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新雪小太郎 物語 第四章
しおりを挟む第四章 助けられない夜
その着信は、三回鳴って切れた。
《未登録:雪の夜》
折り返そうとして、小太郎は指を止めた。
理由は分からない。ただ、今かけ直すと、何か取り返しのつかない線を越えてしまう気がした。
喫茶店を出ると、外は冷え込んでいた。
昼間の曇り空が嘘のように、細かな雪が舞っている。
「今夜は、まっすぐ帰ってください」
名乗らない男が、背後から言った。
「それが“助ける側”の最初の試練です」
「試練?」
「何もしないこと」
小太郎は振り返ったが、男はもう歩き出していた。
追いかけようとして、やめた。
代わりに、胸の奥に残った言葉を反芻する。
——何もしないこと。
駅へ向かう途中、視界の端で、人影がよろめいた。
路地の入り口。
街灯の届かない暗がりで、誰かが壁にもたれている。
——見ない。
そう決めた。
足を止めない。
今日は、何もしない。
だが、その人影が、低くうめいた。
小太郎の足は、完全に止まった。
「……くそ」
小さく吐き捨てるように言って、引き返す。
近づくと、若い男だった。
コートは薄く、顔色が悪い。手には、震えるようにスマートフォンを握っている。
「大丈夫ですか」
言ってしまった。
もう引き返せない。
男は、焦点の合わない目で小太郎を見た。
「……助けて」
その言葉を聞いた瞬間、世界が少し遅れた。
音が遠のき、雪の動きが緩やかになる。
小太郎は、はっきりと感じた。
——あ、これは危ない。
次の瞬間、男が崩れ落ちた。
小太郎は抱き止めようとして、バランスを崩す。二人とも、地面に倒れ込んだ。
視界が反転する。
後頭部を打った鈍い衝撃。
雪が、顔に張りつく。
体が、動かない。
「……助けて」
誰の声か、分からない。
自分の声だったかもしれない。
そのとき、足音が聞こえた。
一人分。
迷いのない歩き方。
「やっぱり、来た」
聞き覚えのある声だった。
地下鉄の、あの女性。
彼女はしゃがみ込み、倒れている若い男の首元に手を当てた。
次に、小太郎の顔を覗き込む。
「あなた、初めてでしょう」
「……何が」
「助けてもらう側になるの」
彼女は迷いなく言った。
「大丈夫。死なない」
「……慣れてるんですか」
「ええ」
彼女は小太郎の手を取った。
その瞬間、強烈な既視感が走る。
——小さな手
——誰かに引き上げられる感触
——泣き声と、救急車のサイレン
「思い出さなくていい」
彼女は静かに言った。
「でも、忘れたままでも、もう無理」
「……あなたは誰ですか」
彼女は少しだけ考えてから、答えた。
「あなたと同じ」
「助ける人?」
「助けられた人」
遠くで、サイレンが近づいてきていた。
誰かが、もう通報している。
「これから、選ばなきゃいけない」
彼女は立ち上がった。
「助け続けるか、完全にやめるか」
「中間は?」
彼女は首を振った。
「ない」
雪が、強くなってきた。
視界の端で、名乗らない男が立っているのが見えた。
小太郎は、救急車の赤い光を見つめながら思った。
——助けるって、なんなんや。
そして、初めてはっきりと恐怖を感じた。
これは善意の話じゃない。
もっと根の深い、生き残った者の話だ。
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