小太郎シェリーのものがたり 100億円の宝くじと立ち食いそば

新雪小太郎

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静けさを打ち破る魔人

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その日は、
あまりにも“普通”やった。
空は曇りでも晴れでもない。
風も強ない。
ニュースも静か。
――静かすぎた。
午後四時、
駅前のスクランブル交差点で、
音が消えた。
クラクションも、足音も、
信号機の電子音すら、止まる。
人々は気づかん。
気づくのは、平凡を選んだ者だけ。
「来るで」
小太郎が低く言った。
交差点の中央、
影が“立ち上がった”。
人の形をしているが、
輪郭が定まらない。
胸には文字。
《魔人・非日常》
「つまらん世界やなあ」
魔人は笑った。
声は男でも女でもない。
「奇跡も事故もない」
「ドラマも逆転もない」
「こんな世界、腐るだけや」
シェリーが一歩前に出る。
「でも、みんな生きてる」
「生きてる“だけ”や」
魔人は指を鳴らした。
すると――
信号が同時に青になる。
車が暴走し始める。
だが、衝突は起きない。
寸前で、止まる。
魔人が舌打ちする。
「ちっ……まだ“平凡の膜”が残っとるか」
摩訶不思議堂のお婆さんが、
人混みの中から現れた。
「魔人よ」
「この世界は、派手さを捨てたんや」
「捨てた?」
魔人は嗤う。
「違うな。逃げたんや」
魔人は小太郎を指差す。
「お前や」
「百億円持っとるくせに、
そば食うて、席譲って、
何も起こさん男」
小太郎は、ゆっくり答えた。
「起こしてへんだけや」
「毎日、壊れへんように押さえてる」
魔人は腕を広げる。
「ほな見せたる」
「非日常の正体を」
空が裂ける。
事故、裏切り、成功、転落、
称賛と炎上、
一気に流れ込んでくる。
人々が悲鳴を上げる。
その時――
小太郎は、走った。
車椅子を押す時と同じ速度で。
速くも、遅くもない。
一人、二人、三人。
倒れそうな人を、ただ支える。
シェリーも動く。
泣いている子の前にしゃがむ。
「大丈夫」
「今は、何も起こらへん日や」
魔人が叫ぶ。
「意味がない!」
「盛り上がらん!」
「伝説にならん!」
小太郎は振り向いた。
「伝説なんか、いらん」
「今日を、明日に渡すだけでええ」
その言葉に――
魔人の体に、ひびが入る。
「……あかん」
「平凡は、削れへん……」
魔人・非日常は、
雑踏の中に溶けて消えた。
音が戻る。
信号が点滅する。
誰も、覚えていない。
だが、
小太郎とシェリーだけは知っている。
世界は今日も、
壊されずに済んだ。
遠くで、
摩訶不思議堂の鈴が鳴った気がした。
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