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第五話
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極楽鳥の姿は消えた。
せやけど、色だけは残った。
橋の下の空気が、わずかに震えている。
誰も見てへんのに、
誰もが見てしまったあとみたいな顔をしていた。
老子小太郎は、地面に腰を下ろす。
ギターケースを背もたれにして、
ゆっくりと言葉を置く。
「昔な、
人は火を囲んで話をしとった。
火が消えたら、話も消える思とったんや」
小太郎は、崩れた橋脚を見上げる。
そこには火も、家も、国もない。
「でもな、
火がなくても、
語りは残る」
そのときや。
群れの端っこに座っていた、
年齢も分からん青年が、口を開いた。
「……それ、
わしの話してええか」
声は小さい。
せやけど、逃げてへん。
小太郎は、何も言わん。
ただ、うなずく。
青年は、言葉を探すみたいに、
一度、空を見る。
「昔、ここで働いとった。
橋を造る仕事や。
完成した日に、写真も撮った。
……けど、
その写真、どこにもない」
誰かが、息を呑む。
この街では、
「失われたもの」の話は
誰にでも刺さる。
青年は続ける。
「写真が消えたんやなくて、
わしが、
あの日の自分を忘れたんやと思う」
老子小太郎の胸の奥で、
極楽鳥の声が、かすかに響く。
――問いを残せ。
小太郎は、青年に向かって言う。
「ほな、
今のあんたは、
あの日の続きか?」
青年は答えへん。
せやけど、
目を伏せるのをやめた。
それだけで、十分やった。
次に、年配の女が話し始める。
次は、子どもを連れた男。
言葉は途切れ途切れで、
順序も、意味も、ばらばらや。
せやけど、
語られ始めた。
老子小太郎は、
もう中心におらへん。
語り部は、
焚き火みたいに、
みんなの真ん中にあるだけや。
そのとき、
小太郎は気づく。
この街の灰色は、
色がないんやない。
重なりすぎて、
灰色に見えとっただけや。
赤も、青も、怒りも、後悔も、
全部、ここにあった。
夜が明ける。
朝とも言えん、
でも昨日ではない光が差す。
老子小太郎は立ち上がり、
ギターを背負う。
「わしは、
ここを出る」
ざわめきが走る。
「せやけどな、
語りは残る。
もう、
極楽鳥はいらん」
小太郎は、橋の向こうを見る。
そこには、まだ灰色の街が続いている。
せやけど、
一歩踏み出した瞬間、
背中で、確かに感じた。
羽ばたきやない。
人の声が重なった風や。
老子小太郎は、振り返らへん。
語り部は、
振り返った瞬間、
ただの人になる。
物語は、
もう、
この街のものや。
せやけど、色だけは残った。
橋の下の空気が、わずかに震えている。
誰も見てへんのに、
誰もが見てしまったあとみたいな顔をしていた。
老子小太郎は、地面に腰を下ろす。
ギターケースを背もたれにして、
ゆっくりと言葉を置く。
「昔な、
人は火を囲んで話をしとった。
火が消えたら、話も消える思とったんや」
小太郎は、崩れた橋脚を見上げる。
そこには火も、家も、国もない。
「でもな、
火がなくても、
語りは残る」
そのときや。
群れの端っこに座っていた、
年齢も分からん青年が、口を開いた。
「……それ、
わしの話してええか」
声は小さい。
せやけど、逃げてへん。
小太郎は、何も言わん。
ただ、うなずく。
青年は、言葉を探すみたいに、
一度、空を見る。
「昔、ここで働いとった。
橋を造る仕事や。
完成した日に、写真も撮った。
……けど、
その写真、どこにもない」
誰かが、息を呑む。
この街では、
「失われたもの」の話は
誰にでも刺さる。
青年は続ける。
「写真が消えたんやなくて、
わしが、
あの日の自分を忘れたんやと思う」
老子小太郎の胸の奥で、
極楽鳥の声が、かすかに響く。
――問いを残せ。
小太郎は、青年に向かって言う。
「ほな、
今のあんたは、
あの日の続きか?」
青年は答えへん。
せやけど、
目を伏せるのをやめた。
それだけで、十分やった。
次に、年配の女が話し始める。
次は、子どもを連れた男。
言葉は途切れ途切れで、
順序も、意味も、ばらばらや。
せやけど、
語られ始めた。
老子小太郎は、
もう中心におらへん。
語り部は、
焚き火みたいに、
みんなの真ん中にあるだけや。
そのとき、
小太郎は気づく。
この街の灰色は、
色がないんやない。
重なりすぎて、
灰色に見えとっただけや。
赤も、青も、怒りも、後悔も、
全部、ここにあった。
夜が明ける。
朝とも言えん、
でも昨日ではない光が差す。
老子小太郎は立ち上がり、
ギターを背負う。
「わしは、
ここを出る」
ざわめきが走る。
「せやけどな、
語りは残る。
もう、
極楽鳥はいらん」
小太郎は、橋の向こうを見る。
そこには、まだ灰色の街が続いている。
せやけど、
一歩踏み出した瞬間、
背中で、確かに感じた。
羽ばたきやない。
人の声が重なった風や。
老子小太郎は、振り返らへん。
語り部は、
振り返った瞬間、
ただの人になる。
物語は、
もう、
この街のものや。
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