ようこそ摩訶不思議堂へ シリーズ

新雪小太郎

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摩訶不思議堂へようこそ 名前の無い履歴書

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摩訶不思議堂 ――「名前の無い履歴書」
雨上がりの新大阪。
改札前のベンチで、正夫(まさお)は封筒を膝に置いて座っていた。
中身は、履歴書。
けど――名前の欄が空白や。
五十二歳。
三か月前に会社を辞めた。
いや、「辞めさせられた」と言うほうが正しい。
学歴、職歴、資格。
全部書ける。
でも、最後の「本人希望欄」を前に、ペンが止まる。
――自分は、何を望んでたんやろ。
封筒をしまって歩き出すと、
高架下に、見覚えのない店があった。
「摩訶不思議堂」
ガラス越しに見えるのは、
白紙の履歴書が、何十枚も吊るされている光景。
「気持ち悪いな……」
けど、足が止まった。
「入ってき」
奥から、しわがれた声。
例のおばあさんやった。
今日は、いつもより静かな顔をしている。
「名前、書かれへんのやろ」
「……なんで分かるんです」
「長いこと働いた人ほど、
 自分の名前、薄なるもんや」
おばあさんは、一枚の履歴書を差し出した。
ほんまに、真っ白。
「これ、普通の履歴書とちゃう」
「何が違うんです」
「“やってきたこと”やのうて、
 “やりたかったこと”を書く」
正夫は苦笑した。
「そんなもん、今さら……」
「今さら、や」
ペンを握る。
手が、少し震えた。
──若いころ、バイクをいじるのが好きやった。
──町工場の音が、嫌いやなかった。
──営業になってから、ずっと数字ばっかり見てた。
少しずつ、文字が埋まっていく。
「これ、仕事になりますかね」
「なるかどうかは、知らん」
おばあさんは、あっさり言った。
「せやけど、“生き直す理由”にはなる」
最後の欄に、正夫はこう書いた。
名前:____
「まだ途中の人間」
ペンを置いた瞬間、
履歴書が、ふっと軽くなった。
顔を上げると、
店も、おばあさんも、消えていた。
翌週。
正夫は、小さな修理工房の求人に応募した。
面接官が履歴書を見て、首をかしげる。
「……お名前が」
正夫は、少し笑って答えた。
「今は、まだ書いてません」
「働きながら、思い出します」
沈黙。
それから、面接官も、少し笑った。
📄
帰り道、風の中で、
聞き覚えのある声がした気がした。
「名前ちゅうのはな、
呼ばれるもんやない。
生き方が、あとから付いてくるもんや。」
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