勇作とシェリー 〜月の海のジュゴン物語

新雪小太郎

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勇作とシェリー 〜月の海のジュゴン物語

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勇作とシェリー ~月の海のジュゴン物語

むかしむかし、まだ夜の海が今よりもずっと青く光っていたころ。
小さな漁村のはずれに、勇作という少年が住んでいました。
勇作は海が大好きでした。
学校が終わると、決まって浜辺に座り、波の音を聞きながら貝殻を集めていました。
「海は、何かをしゃべっとる気がするんや」
それが、勇作の口ぐせでした。
ある夕暮れ、勇作は浜辺で不思議な少女に出会います。
月の光を集めたような銀色の髪をした少女――シェリーです。
「こんばんは、勇作」
初めて会ったはずなのに、シェリーは勇作の名前を知っていました。
「え……なんで知っとるん?」
そう聞くと、シェリーは小さく笑いました。
「海が教えてくれたの」
その夜、二人は並んで海を見つめていました。
すると、沖のほうから、低く、悲しそうな歌声が聞こえてきたのです。
――うぅ……うぅ……
「今の……聞こえた?」
勇作が言うと、シェリーは真剣な顔でうなずきました。
「ジュゴンよ。海の精霊に近い生きもの。
でも……助けを求めてる」
二人は小舟に乗り、月明かりをたよりに沖へ出ました。
そこには、網に絡まり動けなくなった大きなジュゴンがいました。
その目は、まるで人間のように優しく、そして怖がっていました。
「だいじょうぶや。今、助ける」
勇作はそう言って、震える手で網をほどきます。
シェリーは静かに歌い始めました。
それは海の言葉の歌で、波がそっと力を貸してくれました。
網が外れると、ジュゴンはゆっくりと体を動かし、
二人に向かって深く頭を下げました。
その瞬間――
海が光に包まれ、ジュゴンの体は淡い月色に輝きました。
「ありがとう」
確かに、そう聞こえたのです。
ジュゴンは大きく尾を振り、海の奥へと消えていきました。
浜に戻ると、夜明けが近づいていました。
勇作が振り返ると、そこにシェリーの姿はありません。
ただ、砂浜に一枚の貝殻が残されていました。
月の模様が刻まれた、不思議な貝殻です。
それ以来、勇作は海を守る仕事に就きました。
そして今でも、静かな夜になると、海から優しい歌声が聞こえるのです。
それは――
勇作とシェリー、そしてジュゴンが結んだ
海の約束の歌でした。

シェリーの本当 ~そして、再び会う海~
あの夜から、長い年月が流れました。
勇作は大人になり、海を守る仕事をするようになっていました。
嵐の前には浜を見回り、
見知らぬゴミがあれば拾い、
迷い込んだ生きものがいれば、必ず助けました。
「昔、海に助けてもろたからな」
そう言って、勇作は静かに笑うのでした。
それでも――
胸の奥には、ずっと消えない問いがありました。
シェリーは、何者だったのか。
月のきれいな夜になると、
勇作はあの貝殻を手に取り、海に話しかけました。
「シェリー……元気にしとるんか」
返事はありません。
けれど、波だけはいつもよりやさしく揺れていました。
ある年の満月の夜。
海が、これまでにないほど静まり返っていました。
そのとき――
海の奥から、あの歌が聞こえてきたのです。
懐かしく、あたたかく、
胸の奥を震わせる歌。
勇作は、貝殻を握りしめ、浜辺へ走りました。
月明かりの中、
波打ち際に立つ一人の少女。
「……シェリー?」
少女は、ゆっくり振り返りました。
変わらない微笑み。
けれど、その瞳の奥には、深い海の色が宿っていました。
「お久しぶり、勇作」
シェリーは、静かに語り始めました。
「私はね、人と海のあいだに生まれた存在。
ジュゴンたちを守る“海の子”なの」
あの夜助けたジュゴン――
それは、シェリーの母だったのです。
「本当は、ずっと海にいなきゃいけなかった。
でも、あのときだけ……どうしても人の姿で会いたかった」
「勇作が、海の声を聞ける子やったから」
勇作は、何も言えませんでした。
ただ、胸がいっぱいになり、涙がこぼれました。
「もう……会えへんと思っとった」
シェリーは首を振りました。
「違うよ。
勇作が海を大切にし続けてくれたから、
また、ここに来られたの」
そのとき、海面が光り、
遠くに親子のジュゴンの影が浮かびました。
シェリーの体は、少しずつ透き通り、
月の光と溶け合っていきます。
「行かなきゃ。でも……」
シェリーは、そっと勇作の手を取りました。
「また会える。
海を想う心がある限り」
そして最後に、あの夜と同じ言葉を残しました。
「ありがとう」
翌朝、浜辺には
月の模様の貝殻が二つ並んでいました。
勇作はそれを胸に抱き、海を見つめます。
「約束やで。ずっと守る」
その瞬間、
遠くでジュゴンの歌声が、やさしく響きました。
それは別れの歌ではなく、
再会を信じる歌でした。

ジュゴンの世界 ~月の海の国~
ある夜、シェリーは勇作の手を取りました。
「今日は、海の奥を見せるね。
ジュゴンたちが生きる“世界”——」
月の光が波の間にすべりこみ、
二人の足元の海は、ゆっくりと透明になっていきます。
気づくと勇作は、
水の中なのに息が苦しくありませんでした。
🌊 光る森
海の底には、
空の森みたいな 海草の森 が広がっていました。
やわらかい葉っぱが、ゆらゆら揺れて歌います。
そこへ、白い影が静かに近づきました。
ジュゴンたちです。
お母さんジュゴン、赤ちゃんジュゴン、
おじいさんジュゴン――
みんな丸い目で、やさしく勇作を見つめました。
「ここはね、海の子どもたちのゆりかご」
シェリーが言いました。
「森がなくなると、
ジュゴンも、海も弱ってしまうの」
勇作は、胸がぎゅっとしました。
🐚 ひみつの学校
少し進むと、
大きな貝殻でできた “学校” がありました。
ジュゴンの子どもたちが集まって、
シェリーから海の歌を習っています。
波の数え方。
潮の匂いの覚え方。
危ない場所の見分け方。
そして、いちばん大切なこと。
「人を信じるけど、気をつけること」
シェリーは、やさしく語ります。
「海を守ってくれる人もいる。
でも、忘れる人もいるから」
勇作は、うなずきました。
🌙 月の丘
さらに奥へ行くと、
高い岩の丘がありました。
そこは、月の光が集まる場所。
ジュゴンたちは夜になるとここに集まり、
ゆっくり歌をうたいます。
それは、
失くした友だちの歌、
生まれてきた命の歌、
そして、海と人が仲よくなれる日を願う歌。
勇作は、涙が浮かびました。
「こんなにきれいな世界、
こわしたらあかん……」
シェリーは静かに微笑みます。
「だから、あなたに見せたの。
“知る” ことは、守ることのはじまりだから」
気づくと勇作は、浜辺にいました。
朝の波が足もとを洗い、
手には小さな海草が一つだけ。
それは、海の森からの
「たより」 でした。
勇作は空を見上げ、つぶやきました。
「大丈夫。約束や。
海も、ジュゴンも——守る」
そのとき遠くで、
やさしいジュゴンの歌が響きました。
海は静かに光り、
ジュゴンの世界は今日も、そっと息づいていました。
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