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新雪小太郎 物語 第二章
しおりを挟む第二章 名乗らない人たち
それから数日、小太郎は意識して人を見るのをやめようとした。
電車ではスマートフォンに目を落とし、駅では足早に歩く。困っていそうな人が視界に入っても、「気のせいだ」と自分に言い聞かせた。
だが、そういう日に限って、事は起こる。
会社帰り、地下鉄の構内で小さな騒ぎがあった。
改札の前で、若い女性がうずくまっている。スーツ姿で、片方の靴が脱げていた。周囲の人間は遠巻きに見ているだけで、誰も近づかない。
——今日は関係ない。
そう思ったはずだった。
なのに、次の瞬間、小太郎はしゃがんでいた。
「大丈夫ですか」
女性は顔を上げた。
目が合った瞬間、小太郎は一瞬、息を呑んだ。
妙だった。
美人だとか、そういう話ではない。ただ、初めて会った気がしない。理由は分からない。だが、確信に近い違和感があった。
「立てますか」
「……すみません」
声は細く、だがしっかりしていた。
小太郎は腕を貸し、近くのベンチまで連れていった。靴を履き直す女性の手が、わずかに震えている。
「貧血、ですか」
「たぶん」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
小太郎も、深くは聞かなかった。水を買って渡し、少し距離を取る。
「ありがとうございました」
そう言って、女性は立ち上がった。
「いえ」
それだけ返すつもりだった。
だが、口が勝手に動いた。
「……最近、こういうこと多くて」
何を言っているんだ、と自分で思う。
女性は一瞬、驚いたような顔をしたあと、ほんの少し笑った。
「でしょうね」
「え?」
「あなた、そういう顔してます」
それだけ言って、女性は改札を抜けていった。
名前も、連絡先も聞かなかった。聞く理由もなかった。
その夜、小太郎は夢を見た。
雪の中で、誰かが手を差し出している。
顔は見えない。だが、その手は、あの老人のものでも、銀行の誰かでも、地下鉄の女性でもない気がした。
目が覚めると、胸の奥が妙にざわついていた。
翌朝、会社のデスクでコーヒーを飲んでいると、後輩の佐伯が言った。
「新雪さん、最近ついてますよね」
「何が」
「いや、ほら。昨日、駅で倒れた人、助けたでしょ。SNSで回ってましたよ」
小太郎は思わずコーヒーを吹きそうになった。
「……なんで知ってるんだ」
「たまたま映ってたんですよ。顔はぼかされてましたけど、背格好で分かりました」
小太郎は苦笑した。
「別に、たいしたことしてない」
「そういうこと言う人が、一番たいしたことしてるんですよ」
その言葉に、小太郎は何も返せなかった。
昼休み、スマートフォンに知らない番号から通知が届いていた。
留守電が一件。
再生すると、低い、落ち着いた声が流れた。
『新雪小太郎さんですね。
あなたの行動について、お話を伺いたい。
今夜七時、駅前の古い喫茶店で待っています』
名乗りは、なかった。
小太郎は画面を見つめたまま、動けずにいた。
胸の奥で、あのざわつきが、はっきりとした形を取り始めていた。
——やっぱり、なんて日だ。
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