高潮に達します。
「……わかった。モルニャ。待っていろ。この会場にあるすべての魚を、私がお前の皿に積み上げてやる」
カイル様は、戦地に赴く騎士のような悲壮な決意を固め、ブッフェテーブルへと向かいました。
公爵自ら料理を取りに行くなど、前代未聞です。
ですが、今のカイル様に常識など通用しません。
私は、カイル様が戻ってくるのを待ちながら、柱の影で少しだけ姿勢を崩しました。
「ふぅ……。社交界というのも、お魚がなければただの苦行ですわね。……あ、あちらのテーブルには海老のカナッペもございますわ」
私が獲物を定めるように瞳を輝かせていると。
背後から、不快な……いえ、騒がしい足音が聞こえてきました。
「……いたぞ! あんなところに、魚を狙う野良猫のような目をした女が!」
「殿下、失礼ですわ! モルニャ様は、お魚を狙っている時が一番神々しいのですから!」
振り返ると、そこにはアトラス殿下とリリィ様の姿がありました。
この二人、招待状もないはずなのに、どうやって侵入しましたの……?
「アトラス殿下。貴方、ルードルフ帝国の夜会にまで泥棒猫のように忍び込むなんて、王族としての品位を疑いますわよ」
「黙れ! 私は正当な外交ルート……を、少しだけ無視して潜入したのだ! それよりモルニャ、その格好は何だ! そんな綺麗な格好をして、私を誘惑するつもりか!」
「自意識過剰も甚だしいですわね。私はただ、カイル様が選んでくださったお洋服を着ているだけですわ」
私が冷たくあしらうと、殿下は「ぐぬぬ」と呻きました。
すると、隣にいたリリィ様が、私のドレスの裾をうっとりと指先で撫でてきます。
「モルニャ様……。そのドレスの刺繍、『M・O・R・U・N・Y・A』って入っているじゃありませんか……! 閣下の独占欲、最高ですわ! もっと、もっとその名前を世界に知らしめるべきですわ!」
「リリィ様、近いですわ。……それに、名前の刺繍なんて、どこに入って……あら、本当。腰のあたりに小さく入っていますわね」
カイル様、いつの間に。
私の名前への執着が、もう病気の域に達していますわ。
「モルニャ! そんな男に毒される前に、私と一緒に帰るのだ! 今なら、王宮の裏庭に特製のお魚養殖池を作ってやってもいいぞ!」
「養殖池……。……少しだけ惹かれますけれど、カイル様はすでに、私専用の『お魚直通魔法陣』を構築してくださっていますもの。貴方の負けですわ、殿下」
「魔法陣だと!? 公爵、そこまでやるのか!」
その時、両手に山盛りの魚料理を乗せた皿を持ったカイル様が、氷のような殺気を纏って戻ってきました。
「……アトラス。また私のサンルーム……ではなく、私の夜会を汚しに来たのか」
「公爵! 貴様、モルニャに魔法陣を使って魚を貢いでいるというのは本当か!」
「当たり前だ。鮮度が命だからな。……モルニャ。待たせたな。最高級の鯛のムニエルと、鮭の燻製だ」
カイル様は、私の前に跪き、恭しく皿を差し出しました。
絶世の美女が、山盛りの魚を前に瞳を輝かせ、周囲の貴族たちが呆然と見守る中。
私は、一切の躊躇なく、一番大きな鮭の身をフォークで突き刺しました。
「いただきますわ……! ……はむっ。……ふにゃあああ。……カイル様、これですわ! この脂の乗りこそが、私の生きる糧ですわ!」
「……ああ、モルニャ。たくさん食べろ。お前のその、リスのように膨らんだ頬を見ているだけで、私は……」
カイル様が、またもや自分の世界に入り始めました。
アトラス殿下は「信じられん……あの氷の公爵が、完全に餌付けされている……」と絶望の声を漏らしています。
「(……ああ、モルニャ様。もぐもぐしている横顔も素敵……。そのお魚になりたい……)」
リリィ様の独白は、もう怖すぎて耳に入りません。
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