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新雪小太郎物語 人助けなんて日だ 第一章
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新雪小太郎 物語
人助け なんて日や
の巻
第一章 なんちゅう日や
新雪小太郎は、どこにでもいるしがないサラリーマンだった。
背広は量販店の吊るし、靴は三年目、会社では目立たず、評価も可もなく不可もない。強いて言えば「真面目だね」と言われることがある程度で、それも褒め言葉なのかどうか、本人にはよく分からなかった。
最近、妙なことが続いている、と小太郎は思っていた。
自分から何かを望んだわけではない。ただ、困っている人が目に入る。すると、体が勝手に動いてしまう。考えるより先に、足が前に出るのだ。
その夜もそうだった。
雪が降っていた。
湿った雪が、街灯の下で斜めに舞い、アスファルトに吸い込まれていく。仕事帰り、コンビニに寄ろうと交差点で信号を待っていると、横に車椅子の老人がいた。履いているのはスリッパだった。靴下は薄く、足首がむき出しになっている。
車椅子は電動ではない。
老人は自分の腕だけで、ゆっくりと、しかし確かに前へ進もうとしていた。
——見なかったことにしよう。
一瞬、そう思った。
だが、視線は離れなかった。雪は容赦なく降り続け、老人の肩に積もり始めている。信号が変わる。人の流れが動き出す。
気がつくと、小太郎は駆け寄っていた。
「押します」
自分の声が、思ったより低く聞こえた。
老人は何も言わなかった。ただ、わずかに首を縦に振ったように見えた。
「どこまでですか」
「そこのコンビニまでだ」
それだけだった。
小太郎は車椅子のハンドルを握り、横断歩道を渡った。タイヤが雪を噛み、キュッ、キュッと音を立てる。たった数十メートルの距離が、やけに長く感じられた。
コンビニの前に着くと、老人は自分でブレーキをかけた。
小太郎は何と言うでもなく頷き、店に入った。弁当と牛乳、それから値引きされたおにぎりを一つ。
会計を済ませて外に出ると、老人はまだそこにいた。
小太郎は一瞬迷い、ポケットに手を入れた。自分が使っていた手袋だ。安物だが、ないよりはましだろう。
「これ、使ってください」
老人は無言で受け取った。
礼も、笑顔もなかった。だが、小太郎はそれでよかった。ありがとうを言われるためにやったわけではない。ただ、助けたかった。それだけだ。
その翌日も、また別の出来事があった。
銀行の無人機コーナー。
順番が来て、機械の前に立ったとき、小太郎は気づいた。キャッシュカードが、差し込み口の横に置かれている。
振り返ると、今しがた操作していたらしい中年の男がいた。
「カード、忘れてますよ」
男は怪訝そうな顔をした。
「俺のじゃない」
そう言って、肩をすくめる。
小太郎は一瞬言葉を失ったが、仕方なく備え付けの電話を取った。指示に従い、カードはそのままにして待つことになる。
その間にも、人が並ぶ。
「どうぞ」
「先にどうぞ」
気づけば五人ほどを譲っていた。
自分でも、呆れる。人が良いにも程がある。そう思いながらも、やめられない。行動せずには、いられないのだ。
ようやく用事を終えて外に出ると、冷たい風が頬を打った。
空を見上げる。雲は低く、また雪が降りそうだった。
「……なんて日だ」
小太郎は小さく呟いた。
嘆きでも、自慢でもない。ただの実感だった。
彼はまだ知らない。
この「なんて日だ」が、やがて彼の人生を、静かに、しかし決定的に変えていくことを。
人助け なんて日や
の巻
第一章 なんちゅう日や
新雪小太郎は、どこにでもいるしがないサラリーマンだった。
背広は量販店の吊るし、靴は三年目、会社では目立たず、評価も可もなく不可もない。強いて言えば「真面目だね」と言われることがある程度で、それも褒め言葉なのかどうか、本人にはよく分からなかった。
最近、妙なことが続いている、と小太郎は思っていた。
自分から何かを望んだわけではない。ただ、困っている人が目に入る。すると、体が勝手に動いてしまう。考えるより先に、足が前に出るのだ。
その夜もそうだった。
雪が降っていた。
湿った雪が、街灯の下で斜めに舞い、アスファルトに吸い込まれていく。仕事帰り、コンビニに寄ろうと交差点で信号を待っていると、横に車椅子の老人がいた。履いているのはスリッパだった。靴下は薄く、足首がむき出しになっている。
車椅子は電動ではない。
老人は自分の腕だけで、ゆっくりと、しかし確かに前へ進もうとしていた。
——見なかったことにしよう。
一瞬、そう思った。
だが、視線は離れなかった。雪は容赦なく降り続け、老人の肩に積もり始めている。信号が変わる。人の流れが動き出す。
気がつくと、小太郎は駆け寄っていた。
「押します」
自分の声が、思ったより低く聞こえた。
老人は何も言わなかった。ただ、わずかに首を縦に振ったように見えた。
「どこまでですか」
「そこのコンビニまでだ」
それだけだった。
小太郎は車椅子のハンドルを握り、横断歩道を渡った。タイヤが雪を噛み、キュッ、キュッと音を立てる。たった数十メートルの距離が、やけに長く感じられた。
コンビニの前に着くと、老人は自分でブレーキをかけた。
小太郎は何と言うでもなく頷き、店に入った。弁当と牛乳、それから値引きされたおにぎりを一つ。
会計を済ませて外に出ると、老人はまだそこにいた。
小太郎は一瞬迷い、ポケットに手を入れた。自分が使っていた手袋だ。安物だが、ないよりはましだろう。
「これ、使ってください」
老人は無言で受け取った。
礼も、笑顔もなかった。だが、小太郎はそれでよかった。ありがとうを言われるためにやったわけではない。ただ、助けたかった。それだけだ。
その翌日も、また別の出来事があった。
銀行の無人機コーナー。
順番が来て、機械の前に立ったとき、小太郎は気づいた。キャッシュカードが、差し込み口の横に置かれている。
振り返ると、今しがた操作していたらしい中年の男がいた。
「カード、忘れてますよ」
男は怪訝そうな顔をした。
「俺のじゃない」
そう言って、肩をすくめる。
小太郎は一瞬言葉を失ったが、仕方なく備え付けの電話を取った。指示に従い、カードはそのままにして待つことになる。
その間にも、人が並ぶ。
「どうぞ」
「先にどうぞ」
気づけば五人ほどを譲っていた。
自分でも、呆れる。人が良いにも程がある。そう思いながらも、やめられない。行動せずには、いられないのだ。
ようやく用事を終えて外に出ると、冷たい風が頬を打った。
空を見上げる。雲は低く、また雪が降りそうだった。
「……なんて日だ」
小太郎は小さく呟いた。
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