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過去の記憶 フラッシュバック池田屋
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池田屋の影』
— 夜の囲炉裏端、ふと遠い過去へ —
その夜。
囲炉裏の火は、しんとした音を立てて、静かに揺れていた。
真之介は布団にうずまりながら、
「じいちゃん、むかし……ほんとに京で戦ったの?」とぽつりと尋ねた。
永倉新八は、火を見つめたまま答えなかった。
ただ、薪のはぜる音の向こうに、
遠すぎる昔の“あの夜”がひっそりと戻ってきた。
——池田屋の夜。
風も止むような薄闇の中、
提灯の灯りだけが揺れ、若者たちの息遣いだけが近かった。
しかし、新八の思い出す池田屋は、
剣がどう動いたかでもなければ、どれほど激しかったかでもない。
ただひとつ——
仲間たちの“背中”があった。
— 回想:池田屋、階段下の一瞬 —
新八は語る。
「……あの夜、わしはな、階段の下で、ある男の背中を見ておったんじゃ」
「背中?」
「ああ。
誰かの背中というのはの……時に顔よりも雄弁でな」
火の色が新八の瞳に映る。
「その男は、息を切らしながらも、
“わしの後ろは通させん”と言わんばかりに、
ただ、そこに立っとった」
「こわくなかったの?」
真之介の声は小さかった。
「……こわくないはずがないわ」
新八は苦笑する。
「けれどの、その背中を見ておると……
なぜか、足が前へ出た。
己がおらなんだら、あやつが倒れるかもしれん、とな」
それは戦いの話ではない。
仲間を思った心の記憶だった。
— 池田屋にいた“人々の声” —
新八は続ける。
「それとな、池田屋には……刀の音ばかりおったわけではない。
人の声もあったんじゃ。必死に生きようとする声が」
「声?」
「名を知らぬ誰かの叫びもあった。
『こっちへ!』『逃げろ!』とな。
その声が不思議と耳に残って、
いまでもな、雪の降る夜に思い出すことがある」
囲炉裏の炎が静かにゆらめく。
真之介は、その言葉に息を呑んだ。
「じいちゃん……さみしかった?」
新八は一拍置いて、遠くを見るように言った。
「……さみしかったとも。
京の夜のあのざわめきのあと、
気がつけば季節は巡り、
仲間も散っていった」
そして、ふっと微笑む。
「けれどの、いまはこうして孫と囲炉裏を囲んでおる。
そのことだけで……池田屋の夜も、なんというか……
昔よりは、あたたかく思えるのじゃ」
— ペーソスと小さな笑い —
真之介はじっと新八の顔を見つめた。
「じいちゃん、きょう雪にすっころびそうだったけど……
あの池田屋の夜でも、すっころびそうになった?」
新八は思わず吹き出した。
「おぬし、なんちゅう質問を……!」
「だって転びそうだったでしょ、ぜったい!」
「転ばんわ!
……いや、まあ……ちょっと足がすべりかけたことは……あった……かもしれん」
真之介は声をあげて笑った。
新八は肩をすくめ、照れ笑いをこぼす。
「池田屋で転んでおったら、笑い話にもならんわい」
「いまは笑えるよ!」
「……そうじゃな。
いまは、笑えるのう」
二人はしばらく笑い合った。
雪の降る夜なのに、囲炉裏の火の色はより一層あたたかく見えた。
— そして、静かに夜は更ける —
真之介はそのまま、いつのまにか眠りに落ちた。
新八は布団を掛けてやり、そっと頭を撫でる。
「……池田屋の夜より、今の方がずっと良いわ」
つぶやきは火の音にかき消されたが、
どこか雪の庭に溶けていくようだった。
— 夜の囲炉裏端、ふと遠い過去へ —
その夜。
囲炉裏の火は、しんとした音を立てて、静かに揺れていた。
真之介は布団にうずまりながら、
「じいちゃん、むかし……ほんとに京で戦ったの?」とぽつりと尋ねた。
永倉新八は、火を見つめたまま答えなかった。
ただ、薪のはぜる音の向こうに、
遠すぎる昔の“あの夜”がひっそりと戻ってきた。
——池田屋の夜。
風も止むような薄闇の中、
提灯の灯りだけが揺れ、若者たちの息遣いだけが近かった。
しかし、新八の思い出す池田屋は、
剣がどう動いたかでもなければ、どれほど激しかったかでもない。
ただひとつ——
仲間たちの“背中”があった。
— 回想:池田屋、階段下の一瞬 —
新八は語る。
「……あの夜、わしはな、階段の下で、ある男の背中を見ておったんじゃ」
「背中?」
「ああ。
誰かの背中というのはの……時に顔よりも雄弁でな」
火の色が新八の瞳に映る。
「その男は、息を切らしながらも、
“わしの後ろは通させん”と言わんばかりに、
ただ、そこに立っとった」
「こわくなかったの?」
真之介の声は小さかった。
「……こわくないはずがないわ」
新八は苦笑する。
「けれどの、その背中を見ておると……
なぜか、足が前へ出た。
己がおらなんだら、あやつが倒れるかもしれん、とな」
それは戦いの話ではない。
仲間を思った心の記憶だった。
— 池田屋にいた“人々の声” —
新八は続ける。
「それとな、池田屋には……刀の音ばかりおったわけではない。
人の声もあったんじゃ。必死に生きようとする声が」
「声?」
「名を知らぬ誰かの叫びもあった。
『こっちへ!』『逃げろ!』とな。
その声が不思議と耳に残って、
いまでもな、雪の降る夜に思い出すことがある」
囲炉裏の炎が静かにゆらめく。
真之介は、その言葉に息を呑んだ。
「じいちゃん……さみしかった?」
新八は一拍置いて、遠くを見るように言った。
「……さみしかったとも。
京の夜のあのざわめきのあと、
気がつけば季節は巡り、
仲間も散っていった」
そして、ふっと微笑む。
「けれどの、いまはこうして孫と囲炉裏を囲んでおる。
そのことだけで……池田屋の夜も、なんというか……
昔よりは、あたたかく思えるのじゃ」
— ペーソスと小さな笑い —
真之介はじっと新八の顔を見つめた。
「じいちゃん、きょう雪にすっころびそうだったけど……
あの池田屋の夜でも、すっころびそうになった?」
新八は思わず吹き出した。
「おぬし、なんちゅう質問を……!」
「だって転びそうだったでしょ、ぜったい!」
「転ばんわ!
……いや、まあ……ちょっと足がすべりかけたことは……あった……かもしれん」
真之介は声をあげて笑った。
新八は肩をすくめ、照れ笑いをこぼす。
「池田屋で転んでおったら、笑い話にもならんわい」
「いまは笑えるよ!」
「……そうじゃな。
いまは、笑えるのう」
二人はしばらく笑い合った。
雪の降る夜なのに、囲炉裏の火の色はより一層あたたかく見えた。
— そして、静かに夜は更ける —
真之介はそのまま、いつのまにか眠りに落ちた。
新八は布団を掛けてやり、そっと頭を撫でる。
「……池田屋の夜より、今の方がずっと良いわ」
つぶやきは火の音にかき消されたが、
どこか雪の庭に溶けていくようだった。
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