小太郎シェリーのものがたり 100億円の宝くじと立ち食いそば

新雪小太郎

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魔人になる日

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― 小太郎、魔人になる 編 ―
それは、
何も起きへん日が、
続きすぎた夜やった。
小太郎はベランダで、
街の灯りを見下ろしていた。
事故もない。
事件もない。
誰も泣いてへん。
……誰も、笑ってもいない。
「俺が守ってる平凡って、
ほんまに正しいんか」
胸の奥に、
小さな“割れ”ができる。
その瞬間――
影が、足元から伸びた。
《魔人・平凡疲労》
声は、
小太郎自身やった。
「なあ」
「守るばっかりで、
自分は救われてへんのとちゃうか」
影が、体を包む。
世界が、
色を失う代わりに、意味を帯び始める。
見える。
人の不満。
隠した怒り。
爆発寸前の心。
「壊した方が、楽や」
魔人・小太郎はつぶやいた。
翌朝――
街で、小さな異変が起きる。
些細な一言が、喧嘩になる。
遅延が、暴動になる。
非日常が、滲み出す。
摩訶不思議堂のお婆さんは、
遠くで首を振った。
「一番危ない魔人になってしもたな」
「善意で生まれる魔人や」
シェリーは、
変わった小太郎を見て、すぐ分かった。
「……無理してたんやね」
夜。
二人きりの部屋。
小太郎は言う。
「俺が壊したら、
みんな楽になるかもしれん」
「でもな」
シェリーは、
そっと小太郎の手を取る。
「私が、困る」
それだけやった。
説教も、正論もない。
「小太郎が席を譲る朝が好き」
「そばが伸びても笑う顔が好き」
「何も起きへん日を、
一緒に“退屈やな”って言えるのが好き」
魔人の輪郭が、揺らぐ。
「それ、意味あるんか……?」
シェリーは額を合わせた。
「ある」
「私の人生には、ある」
その瞬間――
魔人の胸に、
ひびではなく、溶けるような光が広がる。
影が、ほどけていく。
小太郎は膝をついた。
「……俺、
誰かのためにばっかりで、
自分を置いてきぼりにしてた」
シェリーは抱きしめた。
「戻ってきたらええ」
「平凡は、二人で守るもんや」
朝。
街は、相変わらず普通。
でも、
パン屋の前で子どもが笑ってる。
電車で誰かが席を譲ってる。
小太郎は言った。
「俺、完璧な人間やないな」
シェリーは笑う。
「知ってる」
「せやから一緒におるんや」
遠くで、
摩訶不思議堂の看板が、
静かに灯った。
本日のおすすめ
「壊れかけを、抱きしめる勇気」
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